第十章 災厄の克服

Part1

「ありゃ、まじか」

 突然の刺客に、その場の誰もが驚きの目をした。

 現れたのは、新名澪その人だった。

「てことは、幹部を皆倒したって? すごいじゃないか!」

 しかしランは怖じけることもなく、切られた触手を再生しつつ彼女の方を見て言う。

 その声には怖気も何も感じられず、嘲笑の意図が見える口調だった。

「……皆じゃない。まだ……お前を殺してない」

 澪は刀に付いた現物質を振り払い、ランへ向かう。

「お前を殺さなきゃ、終われないんだッ!!」

 その表情には鬼気迫る迫力が宿り、普段の冷静沈着な面持ちは剥がれていた。

 澪は、ランのもとへと歩み寄る。

 剣先を向け、電灯の光を刀身で反射させる。

 それを、前身と共に振り下ろした。全身全霊の、最後の体力を振り絞った一撃だった。

「おっと」

 ランは易々と斬撃を躱し、澪の後ろへまわった。刀は虚しく空を切り、澪の身体はそのまま倒れる。もう、あんな攻撃をする体力なんざ残っていなかった。

 しかし、そこから攻撃に転じることはなかった。

「まあ、今日は皆の功績を称え、ってことでこの辺で終わりにしよう。僕もただの虐殺はあんま楽しくないし」

 何が起こったかと、未だ状況を認識出来ぬ4人の方を見て言う。

 その後に向きを変え、エレベーターの方へとその足を動かしていく。

「……っ!」

 臥竜は明花を後ろに、ランを視界に捉えながらすれ違うように4人の方へと寄った。しかしランは臥竜へも明花へも攻撃を加えることはなく、ただ真っ直ぐにエレベーターへ向かっていく。

 やがて、何事もなく臥竜と明花も皆と合流した。

「ただ、その代わり――


 ――1ヶ月後、僕らが襲撃を行う」


 淡々と、仮面の向こうに不敵な笑みをも感じさせる雰囲気だった。

「安心して。それまでの期間、君たち以外の人類は襲わないさ。伸び伸びと準備してくれて構わない」

 余裕のある声で、言葉を続ける。

「だから、その時は期待してるよ? 本気のNRFとは、どんなものなのかとね」

 ランは自らの仮面に手を伸ばし、掴んだ。

 それは床へと投げ捨てられ、秘されていたランの顔面が顕になった。

「はっ――!?」

 

 そこに居たのは、音無凪だった。

 

「そんじゃ、また1ヶ月後」

 理由を尋ねる間もなく、凪は背から触手を伸ばし上へと消えてしまった。

 しばらくの間、その空間には沈黙が満ちた。

 疲労しきった全員の息遣いが響くのみだった。

『……全員、地上に上がれ』

 そんな中に、朱鷺の一言が放たれた。皆はその通りになんとか立ち上がり、今度こそ開かれた地上出口の方へと歩く。

 その道中、蓮也は再び明花を背負った。

「……終わったの?」

 彼女は蓮也の背の上で、か細い声ながら問いかける。

「まだ完全にとはいかなそうだが……とにかく、お前はもう安全だ。俺が約束する」

 背後を振り向きながら、蓮也は言った。それに明花も安心を覚えたのか、蓮也の肩に頭を乗せて力を抜いた。

 そのまま、安心感からか眠ってしまった。

 そんな光景を隣で見ていた臥竜と蓮也は目を合わせ、くすっと笑い合う。

「うげ……めっちゃ高いじゃんか……」

 いの一番に梯子にたどり着いた煉馬は、上を見あげて言った。梯子は延々と続いており、500m程続いた先には恐らく地上との境目であろう金属製のハッチが見えた。

『ひとまず煉馬と澪が背後の警備にあたって、十分休憩できたその他の面々から登っていってくれ。明花は……最後に澪が背負って行けるか? 一番腕力があるのは澪だろ?』

 朱鷺は全員へそう策を示す。

「ええ、構いません」

 澪は普段の雰囲気を取り戻し、落ち着いた口調で言った。

『じゃあ、しばらく休憩した後に登っていけ。ハッチを開ける時には警戒を忘れずにな』

 そんなこんなで、まずは臥竜が登っていった。ハンドガンは蓮也の腰のベルトへ戻し、両手をフリーにして登る。

 元々あまり動いていなかったこともあり、3分と経たずハッチに手を伸ばすことが出来た。

 臥竜はそのままそれを押し開け、久しぶりの地上を拝もうと辺りを見回す。

 しかし、そこには懐かしい光は感じられなかった。

 一寸先も見えぬ闇ということは無いのだが、明るい暗いで表現すれば暗いと言える空間だった。

「……洞窟の中ってことか」

 臥竜はその空間の壁面を撫で、そう言った。

 手には砂のザラザラした感触が残り、手を振ればそれは空中に霧散した。

『出口は見えるか?』

 朱鷺からの指示を受けた臥竜は、辺りを見回す。

「んーっと……あ!」

 少し歩いてみると、柔らかな光の漏れ出る箇所が見えた。臥竜はその場へ一直線に走り、溢れる光の中へ飛び込んだ。

 目を開けば、そこには無限に広がるかに思える砂原があった。

『そうか……洞窟の中にありゃ、気づけないよな』

 NRFは今までも地上出口の捜索を行ってはいたが、それは空中からドローンを用いたものだった。だから見つからなかったのかと朱鷺は少しばかり後悔しつつ、残った面々へ『ゆっくりでいい、落ちるなよ』と言葉をかける。

 やがて、15分程が経った頃。

 地上には、全員が揃っていた。

『これから玖の車両を向かわせる。その場で待機していてくれ』

 朱鷺の一言に皆が安堵を覚え、懐かしい陽光に身を包んで緊張を解す。

「一旦、一段落ついたって感じか……」

 蓮也は澪から受け取った明花をしっかりと背負い、登り行く太陽を眺める。

「ですね。ただ、まだまだ課題が完全に消えたわけでもありません。リベリアーズの襲撃のことや、凪のこと……それに、肝心の地上奪還だってまだですから」

 澪はそんな不安を述べつつも、岩壁に背を預けて砂上に座り込む。

「でも、今はひとまず休みましょう」

「……だな」

 英雄達は、僅かばかりの休息を噛み締めていた。



ニーロ・リムーブフォース 第一幕『リベリアーズ編』 完


第二幕『地上奪還編』へ続く

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ニーロ・リムーブフォース ʚ傷心なうɞ @Iamhurtingnow

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