4②
それまで真っ直ぐスクリーンを見ていたルカが、徐に手を伸ばしてリモコンのような物を掴んでボタンを押した。
途端にスピーカーから聞こえてきてた悲鳴が止まって、部屋の中が酷く静かになった。
「うるさいぞ、ハチ公」
怪訝な顔をしてようやくこっちを見たルカは、唇をひん曲げて文句を言ってくる。
可愛げ皆無のその表情に、一瞬話をする気が失せたけど、さっき見た光景を思い出したから、このまま何も言わずに済ませる事は出来なくなった。
言うだけ無駄だとしても、一応は言っておく。
「誕生日だって事、何で言わなかったんだよ」
「…………」
「一言言やいいだろうが」
「…………」
「兄貴がまた海外に行った事もそうだ」
「…………」
「普段余計な事ばっか言うくせに、何でそういう事は言わねえんだよ」
「…………」
「誕生日なのにひとりだから一緒に過ごしてくれって、可愛い事言えねえのかよ」
「…………」
「それとも何か? こうやってひとりでゾンビの映画観てんのがいいってのか?」
「…………」
「違うだろ。そんな訳ねえよな。一言お前が俺に言ってりゃよかったんじゃ――」
「気にするな」
「――あん?」
「気にしなくていい」
「はあ?」
「ハチ公が後ろめたく思ってるのは分かった。だから気にするなと言ってるんだ、バカ犬」
「は!? お前、何言って――」
「ひとりには慣れてる」
言い返そうとした言葉を、ルカの表情を見て呑み込んだ。
確かに、ひとりでいるのは平気だって表情だった。
けど、どういう訳かその表情の中に、微かに「我慢」が見えた気がした。
常に好き勝手な事ばっかり言う、我儘三昧のルカが、物分かりのいい事を言ったからかもしれない。
それに、ルカの言った事が全くの的外れでもなかったから、言い返す事に躊躇いがあった。
ライブに行くのは仕事終わりでもよかったんだ。
ここを五時に出てもライブには間に合った。
ライブ前に友達と飯を食ったりしたいからって理由だけで、早く帰らせろって言ったから後ろめたい。
夕方まで一緒にいたら、誕生日だって知る事が出来たかもしれない。
そもそも、もっとちゃんとルカの話を聞いてたら、気付けたに違いない。
――ライブが終わってから、ここに来るのか?
いつもとはちょっと違ったルカのその発言に、きっちり向き合おうとしてたら――。
そんな後ろめたさを、腹立ちで誤魔化そうとした。
ルカが悪いって責めて、自分が仕出かした事をなかった事にしようとした。
それをこいつは分かってる。
人の気持ちなんて微塵も理解出来ないような奴なのに、俺の気持ちをきっちりと理解してやがる。
もう文句を言う事も言い返す事も出来ない。
「ライブは楽しかったか?」
能面みたいに無表情でルカは聞いてきた。
何故だか少し胸が苦しくなった。
「楽しかったに決まってんだろ」
「飛び散った血を浴びたか?」
「は?」
「本物の骸骨の飾りとかあったか?」
「あん?」
「まさか本物の死体があったのか!?」
「…………」
「だとしたら、あたしも一度は行ってみたい。デス――」
「メタルのライブじゃねえよ」
「――何!?」
「俺、デスメタルのライブだって一言でも言ったか? 言ってねえだろ、バカ野郎。パンクだ、パンク。パンクロックのライブだよ」
「パンク? 知らないな。新しい音楽ジャンルか」
「新しくねえよ。昔からあんだよ。つーか、逆に何でデスメタルは知ってんだって不思議で仕方ねえよ」
「映画の続きを観るから静かにするように」
「俺の話、流してんじゃねえよ」
「今からいい所だから息をするのも遠慮して欲しいくらいだ」
「死ぬじゃねえか、大バカ野郎」
なんて俺の言葉は完全に無視で、一時停止が解除された。
またしても、ゾンビの呻き声と人間の悲鳴が部屋に充満した。
何が楽しくてこんなもんを観なきゃなんねえんだ。
しかもこんな大画面で。
スクリーンでは、人間対ゾンビの戦いが激しくなってきた。
迷彩服を着た軍人らしき男が出てきた時、ルカが少し身を乗り出した。
軍人らしき男は、束になって襲ってくるゾンビにマシンガンを撃ちまくり、弾が切れると今度はナイフで果敢に挑んでいく。
その動きに合わせて、ルカもナイフを振り回す。
人には静かにしろって言うくせに、ルカ本人は時折奇声を発する。
映画の鑑賞方法すら普通の奴とは違うんだ、こいつは。
「なあ、何で誕生日に家族と過ごさないんだ?」
映画を真剣に観る気にはならないから、うるさいと言われるか、無視されるかのどっちかだろうと思いながらも聞いてみた。
けど。
「仕事が忙しくて帰りが遅い」
意外にも返事があった。
視線はスクリーンに向けられたままだけど、答える気にはなったらしい。
どういう風の吹き回しか知らねえけど。
「仕事ねえ」
「仕事だ」
「二番目の兄貴がまた海外に行ったのも仕事か?」
