1-3 制約と対価



「ここは私の住んでいるお城の中です。まずは城の外に出て、街へ行きましょう」


 先程まで居た白い部屋を出て、二人は今廊下を歩いている。真っ赤な絨毯が敷かれた、大人が五人ほど横に並んで歩いても余裕がある大きさの廊下。その両脇には等間隔で石像が置かれている。左右六体ずつ、計十二体の石像に見守られながら二人は並んで歩いていた。石像の顔立ちや体つきはバラバラで、男性像と女性像が半々といった所だ。そしてその殆どが鎧を纏い、一人一人違う武器を携えている。


「この石像はこの国の守護神達ですよ」


 石像をしげしげと見ながら歩くテルヒコに、ゼリュスが声をかける。そして一体の石像の前で立ち止まると、


「ゼウス、ヘラ、アレス、アフロディテ、ヘパイストス、ヘルメス、デメテル、ポセイドン、アテナ、アポロン、アルテミス、ディオニュソス。神々の中でも特に強い力を持つ神様として、この国では崇められています」


 指折り数えながら、テルヒコも知っているギリシア神の名を連ねる。


「そしてその神の力を授かった天恵者たちを、この国ではプロスタシアと呼びます。私もゼウスの天恵者なので、そのひとりになるわけです」

 

「そういえばお前の力って、制約がうんたらかんたら言ってたけど、実際その制約さえあれば本当に何でも作れるのか? 例えば兵器とか、例えばお金とか、人間や動物なんかも創れたりすんのか?」


「大抵の物は創れますが、命を創ることは流石に出来ません。でも制約や代価を使えば、アマギさんのように異界から人を呼び寄せることも出来ますよ」


「制約と代価?」


 意味が理解できずに、難しそうな顔をするテルヒコに、ゼリュスは少し噛み砕いて説明し直す。


「まず初めにゼウスの天恵の力というのは、二種類あります。ひとつが既存しているものを作り変える力です。存在しているものの形を変えたり、何かを付け加えたりして新しいものにすることができます」


 ゼリュスが石像に手を触れる。すると石像はぐねぐねと動いて、別の石像へと姿を変えた。顔は下手くそな福笑いのように、鼻や目の位置がズレまくった酷い有様。両手両足の長さもバラバラで、珍妙滑稽極まれりな出来映えだ。


「どうですか? ゼウスの石像をアマギさんに作り変えてみました」


「それ俺ぇ!? お前の目には俺がそんな風に映ってんのか!?」


「ありゃ、自信作でしたがお気に召しませんでしたか?」


 ゼリュスがもう一度手を触れると、石像は元のゼウス像へと戻る。「作り変えた物は元の状態に戻す事も可能です」とゼリュスが言葉を付け加える。


「もうひとつが無から創り出す力。その力を使うには制約を交わすか対価を支払う必要があります」


「それが俺をこの世界に呼んだ力か」


「そうです。えーと、例えば私が無から弓矢を創る際に、そこに一度しか使えないという制約をつけます。するとその弓矢は一度しか使えない代わりに、絶大な威力を持った弓矢へと変わります。制約の重さが、強さや大きさに比例するのです。

 次に、対価を支払って無から創り出した弓。こちらは何度でも使えますが、代わりに私の何かを対価として捧げます。対価を支払って創ったものは、どんなものでもその強さや大きさは常に一定で壊れる事もありません。支払われる対価を自分で指定する事は出来ません。制約で創られたものと、対価を支払って創られたものは、後者の方がより強い力を持ちます」


 意外にも分かりやすい説明に拍子抜けしながら、テルヒコが納得して頷く。


「なるほど。じゃあお前が俺を呼んだ時に使ったのは制約を交わした方法で、その制約の内容がお前が死んだら俺も死ぬってことになるのかな」


「いいえ。私が死んだら創ったものが消えるというのは、ゼウスの力の前提条件です。制約や対価で無から創りだしたもの全て、私が死んだら消えてしまいます」


「じゃあお前はどうやって俺を呼んだ? なんか他に制約があるってことか?」


「あー…えっと、それはぁ…」


 もじもじとしながら、ゼリュスが言いづらそうに言葉を濁す。煮え切らない態度のゼリュスの頬を両手で掴み、引き伸ばしながらテルヒコは


「その感じだとマジで他にも制約があるっぽいな。お前どんな制約で俺を呼んだんだよ? 俺には知る権利があると思うんだけど」


 びよんびよんと頬を引っ張ると、観念したようにゼリュスが告げる。


「うぅ〜〜アマギひゃんは制約では無くて対価を支払って呼びまひた」


「……え、マジで? 異世界から人を呼んでるならそれなりの対価が必要っぽいけど、お前一体何を取られたんだよ」


「この姿でふよ、これがアマギひゃんを呼び寄せた対価でふ」


「……は?」


 テルヒコがゼリュスの頬から手を離す。やっと解放された頬を撫でながら、ゼリュスが涙目でテルヒコを見る。


「言ったじゃないですか。私は本当は二十七歳で、この姿になったのは自己責任、つまり自分のせいなんですよって」


「まさか、そんな、お前、俺を呼んだからそのチンチクリンな姿になったんか!? ガチで二十七歳なのかよ!? 暇つぶしで俺を呼んで、その対価で子供にされたのか!? 割にあわねぇことしてんじゃねぇよ! 暇を持て余しすぎて頭のネジ飛んだんか!? あんぽんたんだな! 本っ当にお前ってあんぽんたんなんだな! 出会った時から少し思ってたけど、頭イカれてるんじゃねぇの?」


 この女、とんでもない大馬鹿野郎だ。その余りにも大きすぎる代価に、愚かな行動に、テルヒコは開いた口が塞がらなかった。


「子供にされた訳ではありません! 身体の成長を十五年分取られただけです! 中身はちゃんと二十七歳のままですよっ!」


「いや、絶対脳味噌も取られてるって。中身もちゃんと子供にされてるよ、お前」


 これまでのゼリュスの行動を思い返し、確信を持ったテルヒコは静かに告げる。床に寝転がりジタバタと泣き喚く二十七歳なんて、いるわけがない。


「ていうかもしかして、王様ってのもガチなのか?」


「当たり前じゃないですか! それも信じてなかったんですか!?」


「うん、妄言を振りまく可哀想な子だと思ってた」


「酷い言われようですね」


「今はキチガイの王様だと思ってる」


「きちがい、が何か分からないですが、ものすごく不愉快になる響きなのですよ」


「俺やっぱりもう帰りたいかも。キチガイ王の国案内とか不安しかない」


 頭を抑えながら、テルヒコは深いため息を一つ。

 この世界に来てまだ数時間も経っていないというのに、何度頭が痛くなっただろうか。これからその頭痛を引き起こす最大の原因であるゼリュスという生き物と一緒に行動するなんて、元の世界へ帰る頃には自分の頭が爆発しているのではないかと危惧してしまう。

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