第2話 既知の魔力
魔法を使う者が少なくなったこの時代。あんなに大きな魔力は初めて感じた。
久々に感じた焦り。うまく思考が回らなくなる。
私は、深呼吸をした。
焦るだけじゃ、駄目だ。
焦らず急ぐ。生きてきて、焦って結果が良かったなんてこと一度もない。
まず、第一優先は動物たちの安全。
脅威が近くにいるかもしれなくても、丁寧に巣穴の中まで無事を確認する。
今のところ助けが必要そうな子は見られない。
動物たちが逃げ出した後の森は、不気味なくらい静かだ。
弱々しいそよ風が、草花を揺らす。
それは余計、森の様子を際立てている。
動物に危害は及んでいなそうだった。
それなら、もう足を止める理由なんて一つもない。
少しツルの絡まったアーチ型の門をくぐり、周りを見渡す。
…何も、いない。
いや、そんなわけない。
私は、目を凝らす。すると、極限まで消された魔力の残穢が、道のように連なっているのを見つけた。
先程の強大な魔力が発されたと思わしき場所には、魔力の跡が花のように咲いている。
花園の中に異様な気配は感じない。
しかも、簡易結界は張ってあるんだ。
私は、その残穢を辿ってみることにした。
方向的に、この先に進めば川が見えてくる。
少し歩いた、その時だった。
木々の向こう側から、先ほど感じた魔力と同じものが、たった今使われたのを感じた。
走って川の方へと向かう。
するとそこには――
うさぎの、死体があった。
まるで、眠っているようにきれいで、今にも立ち上がって私の足元にすり寄ってきそうだ。
本当に、すり寄ってくれたらどれだけ嬉しいか。
そして、近づいてみるとわかった。魔力の残穢がかすかにこの子に残っている。
魔力の残穢は、基本的に一日も経たない内に消えてしまう。
今さっき、息絶えてしまったという現実が私の頭に突き刺さる。
…救えたかもしれないのに。
今更どうしようもない考えが漂ってくる。
静かに眠っているその子を抱きかかえる。
とても、冷たい。
悲しい。悔しい。
そんな負の感情が、心を凍てつかせるようで、どんどん悲観的になっていく。
この子は…。この川の側で、初めて見かけたんだ。
花園で友達ができたとき、食べ物を取ってきては渡し、それに喜んでくれればこの子もはねて喜んだ。
私が花の冠をこの子に上げたときは、飛び跳ねて喜んだと思ったら、普段もだが、それ以上に長く足にすり寄ってきて、可愛かった。
基本花園にいる、うさぎのリヴィ。
日が落ち、寝る時間になると、必ずここに来て就寝していた。
この川沿いに、相当な思い出があったのだろう。
もし話せたのなら、知りたかった。
お茶目だけど、落ち着いた雰囲気もある花園の常連さん。
少し前に見たときよりやせ細っている用に見えるのを除けば、初めて会ったときと美しさはほぼ変わっていない。
余計、悔しい。
この魔力の持ち主が、どんな意図で魔力を使ったかわからないから、死因が寿命か他者の干渉によるものかわからない。
いや、調べればわかる。でも、後者だったとき、私の心が持つ保証がない。
感情が目まぐるしく回るのを感じながら、強く、優しく抱きしめる。
そうしただけのはずなのに、なぜかリヴィについていた魔力の残穢がスッと浄化されたように消えていく。
証拠を、自分で消してしまった。
…でもそういえば、昔もこんな事があった。
ある時お母さんを蝕んでいた恨みの込められた魔力。
それも、私が触れた途端、さっきみたいに浄化されていたような。
しばらく悲しみにくれていたが、歯を食いしばり、その気持ちを飲み込む。
悲しんでいるだけじゃ、何も進まないから。
この花園の近くの丘には、日当たりが良く森にしては見晴らしの良い墓場がある。
動物たちがあらかた逃げてしまった今聞こえないが、普段は鳥のさえずりや、虫のハーモニーが心地よく響く静かな場所。
もう、私がここの管理を始めてから沢山の命が寿命を全うしてきたのに、死にはまだ慣れない。
墓場を見ると、そこに埋まっている子達の最後の顔が鮮明に思い浮かぶ。
それほどまでに、私は皆を大切に思っていたんだ。
唇を噛み、今にも溢れてしまいそうな涙をこらえる。
駄目だな、私。
こう言う皆がいる場所こそ、明るく笑顔でいないと申し訳ないのに。
そう思いながら、リヴィを優しく土で包み込む。
心で、今までありがとうと感謝をしながら。
その上には、墓石を建てる。
その石は、耐久性に優れていて吸水もしにくい御影石。
墓石を建て終わると、さっき我慢した涙が頬を伝っていた。
丁寧に追悼し、ゆっくり呼吸をする。
風が心地よい。慰めているかのように、私を取り巻く。
悲しみを物語る涙を拭うと、私は決心した。
あの魔力の残穢…あれが、お母さんを一度蝕んだ魔力と同じ、恨みのこもったものだと気がついたから。
昔、命という命を奪おうと動いた堕天使の、重く暗い感情が詰まった最悪の魔力と同じ。
でも、きっと犯人は堕天使ではない。
堕ちた奴が、こんなに効率の悪い方法で襲ってくるとは考えにくいから。
だからといって、他に心当たりがあるかというとそう言うわけでもない。
果てしない時間がかかるかもしれない。
そうなればもう一度、襲撃を許してしまうかもしれない。
でも、これ以上、大切な場所の平和を乱されないようにするため。
あの魔力の持ち主を見つけないといけない。
これ以上被害者を増やさない為にも。
花園を、誰でも安心してこれる憩いの場にする為にも。
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