性格の宿命

「ここで一度、皆に共通の知識を伝授する」

「って、ことはアレか!自分は何者か!を理解するための話だな」

「キドにも毎度言っているが、識っている話でも確認するつもりで聞いてくれ」

「はいはい、いつもどおり何度でも聞くよ」


 松木戸は耳にタコができるぐらい聞いてると言わんばかりに、余裕をぶっこいているが、いまからする話は何度でも授業してもいいほどの内容だ。一応、主要メンバーには一通り内容を話しているが、今回、全体に伝える知識としては初めてのことだ。


「遊学、その話をするなら、先に面倒な地雷を踏み抜いておいて良いか?」


 パイプ椅子に座っている潮崎は軽く手を挙げて、今回する話の争点、及びその地雷除去を申し出てきた。自分は、最初に話したときの膠着状況を思い出し、心中で渋い顔をしながらも「それじゃあ、頼むよ」と除去をお願いした。


「今日する話は、人の性格についての話になると思うんだが、恐らく以前の俺様のように、『他人の性格を狭い知識だけで決めつけるな!』言いたい奴もいるかもしれねえ。だけど、伝道者である遊学が言うことは紛れもない事実だ。疑り深い俺様すら認める知識だから、よーく聞いとけよ」


 わざとらしく今回の話のトラの尾を踏み、これでいいのかと手の平を繰り出して、大抵、出るであろう余計な反論に釘を打った。頼もしい発言ではあるが、多少信頼感が厚すぎる気がしたから、少し削ぐことにした。


「わざわざ踏み抜いてくれたありがとうな。正直な話、いまから話す内容は学術本には載っていない疫学的内容だ。けど、数年の検証とそれを利用して生き抜いてきた実証は保証する。今回の話は、どちらかというと性格論よりも、自己と他人を理解のためのツールと考えて欲しい。いつまでも、1+1は田んぼの田なんて言ってられないからな」


「そのくらい本質的な話っつーわけだ。それでも反論があるなら最後にしてくれ。そうしたほうが話がややこしくならずに済むし」


 潮崎からの追加の発言を受けた上で、皆からの始める前の返事をもらった。


 用意していたホワイトボートに縦長の長方形を描いて、それを三分割してその中に下から『本能』『環境』『理性』と書き記した。


「まず前提として、人の性格及び他の生物にもあるとされるものなんだが、大体この三要素で性格というものは構成されている。『本能』は遺伝レベルで作動する思考の型。『環境』は状況に順応するために仕方なかったなく身についた価値観。『理性』は知見や経験によって育まれた行動知性のことだ。この時点で何か質問あるか?」


「はい!」と真っ直ぐに手を挙げたのは志穂。


「何だ?」

「とりあえず、言っていることは分かるんだけど、ちょっと簡潔すぎて逆にわかりにくいから、何か一例上げてくれない?」

「そうだな……」


 五秒ほど逡巡し、一つ例え話を構築した。


「例えば、魅力的な異性を見て興奮してしまうのが『本能』。だけど、その興奮をそのまま出しては法を犯してしまうから生存のために控えてしまうのが『環境』。そうであっても、これなら許されると学習し、行動に起こすことが『理性』だな」


「意外と下ネタがイケる口なんですね」

「別に悪ふざけで言ったわけじゃない。追々この話が効いてくる」


 来栖川のツッコミを利用し、自分は伏線を引いた。それはいいのだが、一部話が理解できていない人間もいる様子。


 それを見た松木戸は、知ってか知らずか、第二の例えを口にしてきた。


「つまりアレだよ。朝立ちするのが『本能』。ボロンしてはいけない価値観で育った思考が『環境』。安全地点でボロンしてもいいと学んで出すのが『理性』ってことだろ。簡単なことじゃねえか」


 あまりの稚拙な発言に、チーンと静寂の中で仏壇のリンが鳴ったような気がした。


「……酷い例えだが、あながち間違いではないのも、また事実だ。とりあえず、個人でいいように解釈してくれ。おかしすぎたら、そのときは修正を加える」


 自分は『本能』に矢印をつけ、新たにホワイトボードに十字を描いて、四つの区分の端に『エゴイスト』『ナルシスト』『ディレクター』『ブラックリスト』と書き、中央の交差を指で消して、そこに『アベレージ』と書き記した。


「今回メインで取り扱うのは『本能』の部分だ。ここは上の『環境』『理性』と違い変動はほとんどない。だからこそ、一度覚えてしまえば、他のところで応用が利く。どう利用するかは先々で話すとして、まずはこの五種類の性格を把握してくれ」


