第7話 過去と今の惨状

 まずは僕が祖父だと気づかれないように、先ほどの失態を誤魔化しておく。

「実はおじいさんと僕は、何でも話す仲だったんだ。それは死んでからも変わらなくて、君のこともよく聞いてるんだ。だからつい、さっき名前を呼んじゃったんだ。馴れ馴れしく思ったよね。ごめん」

 我ながらいい誤魔化し方だと思う。浩も納得したみたいだ。

「そうだったんですか……祖父は、今の私を見て何か言っていましたか?」

 自信のない目をしている。これは僕に似たのかもしれない。いつも無理矢理自分を鼓舞して、僕は前に進んだ。けど浩は違う。まず目標が定まっていないのかもしれない。

「おじいさんは早くに子供達が死んだから、君にはただ元気で生きてくれてることだけを願ってる。ちょっとお腹が出てきたことは笑っていたけど、それ以外は君の好きなように生きてほしいのと、あまり死者に囚われないでほしいって言ってた」

 三獣隊について調べることはいいが、あまり死の世界に囚われるのもよくない。

 あまり深く此方を見ると、引きずり込まれてしまうかもしれない。そう、負の感情は惹かれやすいし、引きやすい。

「君の生きがいって、何?」

「それは……」

 浩は口籠って俯いた。三獣隊に来る前の、仮死状態になる前の僕のようだ。

 日々をただ漠然と生きて、趣味も興味も特筆したものは無くて、目の前に出される問題を解くだけの毎日。

 三獣隊からの休暇として蘇生された次の日、僕は務めていた会社を辞めた。

 そして今までやったことのないシステムエンジニアの勉強をした。それは三獣隊に戻った時にナビとして更に役に立ちたかったから。情報やパソコンのことなら誰にも負けたくなくて、必死に勉強して挑戦して、気がつけば、世界を相手に情報収集のやり取りをしていた。

 表立てない。裏の情報屋として、いつの間にか僕は落ちていた。

「おじいさんは、三獣隊に来たことで生きがいってのを見つけた。でも、深く落ちすぎたんだ。今であれば褒められることをしたって言える。けど、当時のおじいさんは、深い世界まで落ちすぎて、過ちもたくさん犯した。部分的に見たら、おじいさんのことを僕は称賛できない」

 決して浮上できない深みに落ちたと気付いた時、家族だけは守りたいと強く願った。

 妻には全てを打ち明け、子供たちに被害が及ばないように情報操作をいくえも重ねた。結果的に何も起こらず、子供たちも大人になって、孫も生まれた。

 そして僕は病気で伏せった。多分、安心したんだと思う。もう、大丈夫だと。

「裏の世界と縁を完全に切れない。けど、何十、何百と情報操作をして、おじいさんは裏の世界から消息を絶つことに成功した。まあ、なんというか……あまり何かにどっぷりハマるっていうのも、考えものっていうか」

「父が武術に長けていたのは……」

「ああ、それは奥さんの──おばあさんの稽古のたまものだね。もし何かあっても、自分の身を守れるようにって。小さい頃から鍛えていたんだ」

 それを浩にしなかったのは、僕が頼んだから。もう、もしもなんてない。だから浩は自由にさせてあげてほしい。とんでもない我が儘だと思う。息子もよく了承してくれたものだ。

 自分の子供には厳しく鍛えといて、孫には何もしなくていい、なんて。

「祖父がすごいことは知っていたつもりでした。でもそこまですごい次元にいたなんて……知らなかったです」

「あははっ! おじいさんもこれは身内には知られたくないことだったからね! だからおじいさんには内緒だよ? 僕が怒られるから」

 本人が話してるっていうのに、滑稽だな。前を歩く匡さんも肩を小刻みに震わせて笑っている。

「わ、わかりました。でも、それを聞いてなんか、安心しました」

 浩は少し顔を上げた。

「祖父も父も、生まれつき飛び抜けた存在ではなかったんですね。努力して、研鑽して、高みを目指した……現在地よりも上を目指しただけだった」

「君のお父さんは、おじいさんに似ていたよ。小さい頃に鍛えた武術を極めようと精進し、そしてそれを人を守るために使いたいと考えた。まあ、その結果が……あれだったけど」

 事故死なんて、突発的な死を迎えるなんて思っていなかった。

 でもそれは浩も同じだっただろう。

「父は、とても強い人でした。私が何をしようと反対せず、応援してくれました」

「いいお父さんじゃないか」

「はい。でも私は何も応えられないままです」

 浩は何も成果を出せない自分が情けないと、また俯いた。

「それは違う。別に応えなくてもいいんだよ。応えてほしくてお父さんは応援したのではないのだから」

 僕はナビを展開しながら浩の前に出た。

「君が君のしたいことを楽しく取り組んでる姿に、応援せずにはいられなかっただけだから。そこに見返りなど求めてはいない。強いて言うならば、君が幸せな姿を見せることが一番の応えだった」


