第4話 倉庫②
「もう大丈夫だ、入ってきていいぞ」
扉を開き、その近くに居たエリシアへと呼びかける。
「何かあったの?」
「…いや、ただ機械の腕が落ちていただけだった、気にしなくていい」
「……そっか…」
「…知らなかったのか?」
「……うん、起きた時に知らない部屋にいたせいでそっちに必死だったから…」
「…そうか、早く行こう」
その時、俺は確かな違和感を覚えていた。
部屋に入った瞬間に、どう足掻いても目に入る位置にあるはずのそれに、出る時全く気づかないなんて事はあるのだろうか。
ふと思考から消えていた「エリシアという人間への疑念」がほんのりと膨れ上がる。
(…だが、あくまでも疑念に過ぎない…本当にただ巻き込まれただけなら、唯一の仲間であろう者からの疑い程…苦しい物はない、この事はしばらく放っておこう、今はここから出る事が先決だ)
あらゆる疑問を心に押し込んで、部屋の捜索へと着手し始めた。
落ちていた手を拾い、ソファの方へと投げる。
長らく使われていなかったのか、手がソファへと落ちた瞬間、ブワッと勢いよく埃が舞い散り、思わず咳き込んでしまった。
「もー、何してるのー?」
「ごほっ! 転んだら危ないかなって思っただけで…まさかこんなにとは…げほ…」
「まー、確かに部屋中埃っぽいもんねー」
「……平気なのか?」
「慣れてるからね! ふふん!」
「…そ、そうか…」
(慣れで何とかなるか?)
「……てか、なんで倉庫入ったの?」
「あ、あぁ…どのくらい居るかとか、何が居るかも分からないんだから、武器とか非常食とかでも探そうかと…」
「もしかしてお菓子!? 私も食べるー!」
「本当にあるかは分からないが…まぁ、食べたいなら一緒に探そう、エリシアはあそこの棚を探してくれ、俺はこっちの本棚とかを探してみる」
「そんな所にお菓子ないよ!! 一緒に棚探そうよ!」
「別にお菓子だけが目的じゃないから…!」
「むー! 良いもん、私だけが見つけても分けてあげない!」
「…うん、探してくれるなら何でも良いよ」
エリシアはブーブーと不服そうな顔と声を出しながら、棚の方へと歩いていった。
(そんなにお菓子食べたかったのか…子供みたいだ…まぁ子供か…)
「…さて…と」
エリシアが棚を荒らす音を聞きながら、こちらも本棚を見渡す。
しかし、本棚は一つしか無いとはいえそのどれもが複雑な学問書であり、表紙だけでは中身を理解出来ない。
(人工知能…銃火器…機械工学はまだしも……魔法陣、オカルトまで…? どんな施設なんだ…)
考えるだけで頭が痛くなりそうな本の軍団に辟易していると、ふと気になるタイトルを見つけた。
『禁忌の機械と愚かな世界』
他の「超わかる! オカルト大全集!」とかと見比べると、妙にメッセージ性の強そうなその本を思わず手に取り、パラパラとめくっていく。
誇りは被っていたが保存状態は悪くない、普通に読めるくらいには本としての形を保っていた。
内容はというと、ざっくり言うとAIの賛歌とヘイトスピーチを交互に行うタイプの、SNSのお悩み相談に出てくる飴と鞭を駆使する悪役DV野郎みたいな内容だった。
書いてある事自体は哲学と妄想多めで見てて少し退屈ではあったが、最後の文には思う所もあった。
『人工知能は日々進化し、今も成長を続けている、そんな中で私の中に一つの疑問が生まれた。
もしも亡くなった人の心を完璧に再現し、自分の意志で考えて成長する機械が生まれたのなら、それは死者を蘇らせる、ある種の救済になりえるのではないか
あるいは国際的に禁忌とされるクローン技術になりえるのではないか
いずれにしろ、そうやって生まれた者は”人”として生きるのか、”機械”として稼働し続けるのか、それを決めるのは当人達ではなく、きっと身勝手な世界中の人々だろう』
確かに死者を機械として完璧に蘇らせたのなら、それはその人の生き写しになり得る。
しかし、それは世界的には偉大な実験の一部としてしか生まれないだろう。
そうやって蘇った者に、人としての尊厳はあるのか。
世界はその人を科学の結晶と捉えるのか、人類の起こした奇跡、もしくは生命への冒涜と捉えるのか…。
俺は、どう捉えるだろうか…
……これはありえない事象、あくまでも可能性の話だ、考えても仕方がない、現にそんな存在は居ないのだから。
これだから意識高い系の本は嫌いだ、一見は深い言葉を頭に刷り込んで、その事にふと意識を割かせてくる。
(…だが、こういう本があるということはこの施設はもしや、人工知能の研究をしていたのか…? だったらオカルティックな本は何故ここにある? 正反対だろう…?)
