第6話 ふん!俺には前世の知識があるんだよ!
「行かないの?」
そして俺達が立っていないことを不思議に思ったのだろう。
小首を傾げながら紡ぐ嬢様は俺とシュナミブレルを交互に見やる。
「そ、その〜……」
初めに言葉を切り開いたのはシュナミブレル。
心底言いたくなさそうに目を泳がせているが、嬢様の不信は募る一方。
「すみません……。水晶の扱い方を教えて下さい……」
そんな嬢様に屈したのだろう。ため息混じりに吐かれる言葉は心底申し訳なさそうだ。
俺のことをいじめようとしていたやつのこの姿は見てて気持ちのいいものだが、嬢様の友人になりうる人物だ。
父様のためにも俺はこのシュナミブレルと嬢様の関係を保たなければならない。
「聞いてなかったの?」
「はい……。聞いてませんでした……」
「ニーナって結構不真面目なんだね?」
「ち、違うんだよ!これには深いわけがあって……!」
嬢様の軽蔑するような瞳にわなわなと身振り手振りで言い訳しようとするシュナミブレルだが、嬢様は目を細める一方。
さすればまたもやそんな嬢様に屈したのだろう。開こうとしていた口は閉じ、振り回していた手は膝に置いて静かに顔を伏せた。
「はい……。私は不真面目です……」
「べ、別に責めてるわけじゃないからそんなに畏まらないで……?」
「罪悪感湧くから……」と苦笑混じりに言葉を漏らす嬢様は、すっかりしおらしくなったシュナミブレルを見下ろす。
そんな2人を横目に腰を上げた俺は、嬢様の守護霊だと言わんばかりに自然な形で腰の後ろで手を組んだ。
「優しい……!やっぱりメイラちゃん――」
『やっぱりメイラちゃん大好き!』とでも言いたかったのだろうか?
パーッと花が咲くような笑顔を披露するシュナミブレルは嬢様を一目見ようと顔を上げる。
だが、何もなかったかのように嬢様の背後に立つ俺の顔を見るや否や、その花はトゲを生やしてしまった。
「――ルフくんも聞いていません」
睨みを有したシュナミブレルから発せられるのはチクリの言葉。
そしてその突然のカミングアウトは俺ではなく、嬢様の目を見開かせた。
至って真面目に膝の上に拳を乗せるシュナミブレルとは裏腹に、心底一驚する嬢様は見張った瞳を勢いよく振り向かせてくる。
このあとの展開は目に見えて分かる。『執事なのに聞いてなかったの!?』だとか『なんで把握してないの!?』だとか、嬢様は絶対に詰め寄ってくるだろう。
(だが残念だったなシュナミブレルよ!俺には知識があるのだ!)
どうせ道連れにしたかったのだろうが、生憎俺は前世で嫌というほどあの水晶を触っている。
故に、扱い方も嫌というほど覚えているのだ!
だからどんなことを言われても悠然と返せる――
「ニーナとなにしてたの!」
(――はずだったんだけどなぁ……?)
嬢様の口から繰り出されるのは予想だにしない力強い言葉。
どこをどう汲み取ったらシュナミブレルとなにかをしていたという結論に至るのかはわからないが、御名答なのに何ら変わりはない。
別に隠すつもりはなかったのだが、いざこうしてそのことを詰め寄られるとなぁ……。
「なにもしていませんよ」
(はぐらかすしかないよなぁ……?)