 前方に複数の中級悪魔。そして浩の体と、それを守る紫音がいた。

 僕が結界を張ると同時に、匡さんが紫音の加勢に走った。

「あれは、私……!?」

 浩は倒れている自分に驚いていた。なかなか自分を客観的にみる機会などない。当然の反応だ。

「周りの悪魔をスキャンしないと」

 さすがに多すぎる。浩の魂がここに戻ってくるのを待っていたのだろうか。紫音が来れないはずだ。このまま放置していたら体ごと食べられる。

 見える範囲の中級悪魔を調べ、解析して各個撃破に持ちこもうとした。だが、一体だけ厄介な奴がいた。すぐ僕は二人に叫んだ。

「二人とも! 今すぐ三体以上を倒してください! 一体だけ異常に数値がおかしい──上級悪魔になりうる奴がいます!」

 今まで上級悪魔になりそうな中級悪魔を見たことがない。それでも、なんとなくわかる。あと三体も食べたら、確実になる。

 僕の言葉を理解しているようだった。

 中級悪魔が二人から離れて、共食いを始めた。それも一体だけではなく、その場にいた中級悪魔全員が、近くにいた同族を食べている。

「守! どれがヤバイ奴だ!?」

「とにかく倒さないとマズいわ! どれでもいいから倒せばいいんでしょ!」

 その場にいた中級悪魔の数値が跳ね上がる。食べ終われば次を食べる。とてもじゃないが間に合わない。

「目の前のを倒してください!」

 僕は二人が目の前の中級悪魔を相手している間に、浩と一緒に倒れている体に駆け寄った。いつ浩の体を食べられるかわからない。今のうちに浩を戻して魂が完全に入れば、簡単には食べられないはずだ。

「今のうちに体に入って! 早く!」

 浩は訳がわからないまま、僕に魂を体に押し込まれた。完全に入ったのだろう。冷たい体に少しずつ体温が戻ってきた。

「よし、これで浩は大丈夫だ。あとは──」

 顔を上げて戦況を確認したとき、強固だと自負している結界を吹き飛ばされた。咄嗟に落雷を展開したが、それを物ともせず長い爪が目の前に迫ってきた。

 避けきれない──刺さる!

 歯を食いしばって覚悟したが、横から何かが飛んできた。それが爪の軌道を曲げ、僕の耳を掠った。そしてすぐに襟首を掴まれて引っ張られた。

「大丈夫か!?」

 匡さんが助けてくれたのだ。さっき飛んできたのは煙管だったらしい。衝撃で割れて地面に散らばっていた。

「ありがとうございます……耳を掠っただけで済みました」

 頭を串刺しにされるところだった。落雷の煙がはれると、そこには人型の悪魔が、上級悪魔がいた。

「やっちまったな」

「ええ……まさかこんなことになるなんて」

「俺から離れるな。おまえの結界を破る奴だ。紫音しかまともにやり合えないだろうからな」

 匡さんの言う通り、紫音は上級悪魔と同等の速さで攻防している。

「さすが上級悪魔を全滅させただけはあるな……おい、今のうちに導さんに連絡し──」

「匡! そっちに行ったわよ!」

 紫音の声を聞き取るより早く、匡さんの双剣が上級悪魔の腕を抑えた。同じ人型でも、悪魔を多く食べてきたのだろう。その姿は獣の様だった。武器は持たず、歪に長く大きい爪が匡さんの双剣と火花を散らしていた。

「くっそ! やっぱり上級は強えなあぁああ!」

 あの匡さんが圧されている。背後から紫音が斬り込まなければ危なかった。紫音が上手く上級悪魔を引きつけてくれて助かった。

「匡さん、ちょっと時間を稼いでもらっていいですか」

「いくらでも稼いでやるよ」

 紫音が僕たちから離れた場所に誘導している間に、先ほどより強固な結界を展開する。上級悪魔を閉じ込めることくらいはできそうだ。数秒でも動きを止められればいい。紫音の高速の突きが当たれば、上級悪魔を仕止められる。

「紫音! 一気に仕止めて!」

 内側の耐久度を先程の十倍に上げた二重結界を展開し、紫音に叫んだ。

「さすが守──これで片付けられるわ!」

 内側からの衝撃には強固だが、外側からの衝撃は威力を倍にして内側に通す。悪魔を捕獲して狩るためだけの結界だ。いつか上級悪魔に遭遇した時に使おうと日々改良を重ねていた。その努力がいま活かされた。展開するまでの時間を縮めなければならない改良点はまだあるが、今日は良しとしよう。

「あんたなんて、あたしが相手した中で弱いほうね。守を狙ったことが一番の過ちだったわ」

 紫音の容赦ない突きの連続は、確実に急所を刺し、上級悪魔だったモノは肉片に成り果てた。結界ごと破壊したため、上級悪魔の体が地面に飛び散った。その中で、浩の体に向かって大きい爪の破片が飛ぶのが見えた。

