第3話 お墓と花

 花園に戻り、花を摘む。


親や本から学んだ花言葉は、今では欠かせない知識になっている。


墓から帰っている間、ずっと考えていた。


一体、私にとってリヴィは、どんな存在なんだろう、と。


今までも、沢山のうさぎに会ってきた。


でも、毎回毎回、お別れをすると、悲しくなって…涙を必死でこらえる。


何回も何回も、経験しているはずなのに。


だけど、それだけ私は、リヴィに限らず生き物に対して、大切な気持ちを持てているということ。


花園の管理者として、それは誇らしく感じる。


汚れた体を洗ってあげたら、飛び跳ねて喜んだり私が少しでも怪我をしたら、すぐに治るというのに、うるませた目で私を心配してくれたり。


これ以外にも沢山の、微笑ましくて、温かい記憶が蘇ってくる。


深い愛。一番、しっくり来る表現。


そう納得すると、私は迷わず、ある花に手を伸ばす。


濃い紫色の、ラベンダーだ。


もちろん、その花言葉は"深い愛"。


風に乗って花が香るたび、古いようで新しい記憶が、胸の中で呼び起こされる。


急に淋しい気持ちが襲ってきて、思わず唇を噛み、微笑もうとする。


泣いちゃだめ。悲しい顔したら、あの子も、今まで仲良くなってくれた子達にも、申し訳が立たなくなっちゃう。


花園の管理者として、強くいないと。


もう一回、笑顔を持ち直して、花に向き合う。


あの子への、大切な気持ち。それを手のひらに乗せるようにして、茎についてる土をはらりと落とした。


次に摘んだのは、薄く優しいピンク色の薔薇。


5本。棘に気をつけながら、茎を切って摘む。


流石に、棘がある状態で供えるわけにはいかないので、これもはさみで切り落とす。


ついでに、これは花瓶に入れようと思ってるから、茎だけでも花に十分に水分が行きわたるように葉も切らせてもらう。


花を摘み取った上で、

身を守るためのものを切ってしまっているから、薔薇には悪いけれど。


あなたに会えてよかった。そんな感謝を伝えたいから、許してほしい。


その代わり大切に使わせてもらいます。


そう薔薇に心で声を掛けると、まるで返事をしているかのようなタイミングで、地面に落ちていた薔薇の花びらが宙を舞った。


あまりゆっくりしていると、薔薇の花がしおれてしまう。


そのため素早い手つきで切り口を整えて、一度平らな石の上に花を置いた。


最後に触れたのは、鈴蘭だ。


私の名前、スズの元になった花。


だからというのもあるかもしれないけど、私はこの花が好きだ。


フローラルな香りで、集中力を上げてくれるところも、たった一本の茎に、何個も可愛らしい花を咲かせるところも含めて。


そんな花を、ラベンダーもそうだったのだが、根をちぎらないように摘み上げる。


土に埋めておいたほうが、長くきれいな姿を保ってくれるから。


花の中に、蜜蜂かなんかが入り込んでないことを確認すると、私は手をかざし、魔法を使う。


解毒エリミネ。」


鈴蘭の花たちが、淡い光を放つ。


これはもともとあった浄化魔法、ピュリフィアント。


それを私のお母さんが派生させたものだ。


浄化魔法は、魔術などをその名の通り浄化する魔法であり、毒のように特定のものを取り除くという使い方はできなかった。


日常的に使えて、取り除くことに特化した魔法がほしい。


そんな考えから、花園を管理するお母さんがよく使うであろう、この解毒魔法を作ったのだろう。


お母さんは、花園の管理者でもあり、そして医者のような存在でもあったから。


お父さんは、人の役に立ちたいと言って、医者に人里の畑の管理、いろんなものの修理に未知のものの研究。


沢山誰かの役に立つことを、ずっと昔からし続けてた人だとお母さんは評価してた。


だから、今や知る人ぞ知る便利魔法として解毒魔法が広がっている様子を見たら、私もお父さんみたいに役に立てた、と喜んでいると思う。


そんなことを考えているうちに、発されていた光は消え、毒は綺麗に取り除かれていた。


その後手際よく家から持ってきた花瓶にバラを入れ、他の花もしっかり持ち、もう一度お墓に行った。


Rivi, dormant en paix


墓に刻まれた文字だ。


リヴィ、安らかに眠るという意味になる。


墓石に掘られた、あの子の名前。


初め、怪我をした状態でであったリヴィ。


保護して、治療して、遊べるようになるまで、ずっと一緒にいたからか、それで懐いてしまったあの子。


野生に戻りたそうだったら戻そうと思っていたので、なんだかあの時は嬉しかった。


この墓と、文字を見ると、あの子は本当に――


…本当に、もう会えないんだ。

そんな言葉にならない悲しみが、私にのしかかってくる。


そして、墓石に手をそっと乗せると、思わず淋しげな顔で微笑んでしまう。


墓の前くらいは、明るく笑顔でいようと思ったのに。


このままだと、泣いてしまいそうだ。

いつもこんなんだな、私。


そんなことを思いながら、気を紛らわすかのように花を供え始める。


5本の薔薇は、墓の横に。


ラベンダーと鈴蘭は、墓の前に。


花たちは、リヴィの墓の前で優しげに揺れる。


落ち着く、柔らかな香りが周囲を取り巻き、より一層私の淋しさを際立たせるようだ。


綺麗に形を整え、改めて手を合わせる。


鳥が話し、木々が揺さぶられる音が聞こえる。


太陽は、私達を安心させるかのように、暖かく光で包みこんでくれてる。


優しくて、美しくて、そして温かい。


なんだか凄く、落ち着くな。


ここは、私の大好きな場所。


そんな場所を襲ったやつがいるなんて許せない。


この子を襲ったであろう者が、まだどこかにいるはず。


花園のために、沢山の命のために。


ここに眠る子達も、安心できるように、私が全力で調べないと。


そんなことを強く思いながら、私はゆっくりと立ち上がる。


そして、心を落ち着かせるかのように、土をしっかり踏みしめながら、墓を後にした。


この辛さも、立ち向かう不安や恐怖も、いつも通り心にしまい込んで。

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花園の吸血鬼 優月アリア @Ariai

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