第7話 俺の主人は地獄耳なのかもしれない

 あの赤髪の少年は貴族の生まれなのだろう。慣れた手つきで水晶に手を当てた少年は、赤く色が付く水晶をなに食わぬ顔で見下ろす。


「ん、ディア・ミスラエラは炎属性っと。次いいぞ」


 手元にあるメモ帳に筆を走らせるマエスタ先生を横目に見る赤髪の少年――ミスラエラはだんまりと自席へと歩いていった。


 まだ友達が作れていないのだろうか?なんて疑問をミスラエラに抱くが、目に光が入ってないのを見るに作る気がないのだろう。


 願わくば直接言ってやりたいのだが、


(正直言って1人は辛いぞ?嫌でも1人ぐらいは作っとくべきだぞ?)


 ミスラエラを見つめながら心の中で声をかけてみるが、当然伝わるわけもなく、挙げ句の果てには理由もなく黄昏るように窓の外を見始める始末。


 俺が友達になってやろうかとも思ったのだが、執事は身勝手に行動できない。

 嬢様に頼めば話せないこともないだろうが――


 そんなことを思案してる時だった。

 不意に右腕には重力が乗り、まるで慣れたような手つきで俺の耳元には手が添えられた。


「(私は知ってるよ?ルフの優しさ)」


 ゾクゾクっと体中に鳥肌が立つ感覚に身が襲われる。

 慌てて右腕に感じていた重力の正体――服を摘んでいる手――を振り払い、囁かれた右耳を抑えながら半歩後ろに下がった。


「びっくりした?」


 きっと、今の俺は目を見開いているだろう。


 反射する鏡を見なくても分かる。作っていたほほ笑みが剥がれていることも、頬に熱が籠もっていることも。


 そしてそんな俺に対して悪戯に満ちた笑みを浮かべるのは嬢様加害者


 制服の袖を口元に当てる嬢様はニヤ付きを隠しているつもりなのだろうが、目元と若干見える口角が俺の反応を面白がっていた。


「びっくりしますよ……。突然囁くのはやめてください」


 相手が他人ではなく、嬢様だったからだろう。ホッと胸を撫で下ろす俺は澄ました顔を取り戻し、耳から手を離して下げていた足を元の位置に戻す。


「えー?いいじゃん。なに言ったかは知らないけど、ニーナからもんだから」


 刹那、また別の鳥肌が全身を襲った。

 俺はもちろん、嬢様の背後にいるシュナミブレルまでもが目を見開き、理由もなくお互いの顔を交互に見やってしまう。


「ほーらその反応。私に嘘ついてたんだ」


 そんな嬢様の言葉で思い出されるのは『ニーナとなにしてたの!』という強い言葉。

 その後の反応から見るに、聞くのを諦めたのかと思ったんだが……どうやら違ったらしい。


 シュナミブレルではなく、『なにもしていません』と主人に対して嘘をついてしまった俺に睨みを向ける嬢様は詰めるように顔を近づける。


 さすれば当然、元『英雄』だろうが、今後の人生がかかっている以上冷や汗をかかないわけがない。


「お嬢様。落ち着いてください。これにはれっきとした理由がありまして」

「ふーん?主人に嘘をついてしまった理由がしっかりとあるんだ?ふーん?」


 尖らせた口から繰り出される懐疑的な言葉の数々。

 そんな言葉につれて折角取り戻していた澄ました顔も口角を引きつってしまう始末。


「そ、そうだよ?だから落ち着こう?メイラちゃん」

「大丈夫。ニーナにも後から話は聞くから」

「え」


 助け舟を出したが最後。振り向いた嬢様に絶望的な言葉を紡がれたシュナミブレルは石のように固まってしまう。


(俺のことなんて無視しとけばもしかしたらがあったかもしれないが……哀れだな……)


 まぁ囁いたことがバレた以上嬢様から逃げられることなんて無いんだがな。


 説教仲間ができたからだろう。胸の何処かで安心感が湧く俺は引き攣っていた頬を元に戻し、相変わらずにシワを寄せる嬢様と目を合わせる。


「それで?理由っていうのは?」

「シュナミブレル様と昨日さくじつの入学説明会のことを話していたのです。『複数属性持ちだったらどうなるんだろ?』と聞かれましたので」


 もちろんこれはとっさについた嘘。だが、その嘘を鵜呑みにするのがお嬢様。

 だって嬢様は昨日の説明会を寝過ごしていたのだから。


 先生方がなにを説明したところで、嬢様の耳には入ってこない。故に、俺がどんなに嘘をついても、寝ていないことを主張したがる嬢様は説明会で話されていないことを信じ込むことしかできないのだ。


「ふーん?」と懐疑的な瞳は拭えないが、自分の知らないことを詰め寄る自信は持ち合わせていないのだろう。


 もちろんその姿を元『英雄』が見逃すわけもなく、嬢様の背後にいるシュナミブレルに対して「ですよね?シュナミブレル様」と追い打ちをかけてやる。


「うんそう!周りに迷枠かけるのもダメだから小声で話してたんだけど……。ごめんね?執事さんに話しかけちゃって……」


 これまた名演技。うっすらと目元に浮かぶのは魔力で作り出した涙に見せかけた水。


 嬢様の良心に直接問いかけるように紡がれる、か弱い女の子を彷彿とさせる繊細な声は「う゛っ」と嬢様を苦しませる。


 多分だが、こいつは魔術師になるよりも他の道に行ったほうが儲かると思う。


 基本コモン魔法で誰でも使えるとはいえ、目元に水を浮かばせるのは極めて難しいことだ。


 それこそ今の声のように繊細な技術が必要とされる。


「ご理解いただけたでしょうか?お嬢様」

「ご理解……うーん……。信じたくはないけど、そんな目を向けられちゃったらねぇ……」


 シュナミブレルの涙目演技を見てもなお心の中で葛藤を繰り広げる嬢様は何度も首を捻らせ、俺の顔とシュナミブレルの顔を交互に見やる。


 そうしているうちにも、もちろん他の生徒たちは水晶で自分の属性を確かめて、一喜一憂と笑顔を見せたり悲しみを見せたり。


 というのも、俺の時代とは違ってこの時代ではダンジョンの攻略を重視した魔法が好かれるらしい。


 例を挙げれば魔物に1番効果が高い光系統の魔法が1番人気。その次に炎だったり雷だったり。

 生家にいる時の入れ知恵だが、この時代は威力が高いのが良いとされてるんだとさ。


 横目にそんな生徒たちを追いかけながらも嬢様の言葉を待っていると、あっという間にシュナミブレルの番が回ってきた。


「どしたシュナミブレル。なんかあったか?」

「あ、いえ!なんでもありません!」


 教壇に背を向けていたからだろう。

 マエスタ先生の言葉によって肩を跳ねさせたシュナミブレルは水魔法を解除し、今度は嬢様に背を向けてタタタッと水晶玉の方へと走り去っていってしまう。


 さすればここに残されるのは俺と嬢様のみ。

 謎に集まるのは生徒たちの視線。


 そんな視線に駆られてだろう。すっかり眉間からシワを手放した嬢様は居心地が悪そうにシュナミブレルの方を見やった。


「今回ばかりは許してあげる。けど、この後の事に口は挟まないでね」

「ご理解いただきありがとうございます。ちなみにですけど、この後の事と言いますと?」

「ひみつ」


 どことなく不貞腐れているようにも聞こえるその声は背を向けたまま。


 そんな姿に懐疑的な思いが募るばかりの俺だったが、に光る水晶を目に入れた途端その思考を止めた。

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