「浩──!」

 見た瞬間、僕は走っていた。そして浩の体に覆いかぶさり、歯を食いしばった。あの大きな爪が当たればかすり傷だけでは済まないだろう。

 だがいつまでも衝撃はおろか、何も感じない。恐る恐る目を開けると、匡さんの背中が見えた。

「匡さん……」

 まさか爪を防いでくれたのか。それにしても黙っている。いつもならすぐ僕の安全を確認してくれるのに。怪我をしてしまったのだろうか。

 僕が匡さんの前に回り込もうとすると、紫音が間に入って匡さんを突き飛ばした。

「守、離れてて! 導さんにすぐ連絡して! 早く! 今すぐよ!」

 そう言って紫音は匡さんに長刀を向けた。何をしているのかと聞く前に、僕は見てしまった。

 先程飛んできていた上級悪魔の爪に無心で齧りついている匡さんの姿を。

 その姿は、さっき見た光景と似ていた。そう、中級悪魔が共食いする姿に、酷く、似ていた。

「さっきので煙管を壊すなんて、ほんっとに馬鹿!」

 紫音は懐からアンプルを取り出すと、先端を割ってから匡さんに向かって走った。長刀で匡さんの抱えていた爪を弾き飛ばし、匡さんの口が開いたところにアンプルを突っ込み、顎を掴んで無理矢理上を向かせた。ジタバタと暴れる匡さんを片手で押さえこむ紫音は、手慣れているように見えた。

「よし、全部飲んだ……」

「今のは……匡さんは、どうしてあんな……」

 導さんに緊急連絡はしたが、未だ状況が飲み込めない。ただ、これは紫音にとって初めてのことではないことだけは、わかった。

「うん。驚いたよね。ごめん、黙ってて……匡が、守にだけは知られたくないって言ったから、みんな黙ってたんだけど、こうなったら説明しなきゃだよね」

 紫音は大人しくなった匡さんを道路脇に寄せてから、浩を近くのベンチに寝かせた。そして混乱して足が動かない僕の腕をとり、浩の隣のベンチに座らせてくれた。

 そして、ゆっくり説明してくれた。匡さんのさっきの行動と煙管について。

「守が現世に帰ってからそんなに経ってない頃からかな……匡の奇行が始まったのは。初めはあたしも何をしてるのかわからなかった。でも、どんどん頻繁になってきて、目に見えておかしいと思ったの」

 紫音はまだ匡さんに背中を向けずに警戒している。

「匡はね、悪魔を食べてしまうの。それも本人の意思ではなく、多分、本能で。守も知っている通り、人間の魂を食べた上級悪魔は人に近いけど、悪魔を食べた上級悪魔は獣に近い姿になってしまう。だから守が戻ってくるまでの間、二回は匡の姿が変わった時があったの。初めはツノが生え、次は翼が生えたわ。導さんが必死に調べて伊万里さんと薬を作ったけど、飲み忘れとかして何回か悪魔を食べる姿を死神に見られたこともあった」

「それって不味い状況になったんじゃ……」

「もちろん。でも導さんが疲労からの奇行だと報告して、療養をもらった時に今の煙管型の薬に切り替えたの。吸引型なら、誰もが薬の服用を確認できるから……それなのに、まさか煙管を投げて壊すとは思わなかったわ」

 紫音はため息を吐きながら匡さんの様子を見ている。

 虚な目で口を開けたまま座っている匡さんは、まるで廃人のようだった。僕は思わず目をそらした。

「導さんからアンプル型をもらっていて正解だったわ」

「紫音、匡さんが悪魔を食べる理由って、上級悪魔だから?」

 僕の質問に、紫音は唇を噛んで眉間に皺をよせた。そして少し目を閉じた。

「──そう。あたしたちの本能と言ってもいいけれど、匡がああなったのはあたしのせいよ」

 紫音はゆっくり目を開け、匡さんを真っ直ぐ見つめた。

「あたしと戦って残りの魂が少なくなった匡は、本能で魂を補充しようとしているの。あたしが匡の残りの魂をギリギリまで減らしちゃったから……だから、あんなことをするようになったの」

 責任を感じている紫音は、震えていた。僕がいない間、紫音は匡さんと仲良くしていたと聞いた。初めての家族のような仲間。同じ生まれ方をした上級悪魔。兄妹のような存在。そんな匡さんの奇行のきっかけを作った原因は、紛れもない自分だと。紫音は涙を流した。

「絶対にあの姿を守に見せたくないって、匡はすごく気をつけていたのに……ごめん、ごめんなさい……!」

 紫音は僕の膝に泣き崩れた。僕は突然の話で戸惑ったけど、紫音の頭を優しく撫でてあげた。どうしていいかわからない。けど泣きじゃくる紫音と、廃人のような匡さんを見て、少しずつ情報を自分の中で整理した。

 僕は紫音のせいではないと言いたかった。だって紫音も辛いと涙を流している。責められるはずはない。でも、その言葉が出てこない。ただ、ただ、涙で視界が歪んで、咽び泣くことしかできなかった。

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