Part6

 数分前の、地底下1階にて。

「ははっ! よく耐えられるもんだ! でもこのままやり続けて……死ぬのはどっちだろうなァッ!!」

 澪は未だ、目の前で鞭を振りかざす和不と戦っていた。

 しなるような軌道で自身に迫る刃に対し、刀の刃先を当てて弾き返す。

 そんな一連の流れが、もう数分と続いていた。

 刀というのはかなりの重量があり、常に振り続けていれば体力の消耗も激しい。それは常日頃刀を扱っている者でも同様で、澪の顔には若干の汗が滲んでいた。

 しかし和不に関しては疲労の雰囲気を感じさせず、むしろ笑みすら浮かべて鞭を全力で振るっていた。

『澪、本当に大丈夫なのか? やっぱり煉馬でも援護に――』

 そんな状況を見かね、朱鷺が言葉をかける。

「やれます。私一人で……やりたいんです」

 しかし澪は、それを拒んだ。

 このような会話というのは数分前にも行われていて、澪は頑なに援護を断っていたのだった。

「へぇ、案外仲間思いなんだな。でも――無謀だ。孤立無援で勝てるほど、お前は強くない」

 和不は嘲笑するような言い方で、その言葉を吐いた。

「……違ぇんだよ、馬鹿が」

 澪は低く小さく、そう呟いた。

 瞬間、全速力で和不へと接近した。細身の脚を伸ばし、灰色を全力で踏みしめて駆けゆく。

 その動きは幾度と繰り返し、和不にとっても見慣れたものだった。

 しかし放った斬撃は、これまで以上の力が込められたものだった。風切り音が辺りに響き渡り、和不の身体へと刃が迫る。

「あらら、怒っちゃった?」

 和不は幼児を相手取るように、馬鹿にした態度で軽々と斬撃を躱した。澪の身体は斜めに放った斬撃の慣性のままに傾き、右肩から地面へ倒れていく。

 だが、完全に倒れることは無かった。

 斬りかかった時には引いていた右足を前に出し、軸足として身体を回転させる形で体勢を立て直したのだ。その回転の勢いのままに刀を振り上げ、攻撃を避けた和不の顔面へ再び振り下ろす。

 それも、やはり簡単には許されなかった。

 遮るように添えられた鞭が刀を受け止め、かかった力のままに刀へと巻きついた。

「っ……!」

 鞭の刃が複雑に絡まったのか刀は強固に固定され、澪の力を持ってしても外れなくなっていた。

 澪はそんな現状に顔を歪め、これからどう動くかと一瞬思考する。

「隙ありっ!」

 和不はおどけた口調で、鞭を右手で握りながら左足を澪の脇腹へ振り上げる。

 しかしその攻撃が完了するよりも、澪の思考の方が僅かに早かった。

 澪は迫る足先を踏み台に、刀を握ったまま上空へと跳びあがった。そのまま宙で前転すると、鞭を握ったままの和不の身体もそれに引っ張られ回転した。

「はっ……?」

 澪の持つ身体能力と筋力をフルに活かし、和不の身体を地面に叩きつけた形になった。

 やがて和不の手から鞭は離れ、澪は絡まった刀ごとそれを適当に放り投げる。

 澪は、何がなにやら放心状態の和不の顔面を見た。


 そこに、思いっきり踵を叩き込んだ。


 鼻骨が折れ、顔面が潰れる感覚が靴越しにも感じられた。

「私は……一人でも戦えるんだッ!!」

 ここには存在しない者へ、叫びにも似た声で伝える。

 それと共に、何度も和不の顔面を踏み続けた。重力に任せ、何度も何度も乱雑に踏みしめる。

 いずれ靴が顔面から離れた頃には、もう和不だと認識できないほどに崩壊していた。顔にも靴にも同程度の血が付着し、如何に力の込めた一歩だったかが伺えた。

 澪は立ち尽くしたままに、荒い息をしていた。

 咄嗟に導き出した動きで、体力なんざ無視した攻撃だったため、相当な疲労が身体を襲っていたのだった。

 そんな状態の澪は、装備の胸元から何かを取り出した。

 それは、澪が普段から身につけているペンダントに取り付けられた、小さなケースのようなものだった。普段ペンダントは装備の下に潜り込んでいるため、取り出さねば周りもペンダント自体の存在に気づくことは出来なかった。

 澪はケースを左手で握り締める。

「どうだ? これで認める気になったか、クソジジイ」

 その中に居る人間へ、言葉を送った。

 その後すぐに再び胸元へ潜らせると、放り投げられていた刀を鞭から抜き取って握った。

『澪、急げ! もう時間が無い!』

 朱鷺が無線機越しにそう叫ぶ。

(私があいつを殺して……証明してやる)

 心の内で呟き、エレベーターへと駆け出した。

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