「ふふふ、ここで地雷除去が効いてきたわね」


 隠森が小さく笑い、地雷除去の良さを評価した。


 潮崎はその言葉に「大したことはしてねえよ」と照れくさそうに鼻を掻いていた。


「最初に取り扱うのは『エゴイスト』だ。この性格属性を持っているものは、自分勝手で、情緒不安定、自分考えを優先するものの、他人の意見を多少は聞き入れてくれる性質を持つ。わかりやすく、この場で紹介するならキドのような人間だな」


「改めて言われると照れるぜ」

「要するに、変態がエゴイストってこと?」


 本書では紹介していない女性から、結論的な発言をしてどうなのか訊いてきた。


「正解の枠組みに入るが、他の表現として、不思議ちゃんとか、どこか幼稚なところがある人とか、自己主張が激しいなどと、とは違うオーラを持っているのが特徴だ。それでなんで、最初に取り扱ったかと言うと、どんな出来事も『エゴイストからはじまる』という社会影響力も持つからだ」


「相変わらず壮大に語るなあ。一個補足を入れるとすれば、エゴイストってその場の雰囲気を司る人間なんだよな。そいつが気分が悪いとその空間の雰囲気も悪くなる」


「確かにそれはそうだけど、組織に影響与えるのはトップ層の陽キャエゴイストだけ。それ以外の迫害された陰キャエゴイストは、ひっそり真面目に暮らしてしまうから影響が少ないんだよね。故に他の性格の人が乱入しても受け入れてくれるが、後者のタイプは驚かれて敬遠されちゃうのよね。アレ本当に辛いのよ」


 潮崎の補足にくわえ、エゴイストに扮した隠森が気持ちを代弁した。


「だからこそ、いつも底抜けに嘘でもニヤニヤしてんの。落ち込んだら、みんなに真の迷惑がかかるから」


「気持ち悪い顔だなと理解は示せるが、そういうことだ。自らが『エゴイスト』と判明したならば、組織のためにも自らの心を整えることを重視して欲してくれ」


 松木戸がいつもニヤニヤしている理由を工作して、次の性格へと移る。


「次は『ナルシスト』自分でも言うのはなんだが、自分と志穂のような人間性をしていて、自分が正しいと思ったものにしか従わないし、完全にやると決めるまで動かない。基本結論だけで喋りたい性分であるから、よく言葉足らずになりやすい。けど、発言に確固たる意志があるから、デタラメなことを言っても話は通ってしまうのが特徴だ」


「ワーメチャメチャワカル」

「冗談をいっているのか、わからんも追加してくれ」

「話題を略奪しても、怒られないも追加しろ!」

「凄いな、悪意100パーセントだな」


 同区分の志穂は棒読みで反応し、潮崎と松木戸はここぞと言わんばかりにずるいところを指摘してきた。知識があるからそこまで怒らないが、無ければ間違いなくキレている批判だ。悪意であっても受け入れざる得ない。


「でもそのおかげで、話を振った人物には強い説得力が宿るから、まだ遊くんの性格はマシじゃない。もし、振ってくれなかったら、清史郎くんはただの変態下ネタ小僧としか見られてなかっただろうし」


 隠森の指摘に、松木戸を中心とした人間は言葉を詰まらせた。


「隠森、別にフォローしなくていいよ。事実だから」

「そうね。けど、異性の意見には弱いようね。それとも、遊くんを教育した女性が上手かっただけかしら?」

「詮索はよしてくれ。だとしても、本質に忠実なだけだ」


 軽い小競り合いをしたあと、次のジャンルである『ブラックリスト』について触れた。

 

「さっきから、ビーチクバーチクチャチャ入れてくる潮崎の性格でもある『ブラックリスト』だ。名称で悪そうなイメージを持つが性格的には、世間体や常識を好み、話を回したがる。その癖して、枠外から出るような言動を取り、迷惑かけてもそうゆう流れとして、流されてしまう厄介の存在だ」


「テメエ!絶対悪意あるだろ」

「あと、常識!当たり前!当然!などと、謎の論理で攻めてくるから注意しろ」

「あん!何が悪い!」

「ほらな」

「まあまあ落ち着いて、話が伸びちゃうから」


 隠森が潮崎を宥め、話の展開点を作った。その隙に志穂が入って。


「己の信念はないのかー!って言いたいところだけど、話をしている内容を識っている側としては、仕方ないなって思うけどね」


「伏線として引いておくが、配置の対局線上にある性質(感覚)は基本理解されることはない。しかし、この授業が終わるころには、一定の共感ができるようになるはずだ。頑張ってくれ」


