第55話 終章
55 終章
「よ、天井。
思ったより、元気そうだな」
「そう言うオマエは、相変わらず耳が早いな」
軽口を叩く加賀敦に対し、天井恋矢はブスッとした顔を見せる。
敦は苦笑しながら、恋矢の隣の椅子に座った。
「ココ、記憶が戻らないんだってな?」
「……ああ。
お蔭で俺も、頭を抱えている。
いや、この現実をどう受け止めて良いのか、俺には分からないんだ。
ココが記憶を失った実感もないし、どうすれば一番いいのかも不明瞭だ。
……いや、違う、な。
俺は例えココがどうなっても、今まで通り接すればいいだけだ。
ココをココとして扱わなくなったら、それこそ俺達は終わりだ」
思いつめた様に、恋矢は語る。
敦は思い出したかの様に、こう漏らした。
「天井――共依存って言葉は知っている?」
「……共依存?」
「うん。
互いが互いを必要とする関係の事。
でもその反面、相手が自分にとってマイナスの事をしても、もう一方はこう思ってしまうの。
〝それはやっぱりこの人は、自分が居なければダメだから〟――と。
そういう厄介な関係を、誰かさん達も築こうとしているんじゃない?」
「……あー」
間延びした声を上げた後、恋矢は椅子から立ち上がる。
「確かに、そうかも、な。
でも俺は今のココとの関係を、つきつめてみたい。
その結果がヤバそうな感じになったら、もう一度色々考えるさ」
「そう?
でも、その時には既に篠塚ココは、この世に居ないかもしれない。
アンタの愛が、篠塚ココを押し潰すの。
そういう未来を――天井は一度でも想定した事がある?」
「………」
その問いには、恋矢は答えられない。
敦は嘆息した後、この場から去る事にした。
「って、ココの見舞いはいいのかよ?
その為に、わざわざ来たんじゃないのか?」
「うん。
今のココと会っても、何を言って良いか分からないから。
そう言う意味では――恋矢は凄く強いと思う」
「………」
それだけ言い残して、加賀敦は病院を後にする。
加賀敦の後姿を眺めながら――天井恋矢は覚悟を新たにした。
やがて篠塚ココは――天井恋矢と共に退院した。
病院を去った二人は、まず学校に向かう。
十日間も無断欠席したあげく、病院に担ぎ込まれたからだ。
保護者が居ない二人は、まず担任の教師に謝る事にする。
「というか、今日から天井君が私の家で、私を介護してくれるんですよね?」
真顔で首を傾げるココを前にして、恋矢は焦るしかない。
「――はっ?
どうして、そういう話になるっ?
いい歳なんだから、自分の面倒くらい自分でみられるだろうっ?」
「え?
だって、私、独り暮らしなんでしょう?
記憶喪失の私が一人きりで生活するのって、とても危険なんじゃ?」
「………」
「それとも、天井君の方が危険だとでも言うんですか?」
「いや、いや、いや!
そんな事はないけどさ!
世間体とか道徳観念とか、そういう事情もあるだろうっ?」
相変わらず、ココは素知らぬ顔でとんでもない事を言う。
恋矢としては何時もの様に、ココに振り回されるしかない。
その時、思わぬ事が起きた。
恋矢が下を向いた隙に、ココに向かって硬球が飛んできたのだ。
恋矢は焦るが、ココはノールックでそれを受け止める。
「んん?
どうかした――恋矢?」
……お蔭で天井恋矢は、愕然とするしかない。
道理で自分はいい様にされていると思いながら――彼は心底から嘆息した―――。
雨が止んだら・了
雨が止んだら マカロニサラダ @78makaroni
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