着飾る門には福来たり

 よく才能があれば、何でもできると思い込んでいる人間がいる。確かにその分野の中では最強とも称せる能力を発揮できることは認められても、理解されるかどうかは別物だ。皮肉な話、才能があると認められるには、それが凄いことを理解してくれる存在に出逢う必要性があって、どんな能力を持つ者でもそうでなければ、役立たずか、そこら辺にいる凡人でしかない。


 そう、出逢いというのは、人との関係だけではなく、個人の才能を解放する一手にもなることがあるのだ。


「ん?どうしたんだ?まるで旧友にでも会ったかのような顔して」

「いや、まあ……あながち間違いではないんだが、この紳士服に見覚えがあってさ」


 この日の再会は、偶然か、必然か。自分はガラス越しに、若き日の親父の姿を見た。これは松木戸と一緒に近所の観光地を巡り、学んだことを活かせる事業はないかと散策していた日の出来事だ。


 その店の展示ブースに飾られていた上下の揃った紺色の紳士服は、どこか若々しさを印象づけるものの、よく見ると長年愛用されてきたのか、随分と生地がよれていて、ただ古いだけでは出ることのない深い年季の色合いを帯びていた。


「見覚えって……おい、この服の素材って⁉」


 松木戸が大手を広げて食入るようにガラスに張り付き、その向こう側にある対象を凝視する。


 あまりにもみっともないその行動に「おい、ガラスが汚れるからやめろ」と軽く叱った。その直後、「どうかされましたか?」と不意に声をかけられ、咄嗟に声がするほうに視線を向けた。そこには一人の気立ての良い男性が立っていて、戸惑いの表情をにじませながらも、ガラスの向こうの展示物に興味を持っていることを察してか、目が鋭くなり「紳士服に興味があるのですか?」と商人的なシグナルを感じ取った。


「ん?もしかして、この店の店主か何かか?」


 男性に質問を質問で返しつつも、横でカエルのようにへばり付く松木戸の姿を見て、無意識的に背後の襟を掴み、引き剥がそうと何度かに分けて引っ張った。


 問いを返された男性は不貞腐れることもなく自然に頷き「ええ、ここはうちの店なんですが……一体何を?」と訝しげな疑問の声色を返された。


「いや、別に大したことじゃないだ。ただ、この飾られている紳士服に見覚えがあるなって思っただけで」


「見覚え?ああ、見たことがあってもおかしくないと思いますよ。こちらは、二十年ほど前、銀堂茂也様がお召になっていた紳士服ですから、どこかの雑誌とかで目にしたんじゃないですか?」


「銀堂茂也って……どおりで見たことあるわけだ。あのクソ親父、ここで服を仕立てていたのかよ」

「親父って……まさか、あなた様は――⁉」


 軽く自己紹介をしたあと、立ち話もなんだということで、店内へと自分たちを招き入れ、簡易的ではあるが話の席が設けられた。その机の上には人数分のお茶が提供され、出てきた瞬間、松木戸はそのお茶を口に含み、そのまま中身を飲み干してしまった。


「おいキド、いきなり飲むもんじゃない!」

「だってー、そこら中、歩き回りすぎて喉渇いちまったんだ、仕方ないだろ」


 松木戸はベタベタな礼儀知らずの演技をして、無邪気に「もう一杯!」とお茶を要求。自分は一時的にやれやれと頭を振り、この店の店主を視界に入れる。


 護福真司と名乗った男性は、嫌な顔をひとつせずお茶を淹れ直し、松木戸に渡した。受け取った瞬間軽く容器を揺らしあと、また瞬時に飲み干し、また注ぎ足すよう要求した。二度目は流石にと、顔色を窺ったが、護福真司は嬉しそうにしていて、再び淹れ直してくれた。


「何をしてる?」


 自分はこの行動の意味を理解していたが、松木戸は露骨にも語りたいらしく、ほら、ツッコミを入れてくれと言わんばかりに、したり顔を向けてくるものから、仕方なく頭の足りないフリをして質問をした。


「おいおい師匠、周囲を見て気づかないのか?この店、そんじゃそこらの呉服店じゃないぜ。外で見た紳士服もそうだが、ここで取り扱っている生地やそれを形にする裁縫技術、その後の衣服の洗い方や干し方までかなり洗練されている。こう見えても俺、何着か服を作ったことがあるんだ。その手入れや技術の難しさは曲がりにもわかっているつもりだ」


「それで、さっきからビジネスマナーを無視して、何度もお茶をおかわりしている理由と何の関わりがある?」


「まだ分かんないのかよ⁉最初の一杯は喉の渇きを言い訳にした『逃げないよ』の意思表示、二杯目はここの商品に『完敗だ』ということで乾杯とかけているんだろうが、少なくとも目の前の店主はご理解しているようだが」