 続いて『ディレクター』について話をはじめた。


「『ディレクター』は、言葉だけ聞いて指導者タイプに思えるが、そうじゃない。他人への貢献を好み、直接の被害よりも、他人の態度のほうが気になって、自らのことを蔑ろにしがちな傾向がある。ここにいる人間なら来栖川みたいな人間で、わかりやすいのはこの学校の理事だな」


「確かにね。穹姉さん自分の体調を無視して仕事やったり、やたらと他はーとか、あの人はーって他人の話ばっかりするしね」

「変に気を使うとキレるし、おかしなことをいうと、人の気持ち考えて!って怒るから、怖いんだよ」

「清史郎、結果が良いだけでやってることは、いつも頭おかしいからな」

「おかしいって、理解度が足りてないだけだろ」


 穹さんへのコメントが強すぎて、名前を出した来栖川の話は一切出てこなかった。あくまで『ディレクター』ベースで語るが、多分来栖川は場の空気を悪くしちゃいけないなと、身を引いて黙っていたのだろう。仮によくしゃべるタイプであっても、薄い過去話だろうから、どう足掻いても穹さんの話には負ける。そこに言葉を添えること自体野暮なはなしだし。


「で、最後の区分になるのだが、次は『アベレージ』だ」

「ついにちゃったか」


 アベレージ代表がそう小さく発言し、アベレージ性能を実演してくれた。


「『アベレージ』て言葉で収めていい話なのか?」と来栖川は問い。


「別名大いなる凡人などと言われるくらい凄い性格してるしな」と自分は口走った。


「それ聞くと毎度、一言で矛盾してるなって思うんだけど」隠森は気怠い声を出す。


「のように、くだらんチャチャを入れても、不愉快にならない特徴を持っているのが『アベレージ』だ。いくら賢くて異質なはずの隠森でさえ。こうも溶け込んでしまうステルス性能を持つ。基本性格としては、その場の空気に流されるのが得意で、自分の意見は持つつも、全体の雰囲気の良いラインを汲んで、発言することが多い。経験があると思うが、収拾がつかないときに、俺のことを見ずに何故か皆、隠森のほうを向くだろ。そのくらい、自然で頼りにされる人種で目立たない性格だ」


「長々ご苦労さん、難しく考えなくていいわ。いわば、どこにでもいそうで、どこにもいない人と考えたら良いから」


「最高な実演をしやがった」潮崎が感嘆の声を漏らして話を終える。


 周りからのサポートを受け、完璧な説明で閉じた。こういうことができるのがやはり『アベレージ』の強みだと改めて認識した。


「もちろん、口にはしている特徴も傾向も山ほどある。本来は全部話すだけでも三ヶ月以上かかる内容量だしな。それを簡易的ではあるが、一通りこなした。今後、この知識をベースに話を進めるから、叩き込んでおいてくれ」


「それで師匠、そのレベルの知識を学び切るにはどのくらいかかるの?」


 松木戸からの質問に三秒ほど悩みつつも「最速で半年かな。だけど、知識を詰め込むだけでは、ただの物知りだ。いってみれば、知識や能力があるのに何も出版物を出してない愚かな無職作家と大して変わらん。社会どころか、自分のためにもならん」と知識を持つだけの無力さを語り、時間習得論も一蹴した。


「少なくとも、今回学んだことだけでも多くのことに応用が利く。例えば、市場に入ってくる人間性を見てそこの成熟度が判るようになるし、属性区分にあった言葉を使えば話が通りやすくなる。その他にも、同じ言葉でも性格が分かっていたら、何基準で発言しているかも理解できる。今後、発展形や細かいところを実践を交えて、身につけてもらうから、まずは学んだ知識で自己理解を深めて欲しい。――今日の授業こはここまで、あとは良識内で自由にしていいよ、解散」


「途中から面倒くさくなったな」

「うるさい」


 潮崎に本心を見抜かれながらも、この日の授業は終えた。口では偉そうに性格論を語っていたが、改めてこの話をしていたの入学して半年程度の苦学生。これを執筆ている現在でもそう変わらないが、未熟なやつが未熟な人間に教えているんだ、想定外の学びと発想を得てしまうことは仕方ない。


 けど、その未熟さが将来、社会や自分に牙を剥く、萌芽を育てる肥料になることだってあるんだ。教える行為ってやつは、何を撒き、何を育てているのか、やってる本人すらわからん。


 何度でも思うが、教えるって本当に難しい。

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