「仕事だ」
「ずっと思ってたんだけど、お前ってあの兄貴の事好きじゃなかったりするのか?」
「どうしてそう思う」
「態度がそんな感じだからだよ」
「別に嫌いじゃない」
「でも、好きじゃない?」
「難しいところだ」
「何が難しい?」
「兄は自分勝手な人間だから」
「前も言ってたけど、どういうとこが自分勝手なんだよ?」
「毎年、今くらいの時期になると帰ってきて、散々あたしを連れ回した挙句、さっさと海外に戻る。自分勝手だろう」
「連れ回されるのが気に入らねえのか?」
「違う」
「だったら何が――」
「兄はお前と一緒だ、ハチ公」
そう言われてすぐは意味が分からなかった。
俺のどこが自分勝手なんだよ――と、文句を言い掛けたくらいだ。
けど、スクリーンを真っ直ぐ見つめるルカの横顔を見たら、何が言いたいのか理解出来た。
俺とあの兄貴の共通点は、ひとつしかない。
「あの兄貴、毎年お前の誕生日前に海外に戻るのか?」
一応確認の為にした質問に、ルカは黙って頷いた。
だから、やっぱり俺の考えが正しかったって分かった。
あの兄貴は、ルカの誕生日の前には仕事で海外に戻らなきゃならないって後ろめたさから、こっちに帰ってきてる間ずっとルカを連れ回す。
ルカはそれが気に入らない。
きっと、そんな事をするなら仮令一時間でもいいから、誕生日を一緒に過ごして欲しいと思ってるんだろう。
兄貴がルカを連れ回すのは兄貴のエゴだ。
ルカの為ってよりも、自分の後ろめたさを解消する為。
俺がさっきルカに逆ギレしたのと同じだ。
この考えは、
ルカがいくら捻くれたガキだとしたって、誕生日にひとりってのは寂しいに決まってる。
そう思うから、しくじった感が消えてくれない。
ルカに対してそこまで親身になる必要はないって思ってんのに。
「家庭教師もいつも通りの時間に帰ったのかよ?」
問いにルカは「帰った」と素っ気なくではあるけど答えた。
まだ会話を続けるつもりはあるらしい。
「家庭教師に誕生日を一緒に祝おうとか言われなかったのか?」
「言う訳がない」
「そっか」
「…………」
「ルカ」
「何だ」
「誕生日おめでとう。――って、もう零時過ぎちまったけど」
「過ぎてなかった」
「うん?」
「ハチ公がここに来た時はまだ零時を過ぎていなかった」
ルカがどういうつもりでその言葉を言ったのかは分からない。
ただ真実のみを伝えただけなのかもしれない。
けど、それが俺の中のしくじった感を拭ったのは確かだった。
間に合ってよかったと素直に思えた。
少なくとも数分か数十秒、ルカは誕生日の夜にひとりじゃなかった。
「ルカ」
「何だ」
「この映画が終わったら、向こうの部屋にある飯食おうぜ。腹減った」
「分かった」
「ケーキもな」
「分かった」
「ロウソクに火点けてやるから吹き消せよ?」
「それはもうやった」
「ひとりでか?」
「幽霊や妖怪というものがいるなら、もしかしたらひとりじゃなかったかもしれない」
「いねえから、ひとりでって事だな」
「いないとは言い切れない」
「分かった。んじゃ、目に見える生き物はいたか?」
「いなかった」
「だったらもう一回、ロウソクの火を吹き消せ。あれはひとりでやるもんじゃねえんだよ。ひとりでやるのは間違ったやり方だ」
「知らなかった」
「お前は知らない事が多そうだからな。――それとな、ルカ」
「何だ」
「ナイフを振り回すんじゃねえ。危ないだろ」
「危なくない」
「危ないんだよ。大体、何でそんなナイフを持って映画を――って、おい! 軍人みたいな奴死んだぞ! 主人公じゃねえのかよ!?」
「主人公は高校生男子だ」
「え!? だったらお前何で迷彩服着てんの!? 主人公になりきってんじゃねえの!?」
「戦闘能力が高い格好をしてる」
「え!? お前、何言ってんの!?」
「いつゾンビが来ても対応出来るようにしているんだ、バカめ」
そう言ったルカは、「ゾンビが襲ってきても助けてやらないぞ」と偉そうに続けた。
もう突っ込む気力はなかった。
それからゾンビ映画を最後まで観て、飯とケーキを食った。
火の点いたロウソクを、ルカはちゃんと吹き消した。
食べ終わってからはまた映画鑑賞。
結局、朝までホラー映画祭りに付き合う羽目になった。
正直ホラー映画は好きじゃない。
だけど、帰ろうとは思わなかった。
せめてルカが眠るまでは傍にいてやらなきゃって、意味不明な使命感に駆られてた。
いや、違う。
今度はしくじらないようにって、細心の注意を払ってたのかもしれねえ。
とにかくルカが眠るまでは、寂しいと感じさせないでおこうと思った。
第三話 完
狂犬前奏曲 ユウ @wildbeast_yuu
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