「そうか……」


 ――全部言っちゃたよ、と心の中で呆れた感情を滲ませながらも、店主のほうに視線を移す。


 護福は、照れますなと主張するように右手で後頭部を掻きつつも、次に口を開くときにはスンとした不敵な笑みを浮かべ、「なるほど、やっと合点がいきました。どおりで外の紳士服にご興味を持たれていたわけなんですね。最も、タグのあったところの縫い目で、熟練度はわかりましたが」と職人だけが赦される鋭い釘打ちをされ、個人的に少しビビった。


 実際の会話はもっと長く、細かい内容を話していたが、自分の理解度と要所を踏まえるとこんな内容で、護福真司との会話兼交渉が始まった。


 このあとも、衣装についての会話が盛り上がり、しばらくは自分は蚊帳の外で二人の対話を眺めていた。それで分かったことなのだが、この護福真司なる者がどんな人間か把握できたと同時に、この店がどうして繁盛していないのかも理解できた。


――なにせ、コイツら。


「流石だ!清史郎くん!チンポジ重要性をよく分かっていらっしゃる!こうゆう話をするとすぐに、『キモい』とか、『ホモですか?』とかの話に発展して、まともに話すら聞いてくれないんですよ!」


「めっちゃ分かるぜ!俺の彼女はバカにせずに聞いてくれるが、他所の女は「キャー変態』『男なのに何でそんなこと知っているの』って、可愛こぶって、せっかくのご厚意を踏みつけるよな」


「そうそう、合ってないブラとか見ると同じように腹が立つんですよね。それで『このままでは胸を支えている筋肉がちぎれますよ』と進言したらビンタ食らわされて、翌年『良い谷間ができなくなった』って、泣いてブラジャーの依頼してきたときは、同じようにやり返そうとか考えましたから」


「いるよな。アドバイスしたのに言うことを聞かないヤツ。それで事故ったあとに『助けてください』なんて、虫が良いって話だよ」


「マジでそれな!少し話を戻すが、それ系統でチンポジの悪いパンツを履いていた男がいて、『そのままだとタマがねじれる』とベストなパンツを提案したんだが、聞かなくて、その後、片タマがを取り出す始末になったって聞いたときは、ザマーって思ったほどです」


「民族によってもチンポジが違うそうだな。俺達は左側によっているそうだが」


「それはそうなんですけど、展示しているあの戦闘用紳士服、チャックが逆になっていたでしょ。あれチンポジ調整もあるのですが、片手で閉められうよう調節もしているんですね」


「またまた、本当は下着とか皮とかよく噛むからどうにかして欲しいって、頼まれたから、あとから調整したんでしょ旦那」

「アハハ、そうだよ。縫い方で違い分かっちゃった?」

「……おい、人の親のチンポジで盛り上がるな」


 最初はお互い警戒して会話の牽制を取り合っていたのに、いつの間にか二人は意気投合し、このような下世話な対話を延々と続けるほどの関係を築いてしまっていた。


 この時点で十二分にこの気立ての良い男性こと、護福真司がどういった人間かご理解できたはずだ。確かに衣服に関する知識も腕も上質なものであることは、素人目にも分かる。しかし、この意地悪さと散々の話の飛び様、狂人的な職人魂によって、新規の客が得られていないことは、この閑散とした店内を見れば分かる。


 そして、なぜ自分たちがこの店に招き入れられたのかも。


「お前、性格が悪いな」

「……ですよね。盛り上がりすぎて済みません。私の飛び飛びの喋りでも会話してくれる清史郎くんに興奮しちゃってつい……」

「師匠は油のさし方が下手だな」

「……といいますと?」


 個人的には水をさしたつもりだったが、松木戸に油に差し替えられたから利用することにした。


「別に怒っているわけじゃない。むしろ、こちらとしては信用できる要素だ。けど、隠し事……いや、遠慮していることかな?真の信用を得たいなら話してくれると助かる。例えば、現在の『経営状態』とか」


「…………」


 呉服店の店主は末尾の発言に対して言葉が出せず、渋苦さが伝わる罰の悪い顔をして数秒ほど黙り込んでしまった。


 自分の抑揚のない声では緊張をしてしまうかと性格のデメリットについて嘆きつつも答えを待つ。真司は先ほどまで楽しげに話していた松木戸に視線を向け、自分も同じ焦点に視線を向けた。


 松木戸は腕を組み、歯を見せて「大丈夫、大丈夫、言って話の続きしようぜ」と鼓舞され、やっと真司は重い口を開いた。


「実はですね――――」


 原文で綴ると長くなるから要点だけ書き出す。


 まず最初に語られたのは『先月にこの店を経営していた、陽気な父親が病気で亡くなった』ことが語られ、『自分が予想したとおりの経営不振の内容』も語られた。


 松木戸が他に家族はいないのかと質問して、妹がいると話し、当時はまだ学生だったから、なるべく『妹には学生らしく、学業や友達と遊び、何不自由のない暮らしをさせたい』ということで、碌に稼業については話してないとか。


