第42話 当然君がいない日々 その三

 あの花火大会の日から、一年が経った。

 私たちは、どう変わったのだろう?少しずつでも、幸せな方向に安らぎを得るために必要なことを手にしていられるのだろうか?

 私以外の人々は、其々に求めるものが違うだろうことは分かる。

 でも、たった一人だけは、私と同じ方向を向いていて欲しい。

 そう、願っている。

 この世界に、たった一人だけ。

 それは、贅沢なことなのか?

 我儘なことなのか?

 今の私には、答えが無い信じて待つしか無い。

 でも、一つだけ確信がある。

 片耳づつのピアス!彼が求め、私が願って着けたピアス。

 彼が求めたもの、私が願ったもの!

 其々に違った。

 少しづつ違った。

 彼の求めたことは、私が選んだ事を受け入れて許してくれたことを示す事だった。

 そして、それには永い別れの意味もあった。

 私が願った事、それは、私のしたことを許すのではなく!

 私のこと、私のしたことも含めて彼が赦してくれること。

 私は、永いお別れの涯に、再会を願い待ち続けることを願った。

 その事に、別の意味がある事を私はピアスの施術をしてくれた看護師さんに聞いた。

「女の子が右耳だけに、ピアスを着けると、より女らしく!」

「男の子が左耳だけに着けると、より男らしく!」

「二人で片方づつ着けると、二人は強く結ばれる!」

 私はこれを聞いて、確信した。

 “シンクロニシティ”、私と彼は“ソウルメイト”に違いないと。

 そして、もう一人。

 楽園の誘惑者、彼も“ソウルメイト”に違いない。

 そして今日は、楽園の誘惑者からの定期連絡の日だ。




 夜、7時ピッタリに電話の呼び出し音、通話を繋げる。

「今晩は!ガッコ、大丈夫かな、今?」 

「勿論よ、ルシファーさん!」

「もう、すっかり、それだね僕の呼び名は!でも、イブの誘惑者は諸説あってルシファーだけじゃ無いんだぜ!」 

「サタンよりはルシファーの方がカッコ良くない?」

「あぁ、確かにサタンよりは、良い男そうだ」 

「それで、ルシファーさん報告は?」

「順調に目標に近づいている、視界良好と言ったところかな」 

「大波が、襲ってきたりしないの?」 

「僕以上に、周りが気遣ってくれている」

「僕は、去年を限りに選んだからね、それに関わらないものは極力、減らしている」 

「私たちの、こともね」 

「あぁ、それが一番大きい、良くも悪くも」 

「貴方にとって、悪い事なんてあったかしら」 

「また、それか!分かってるじゃ無いか、僕が、どれだけ大切にしてきたものを捨てたのか」 

「取り戻したいとは、思わないんだね」

「それが出来ないように、壊したつもりだ!僕が願ったら、ガッコは僕のものに戻れるの?」 

「それは、無理かな」

「匠だって、同じさ!でもね、僕たちはもっと深いところで繋がり合っているんだ、僕は信じている」 

「ソウルメイト!」

「あぁ、スピリチュアルな話しは信じられないけど、是ぐらいなら有って欲しい」 

「スピリチュアルを抜きには、出来ない話よ?」 

「あぁ、その様だ、人の好き嫌いの話じゃ、済まないんだろうな!ガッコは、セイレン・キルケゴールって、知ってる?」 

「実存主義の哲学者?」 

「その通りだ、彼が一度は婚約して、1年も経たずに一方的に解消した婚約者のことは知っている?」 

「知らないわ」 

「レギーネ・オルソン、彼女は後に別の男と結婚するんだが、結婚後も夫に強請ってキルケゴールの著作を買い求め、二人で読んだらしい。そんなこんなで、キルケゴールとレギーネは破局後も愛し合っていたと、言われている」 

「愛していたなら、何故、婚約を解消したのかな?」 

「それは、謎と言われているよ。ただ、キルケゴールは、レギーネの父親が死んだ後に、和解を求めている」

「レギーネは拒否したけど」

「確かな事は言えないけど、僕は思うんだ、キルケゴールはレギーネと彼女の父親の関係を疑っていたと。それが、婚約解消の一因では無いかとね」 

「嫌な話ね!」 

「キルケゴールは、処女に強い拘りが有ったらしい」 

「馬鹿な男ね」

「男なんて、そんなもんさ。結局、二人はキルケゴールが死ぬまで、和解は出来なかった。キルケゴールの死後は、レギーネもキルケゴールの遺構の出版に力を尽くすなどしているけどね」 

「何が言いたいの?」 

「僕たちの関係に、似ていないかい?キルケゴールも、楽園の誘惑者について書いていたぜ、確か?」 

「また、良い加減なこと、で、私がレギーネで、ミー君がキルケゴール、貴方はルシファーって言うことなの?」 

「似ているだろう、まぁ、僕たちは、クリスチャンじゃない、処女の持つ意味合いは違ってくるけどね」 

「貴方は、私のお父さんじゃ無いわ」 

「違うね、でも、あの時は近いくらいの信頼が有っただろう?匠が拘るのは、ガッコの一番になれなかった事さ。銀紙で出来た銀色の勲章が欲しかったのさ」 

「貴方は、ただの包装に過ぎないって言ったのに!」 

「そうだろう、初めてとかにそれほど意味を感じないよ、言ってみれば未熟ゆえの選択だもの。僕が言っても、言い訳になっちゃうけど。でも、ガッコから貰ったものは大切な思い出だよ」

「僕自身の、存在に関わるくらいにね、男として、自信になつた」 

「そう、騙された甲斐があったてこと?納得いかないなぁ」 

「過ぎてしまったことさ、後悔は何も生み出さないよ」 

「後悔は重いのよ!二度と繰り返さないためにも、忘れないわ」 

「良い思い出じゃなけりゃ、忘れるべきだね。本当は、そんなに嫌じゃ無いんだろう?」 

「ッ、本当に嫌な奴!正直言って、後悔は無いわ。良い思い出じゃないけど、忘れないわ」

「後は、匠、次第だな。まぁ、普通に考えても、初恋の少女が親友を選んで銀紙の勲章を与えたんだから」

「それだけでも、ショックだろうに、その日が自分とのデートの翌日なんて、自分の存在を全否定されたみたいだよね」 

「それを、貴方が言うの、マジ、ルシファーだわ!片棒を担がされた私の身になって言ってよ!」 

「まぁ、それだけ酷い事を、僕とガッコでしたのさ、あいつにね。だから、あいつが迎えに来るのを待ってたら、婆あと爺いになっちまうぜ、もしやしたらキルケゴールみたいにどちらか死ぬまで......」

「だから、良い加減な処でガッコが攫いにいかなくちゃ」 

「本当に、誰のせいでこうなったのよ」 

「ガッコたちが、悩み苦しんだ分だけ僕も苦しんだんだ、これまでも、これから先も、信じないだろうけど」

「何時か、二人が結ばれる時、僕の苦しみも報われるのさ!その日が来るのを僕も待っている」 

「そこは、他人任せで良いの?」 

「君たちの事だろう、僕は傍観者さ君たちを捨てた時からね!」 

「本当、嫌な奴!貴方が如何なるか見ててあげるから、私たちが幸せになるのを見てるのよ!ルシファーさん!」

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コットンキャンディ 閑古路倫 @suntarazy

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