見つめる瞳

優夢

作り話だったら、このコンビニ存在しなくて嬉しいのに。

 ずいぶん前、私がコンビニでバイトをしていた頃のお話です。

 このコンビニでは、いろいろ怖い思いをしました。

 交通量の多い角地にあって、どうも「よくない場所」に立っていたらしいです。

 現在はもう、建物すら存在しません。



 基本的に、従業員2人で回すお店でした。季節は冬前。

 私は夜(深夜になるまえに交代)のバイトだったので、夕方来て、昼の方と交代しました。

 その日、私のペアは店長でした。

 まだ若い方で、私のことを非常に嫌ってらっしゃいました。

 私も同じくらい嫌いだったんですけど!


 私がカウンターに立って、店長が品物をチェック整理してました。

 お客様も何故かほとんどこなくて、眠いな~とぼんやり思っていた時。



 ぞくうぅっ!!


 と、しました。



 ものすごい敵意の視線。

 肉まんとかを温めるあの機械と、唐揚げとかを並べておくケースの間からでした。

 ぎらぎらとした両眼が、私を、睨んでいる。



『ひいぃ、店長! 私が嫌いだからってそこまで睨まないでよ!!

 さぼってません、さぼってません~!!』



 心の中で悲鳴を上げつつ、私はカウンターで細かな作業を始めました。



 がちゃり。

 店長が、店の奥の冷蔵庫から出て来ました。



 え?



 店長。ずっとそこにいたんですか?

 じゃあ。

 さっきすごい勢いで、私を睨んでいたのは。



 誰?



 店に他のお客様はいませんでした。

 入ってきたら、自動ドアが開いてチャイムが鳴りますので、気づかないはずはありません。


 思い出してもぞっとするようなあの二つの眼はいったい、


 ……って、えぇ!?



 私は気づきました。

 肉まん蒸し器と唐揚げケースの間は、3センチも空いていません。

 片目ならともかく、そこから「両目」を覗けるわけがなかったんです。


 でも、見間違いなんかじゃない。

 恐ろしいくらい私を睨んでいた両目と、黒い丸い頭。

 そこまで見えたのに。



 心底怖くなりました。

 一緒に仕事に入っているのは店長。まったく頼れない!

 その日は、帰る時間の待ち遠しさとお客さんの待ち遠しさはハンパじゃありませんでした。




 別の日です。

 いつも通り夕方出勤、昼勤の人と交代して、私はコンビニのお仕事を開始しました。

 商品が山のように入荷されているのに、でーんと倉庫に放置されていて「ちきしょう」と思いながら、お仕事をせっせ、せっせ。


 壁に背中を向けたままの、ぼーっと立つ男性、灰黄土色の作業着を着て帽子を目深にかぶった輪郭ぼんやりの住人がいるのはスルーです。

 いつも見えるわけではありませんが、時折いて、なかなかにぎょっとします。

 こっちを向くことは一切ないので、慣れれば平気です。

 他の従業員は誰も見えていないようでした。

 これだけでも十分怖いコンビニだよ。まったく。



 いつだったか、救急車のサイレンが外を通った瞬間、はっと天井を見上げたら、真っ白のワンピース(お腹の部分真っ赤)の女の子と一瞬目が合って。

 女の子も何が起こったかわからない顔をしていて。

 一瞬で消えて。サイレンも遠ざかって。

 その時のほうが怖かったですね。

 


 時間を戻します。私は倉庫の作業中です。

 ぼんやり住人は消えています。うん、よし。


 コンビニでカウンターに常にいるという行為は、夕方以降では「サボっている」と同義語です。

 一人でも店内に客がいれば(立ち読み客は除く)カウンターにいるのも許されますが、そうでない時は店長に無言で怒られます。

 お客様がレジに来たら?

 たとえ視覚外であっても、察知してダッシュでレジへ向かうこと、だそうです。

 察知できるか。どうしろというんだ。

 お客様に呼ばれてやっと走ります。日常です。



 一通り荷物を棚に並べ終え、私はカウンターに戻ろうとしました。

 運良く、店長の姿は見えません。

 やったぜ、嫌味言われなくて済む。

 せいぜいゆっくり休んでやろう~♪



 と思った。その時。



 私は、カウンターにそれ以上近づけませんでした。



 ふたつの目が、私を見つめていたからです。

 カウンターの上で。



 頭の上半分だけが、カウンターから突き出していました。

 輪郭はぼやけてよくわかりません。

 丸坊主なのか、骸骨なのか。

 ぼやっとした塊の、黒く丸い頭でした。

 両眼だけが光っていました。



 何色の目かと聞かれても、うまく答えられません。

 恐ろしい眼でした。

 正面で立ちすくむ私を、すさまじい形相で睨んでいました。


 目だけなのに。

 殺されそうな程の憎悪を感じました。



 ああ、間違いない。

 あの時、肉まんケースと唐揚げケースの間から放たれていた視線は。

 『これ』、だ……!



 声なんか出ません。

 目をそらすことも出来ないとは、こういうことをいうのでしょう。

 見つめ合っていたのは、数秒間だと思います。



 場にそぐわぬ明るい電子音が店に響き、自動ドアが開きました。

 お客様が入ってきたのです。

 はっと我に返った時、カウンターの「それ」はいなくなっていました。


 きっと、私の「いらっしゃいませ」の声と笑顔はひきつっていたことでしょう。



 助かった。

 ほんとに助かった。ありがとうお客様。



 もし、あの時、もうしばらく、

 誰も入ってきていなかったら……?



 それ以降も、私はどこからともなく『ギクッとする視線』を感じました。

 絶対そっちを見ないように心がけました。

 スルースキルが大事です。本当に大事です。

 無視こそが最大の防御です。


 運がいいのか悪いのか、それからは怖いモノと遭遇しませんでした。

 遭遇するより先に、とっととバイトを辞めてしまったからでもあります。



 それから2年ほどで、コンビニは完全に取り壊されました。

 建物を再利用されることもなく、道路の拡張工事が進み、あとかたもなくなりました。

 道路が拡張されると、コンビニのあったあたりの『澱み』というか、いやな空気がすうっと抜けるようになった気がします。

 現在は、その近くを通ってもなんともありません。



 いわくなんてなくても、事故物件でなくても、いるところにはいます。



 田舎の平和なコンビニで、どうかあなたが、



 睨まれませんように。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

見つめる瞳 優夢 @yurayurahituji

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画