 幸いなことに、この店の建物は持ち家なので、通常人件費くらいかかる家賃を払わずに済んでいるから、いくら先細りの不振経営でも何とかなっているという話だ。


 そんな最中、自分たちが目の前に現れ、初期段階では、理解のあるご氏族に何とかしてもらおうと考え、店に招き入れのだが、予想外に松木戸が理解を示してくれたから、言い出すタイミングをなくしていたそうだ。そして、期待とは裏腹に、自分がものに対して興味を示さないことに、冷めていたことも口にした。


 社会常識的には失礼な発言だが、そんなことで嫌うほど心の狭い人間じゃない。二度目になるが、むしろ、そこまで本音で語ってくれるほうが信用できる。


「つまり、あれだろ。真司の才能を利用できる商売法を考えればいいってことだろ」

「話の過程がぶっ飛びすぎてるが、結論だけいえばそういうことだ」


 それが難しいことなんだよと、アイデア力に乏しい自分は心の裡で叫んだ。けど、その問題は、言い出しっぺのアイデアマンにとっては、いとも容易く解決できる内容であった。


「だったらここにある衣装を使って、楽しいことしようぜ。それで思い出と共に商品売りつけて、良さをわからせれば、もうこっちのもんだ」

「押し売りの常套句手段だが、悪くない。でも、この量の服をさばくには苦労するぞ」

「そうなったら、俺達が広告塔になって評判を広げたらええ」

「んな、安直な」


 もうここまでで何度やれやれたしたかは分からない。最たるは、この店の現店主である護福真司に選択は委ねることにした。


 真司は静かで厳かな顔をしたあと、とある質問をしてきた。


「それって、失敗できることなんですか?」


 その一言に自分は、さすが良い職人の問だと思った。が、一方松木戸は、その問いに動揺し言葉を噤んだ。


 続けて「もう包み隠すこともないですが、正直、こちらにとっては願ったり叶ったりの要望です。ですが、商売以前に『どれだけの失敗が可能か?』これが分かっていないと、どれだけあなたたちに投機をして良いかの算段が取れません。それにその余裕やジリ貧差によっては、私の仕事できる能力が左右されますので、できる限り現実的な回答を求めたい。どうですか?」と護福真司は本気の様子。


 だけど、松木戸はどうしよう……と言わんばかりに目線をずらす。


 昔同じように狼狽して、話を無かったことにしかけた人間がいたから、この症状についての理解はある。


 不安を抱えやすいによくある症状なのだが、ただ気軽に口にした内容を急に現実のもとに引きずり出されたときに責任感が生じて、この時の松木戸のように答えをヒヨってしまう場合が存在する。こうなってしまうと、発言した個人だけではどうすることもできない。


 この出逢いを無駄にしないためにも、ここで二人の背中を押すのが自分の仕事だ。


「おい、キド。お前肝心なことを忘れていないか?」

「肝心なこと……?」

「もう既に学校の命運も懸かったプロジェクトが始まってんだ。今更追加分にビビってどうする」

「それは……」


 松木戸はことの意味を理解はしてくれたようだが、まだ覚悟を決めかねている。


 まあ、その気持ちも分からなくはない。仲良くなった人間を火の海へと放り投げる決断なんて、ど素人が容易くできることではない。そうなったら、覚悟を決めてる人間に飛んでもらうしか策はない。


「護福屋」

「はい?」


「今、自分たちはコイツを筆頭に学校の再建、もしくは維持を図るための事業をしようとしている。先ほど『失敗できるか?』と訊いてきたと記憶しているが、答えは可能期間二年の制限時間が設けられている。もし、深入りしたいなら、本人に交渉してくれ。あくまで自分は同制限時間がついた顧問だから」


「大まかなことはわかりました」


 真司は松木戸のほうを見て、手を伸ばし「できれば、個人としても御身にしてほしいです。もちろん、そちらの件でも私にできることがあれば、何なりと言ってください。良ければこの手を」と、さらに手を前に出す。


「まったく師匠は、逃げ道を塞ぐのが上手いな。よし!決めた!」


 そう勢いづいて松木戸は、その手を掴み「その時は、よろしく頼む!」と交渉成立の握手を交わした。


 こうして、のちの事業の大きな後ろ盾となる護福真司からの支援を受けられることになった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

毎日 17:00 予定は変更される可能性があります

血脈のカタルシスト 運命のカナリア編 冬夜ミア(ふるやミアさん) @396neia

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る