第41話 当然!君がいない日々 そのニ

 練習の日々は終わり、ドッキドキの本番がやってきた。

 カノミーとライラはライラのお兄ちゃん(俺達の先輩!と言っても、接点無いけど)の運転する車で来た。

 俺達は、ノゾキヤローの兄ちゃんが連れてきてくれた。

 芋海市立体育館、隣にはでっかい野球場、もとい、ベースボール・スタジアムが有り。

 道路を挟んで向こう側には、サッカーグランド8面分の空き地?

 一応整地してあるからグランドか?

 さっすが!芋畑が海の様に広がる、芋海市!平らな地面は使い放題だ。

 今回の地方予選は、12組のバンドが10分の持ち時間でオリジナル2曲を演奏する。

 午前8時に、会場入りが始まリ。

 審査開始が、午前10時。

 間にゲストバンドの演奏を挟み、審査そして審査結果の発表。

 表彰式の流れだ。

 俺達は、楽屋で待機しながら他のバンドの様子を伺う。まぁ、皆んな一次、二次の審査を通過してきた以上、俺達と同等以上の力はあるわけだ。

「何やら、緊張してしまいますなぁ!」 

「皆んな、上手そうだよな?」 

「オイッ、バカども!空気に飲まれてんじゃ無いわよ!絶対!ロッカーズ・イン・ニッポンの舞台に立つのよ!」 

「さっすが、カノミーおっとこ前!」

「「「胸は、ペッタン!おっとこまえっ!」」」 

「バカ!バッカ!良い加減にしなさいよ!」 

「先輩達、そればっかりじゃ誰も喜びませんて!」 

「ん、じゃあ、なんて言って褒めりゃ〜良いの?」 

「お前ら、褒めてるつもりなのか?」 

「「「俺達!何時だって、カノミーを愛してるぜ!」」」

「「「褒めない訳がないじゃん!」」」 

「お前ら!日本語、分かって話してるか?」

「どうしたら、ペッタン、尻でか、が、褒め言葉になるんだ!」

「えっ、それは事実!愛を持って事実を伝えているのさ」

「「そうだよ!愛を持って、おっとこらし〜ぃ、カノミーを讃えてるんだぜ」」

「無駄な飾りを削ぎ落とした、シンプルライン!」

「強固で、丈夫な安定のボトム!」

「「「褒め言葉でしか無いじゃん!」」」

「女の子を、褒める言葉じゃね〜だろう、それ!」 

「「「あれっ、分かっちゃっーーた?」」」

「分かっちゃった!じゃない!打ってやる!そこ並べ!」 

「「「いや〜っ!」」」




 他のバンドの演奏は進んで行く。

 今のところ、抜きん出た奴らは居ない。俺達でも十分、勝負できる!

 そう、思っていた9番目、俺たちの直前のバンドだった。俺達は、ステージの袖で、スタンバイしながら見ていた。

「次のバンドは、オラクル・タンタロス!どうぞ!」

 呼ばれて出てきたのは、男3人のムサイ奴らだった。

 MCは短め、いきなりに近い音出し!

 演奏が始まった。

 ステージ袖の俺達にも分かった。

 こいつら、ものが違う!

 俺は、ベースの茶髪から目が離せなくなった。チョッパーでベースの弦を叩く様に響かせる。

 親指で叩き、人差し指で弾く。

 ドラムと一緒になってリズムを支え乍ら、ブンブン振り回してくる!

 リードギターに飲まれずにメロディラインを崩さない。

 何ちゅう!

 いるんだ、こんな奴らが!

 高校生なのに、俺らと同じ高校生なのに。

 すっかり呑み込まれてしまった。

 俺達の番が来て、プラン通りの軽めの曲“セイレンの居ない夏”と“Ride on ”の2曲を演奏った。

 出来自体は悪くなかった。

 寧ろ、あいつらの直後では健闘したと思う。

 皆んな、同じ気持ちだ!

 それでも、5人掛で3人に勝てなかった。

 音の厚みも、安定感も、自由な開放感も、何一つだ!

 俺以外の奴らが、悔しがる中で俺だけはどこか醒めていた。

 俺の足元に、厳然としたボーダーラインが見えてしまった。

 来年、もう一回のチャンスが有る。

 でも、その先に俺の道がないことが、はっきり分かった。

 でも、今これを“カノミー・ウィズ・サンバ・カメンズ・アンド・ライラ”を手放す事は出来ない。

 ガッコを、迎えに行くことさえもできない今の俺では、この繋がりが無くなってしまったら心を立て直すことなどできる訳がない。

 ガッコを求める気持ちは、何時でも俺の芯をジリジリと焦がし続けている。

 ガッコを信じたい気持ちも、溢れる程有る。

 気持ちの問題では、ないのだろう。

 本能に近い部分、俺が生まれながらに持っているモノ!

 ガッコが、俺を選ばなかったことガッコが拓磨に与えたモノが蟠っているに違いない。

 純潔!処女!乙女!未通女おぼこ!結局のところ“処女膜”!

 そんなモノに拘っているのだ俺は。

 知り合った時にすでにないモノならば、問題にすらならない。

 知った同士であっても、失くした後に好きになったのなら気にもしない。

 その程度のものなんだ。

 分かっているけど、ガッコが拓磨にあげると決めた時、俺はその近くにいて!

 俺も小さく手を上げていたんだ。

 君が欲しいと!

 ガッコは、拓磨に捧げて裏切られた?

 違うだろう、きっと後悔はないんだろう。

 只、それならどうして俺を待つんだ!

 くれなかった癖に!

 そのモノの重さが、俺とは違っているのか?

 今、俺を待ってくれていると云うのは、文字通り俺を選び直してくれたからなのか?

 あの日、拓磨に身を任せ唇を与えた!

 あの時のお前しか、目に浮かばないんだ。

 こんなままで、どうやったらお前を迎えに行けるのだろう?

 一人だけ、そんな思いに沈んでいると隣のカイタローに肩を叩かれた。

「いよいよ、成績発表だぜ」 

「あぁ、そうだな」 

 俺も、他の皆んなも、会場中も、誰が勝利者なのかは分かっていた。

 それ程、圧倒的だった。

「この地区予選を勝ち抜いて、本戦大会に進むのは!」

「オラクル・タンタロス!」

 会場中が、割れんばかりの拍手と歓声に包まれる中。

 俺達は来年の地区予選に勝利する事を考えていた。

 それは、その先に道がない俺も、同じだった。

 考えても、考えても、答えが出ない事を考える前に。俺達は、やるべき事を与えて貰えたのだ。

 来年の大会が最後だ。

 勝とうが負けようが、俺達の“カノミー・ウィズ・サンバ・カメンズ・アンド・ライラ”略して”K with S B &R“は、一応の終幕を迎えるのだ。

 その後、俺を待っているのはどう言う風景なのか?

 俺は、ふっと、尾崎放哉の空覚えの句を口遊む。

 「嵐が すっかり青空にしてしまった」

 頭の中、胸の内に過ったのは台風一過の雲一つの無い不気味なぐらいに蒼い空だった。

 夜空が透けて見える様な、不安を掻き立てる蒼い空だった。



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