考える程に疑問は尽きない。
とりあえず本を戻そうとしたその時、すれ違うように小さな紙束がパサリと落ちてきた。
雑に穴をあけられ、そこを紐で纏められている手帳程の数枚の紙束。
「……?」
ふと手に取り、内容を一瞥する。
「アイリスが不治の病になった」
と書かれた文章から、そのスタートに相応しい程に暗く、息苦しい内容が続いていた。
アイリスの様子は日に日に悪く、筆者も追い詰められていく。
しかも、それが毎日だ。
読んでいるだけなのに、気が滅入る。
『アイリスがICUへ移されてから一週間、病状は一向に改善しない。
それはそうだ、今までにない未知の病だ。
僕か彼女で無ければ原因を突き止めることも不可能だろう…そして突き止めたとしても、もはや手遅れなんだ。
無能な奴らめ…無駄な治療はアイリスが苦しむ時間を伸ばすだけだ、希望なんて無いのに希望など見せるな…
頼む、その言葉は僕じゃなくてアイリスの為に掛けてくれ
治らない事を知っている僕じゃなくて、治ると信じている彼女にその偽りの希望を見せて、少しでも戦える力を与えてあげてくれ
無力な僕には、その希望は…耐えられない』
そのページで、一度読む手を止めてため息を吐く。
「…」
アイリスとはこの筆者の恋人だろうか…
…何とも…胸糞の悪い内容だ…
全く知らない他人の危機。
無関係でありながら、こうも悲しくなれるのが人間のいい所であり、悪い所でもあるのかもしれない。
(……無関係だからこそ…か)
死者には悲しむ事は出来ないし、残されたものは悲しみだけでは済まない。
傍観者だけが、悲劇を悲しむ資格があるんだ。
(…人の傷心に悲しむのはやめだ、そんな贅沢は慣れるべきじゃない…そもそも死んだと決まった訳じゃないんだ…勝手に殺すな、アイリスさんに怒られる)
誰と喋っているんだ、と心の中でツッコミながら再び日記と向き合う。
だが、これ以上は直視もしたくないので適当に流し読みで進めていくことにした
その間にも目を覆いたくなる文章が並べ立てられていたが、自分の心に言い訳をしながら、目と思考を動かす。
そして最後のページ、最後の文章を見た時、流し読みですら流せない程の文章に
『私が君を永遠にする』
その瞬間、背筋へ微かな悪寒が走る。
それは恐怖を感じたからではない。
確かに少し病みと闇を感じる文章ではあるが、そこに対してのものでも無い。
その文章に、確かな繋がりを感じたからだ。
この本棚で見た全ての本と、この日記の最後の文。
オカルト、魔法陣、人工知能、機械工学…
魂、呪文、クローン、機械、人間、永遠、AI、心、禁忌…
「蘇生……心の…再現…!」
それが永遠になるかは分からない。
だが間違いなく、この日記に書かれた状態よりは永く生きられるだろう。
この施設の目的。
その一つの疑問が他に浮かんでいた疑問よりも、明確に姿を見せ始めた。
「はは…!」
思わず笑みが零れる。
たったこれだけの証拠で、自身の中で納得出来る答えを導き出せたんだ。
不謹慎極まりないが、答え合わせがある事を願ってしまう程にこの答えに確証を得ている。
あの悪寒の正体は、喜びだ。
これがあるから、推理は楽しい。
推理出来るから、探偵は面白い!
推理の果てにあの子を見つける瞬間が、楽しみで仕方が無い!!
「ふふ…ふ、ははは…!!」
(…この施設はアイリスの心を再現し、擬似的な蘇生を行う為の研究施設だ!)
機心 ヌソン @nuson
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