多分、シュナミブレルはこのことを嬢様に言うつもりはなかった。嬢様の背後でこれみよがしに目を見開いているからな。滑稽なほどに。
そしてこんなに感情的になる嬢様を見るのも人生で初めて。
もっとおしとやかに聞いて来たらはぐらかさないで済んだのだが、この状況で真実を伝えたらきっと嬢様はこの上なく不機嫌になるだろう。
これも前世での経験だ。
「じゃあニーナが言っていた『ルフくんも聞いてない』っていうのは?」
俺の否定的な言葉で多少頭が冷めたのだろう。
先ほどまでの気迫が無くなった嬢様だが、ズイッと言い逃れができないように顔を近づけてくる。
「それについてですが、僕は聞いてますよ」
「……聞いてるの?じゃあ説明してみて?」
「かしこまりました。折角ですのでシュナミブレル様にも聞かせてもよろしいでしょうか?」
「うん、いいよ。教えるのと答えるの同時にできるし」
「あってたらの話だけど」と言葉を付け加えてくる嬢様だが、その心配はご無用。
嬢様の許可に感謝を伝えるため小さく頭を下げた俺は、未だに椅子に座る藤黄の少女に近づくために一歩踏み出す。
さすれば先ほどまで見開いていた目などどこへ行ったのやら。
すっかり睨みをこちらに向けてくるシュナミブレルに、ほほ笑みを返す俺は淡々と口を開き始める。
「扱い方は至って簡単です。水晶に手を触れさせ、少量の魔力を流し込むのです。そうすれば水晶に色が浮かび上がり、その色で属性を判断します」
普通は1人1属性が基本だ。
稀に複数の属性を使うやつがいるが、大体が2属性。その場合は水晶には2等分に分かれて色が浮かび上がってくる。
ちなみにその稀に現れるやつの1人が俺なのだが、英雄という称号を持つ俺はなんと全属性を扱える。
そんな俺があの水晶に触れると、爆発する――ではなく、なぜか『白色』が浮かび上がる。
まぁ多分、全属性を使えるから水晶がそのように判断したのだと思うが、そのせいで何度も水晶を触らされたんだぞ!
その経験が故に、俺の答えは当然のように当たっており、嬢様は縦に頭を頷かせる。
「うん、正解」
「なんで分かるのよ……!」
「聞いていましたので」
目の前には心底悔しがるシュナミブレルが睨みを向けてくるが、嬢様の隣に立つ俺は澄ましたほほ笑みを返すのみ。
「じゃあニーナが嘘を付いてたってこと?」
「ち、ちがう……!嘘なんて――」
「――おいそこ!さっさと並べ!」
まるで狙いすましたかのようにシュナミブレルの言葉を遮るマエスタ先生は教壇の前でこちらに睨みを向けてくる。
「申し訳ございません」
「す、すみません!」
弁明しようとしていたシュナミブレル以外の俺と嬢様は間髪入れずに下げて謝罪をする。
一足遅れたシュナミブレルも俺達に続くように慌てて頭を下げ、マエスタ先生の恐怖に怯える2人はそそくさと列の1番後ろに向かって走る。
今回ばかりは道草を食べてしまった俺達が悪いので弁明の余地もない。責務を全うしたマエスタ先生には称賛を送るべきなのだが、2人の怯えた姿が嫌だったのだろう。
嬢様の後ろを歩く際に横目に見たマエスタ先生の顔はどことなくしょんぼりとしていた。
多分、あの人は繊細で心優しき人なのだろう。
この短時間でこれほどまで気を落としているのだから嫌でも分かるし、俺の中の好感度がバク上がりだ。
「……ルフ?なんで先生見ながら笑ってるの……?」
「とてもいい先生だなと思いまして」
「……そう?」
「はい。たしかに強面ですが、お嬢様が警戒するような人ではありませんよ」
「…………バレてたんだ」
(逆にバレてないと思ってたんだ?)
なんてツッコミは心の奥底で封印し、不服気に頬を膨らませる嬢様に向けていた視線をシュナミブレルに落とす。
そうすれば、この数秒で踏んだり蹴ったりなシュナミブレルのジト目と交じりあった。
きっとこのジト目は事の発端である俺に恨めしい思いを募らせているのだろう。
ちょっと種類は違うが、前世でもよく見た目つきだ。
「どうされましたか?シュナミブレル様」
「……別に」
「左様でございますか」
嬢様に似た膨らんだ頬はプイッとそっぽを向く。
これ以上戦っても無駄だと判断してくれたのだろう。なんとも物わかりのいい小娘だ。
「……メイラちゃん。ルフくんを悪く言うつもりはないんだけど、ルフくんって性格悪いよね……?」
「いや……うん。否定できないんだよねそれ……」
「どこが悪いんだよ」と問いただしたいところだが、共通点を見つけた2人にガヤを入れることはしない。父様のためにも。
どことなく気疲れしているようにも見える2人の会話の邪魔をしてはいけない。そう思った俺は水晶に触ろうとする赤髪の少年に目を向けた。
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