第5話 家族裁判

 あの夜、家族が下した判決。

 ――――――私刑。

 その影響は、家族の想像を絶する形で広がっていった。


「僕、自分がどんなことをされたのか。 どんな気持ちだったのか。 自分の口で話したい。」

 昨夜、私刑を決めた時。真っ先に樹が口を開いた。

 薫や二葉は樹の心配をよそに、覚悟を決めた樹の真っすぐな眼差しは固い意志を感じさせた。雄介も樹に告白動画を作成することによる社会的、法的、倫理的なリスクを十分に説明したが、それらの言葉は制止というより、樹の覚悟を受け止めようとする雄介自身のためのようでもあった。

 

 ―――そして、樹本人による告白動画が投稿された。

 動画内には樹本人だけではなく、雄介、薫、一花、二葉。家族全員の顔が映し出されていた。

 今までの動画は声のみ、もしくは後ろ姿程度しか映っていなかった家族の姿が曝されている。しかもその内容はとてもセンセーショナルだ。

 動画は瞬く間にインターネットの海へと広がり、加害者たちの残酷な振る舞いは世間の目に晒された。


 元々の視聴者、騒ぎを聞きつけた野次馬、樹と同じような環境で苦しんでいる者、多くの怒りの声はやがて業火のように燃え盛り、その炎はあっという間に加害者たちを飲み込んでいった。

 加害者たちの個人情報は次々と特定され、彼らは街を去ることを余儀なくされた。

 その一方で、家族も噂の渦中に置かれることとなった。

「いじめられていた子でしょ…? かわいそう……。」

「あんな動画を撮って拡散するなんて、非常識な家族だよな。」

 ―――そんな言葉が家族に投げつけられる。


 だがしかし、そんな日々も長くは続かなかった。

 次々と情報が溢れてくるこの現代。家族たちへの哀れみや誹謗中傷も3ヵ月、半年と時が流れる度にどんどんと減っていった。


 そして季節は冬。もうすぐ新年を迎えようとする大晦日を迎える。

「あ! 二葉! また勝手にアイス食べたでしょー!!」

「えへへ、あのね? 昨日のお風呂上りに冷凍庫見たら美味しそうな雪見だいふくがね、食べてほしいな~ってこっちを見てくるから……、つい☆」

 リビングに一花の怒声と苦し紛れの言い訳をする二葉の声が響く。一花の手には一個だけ残っている雪見だいふくのパッケージが握られている。

「もぅ~、ふーちゃん。 またかっちゃんのおやつ勝手に食べたの~?」

「まったく二葉姉ちゃんは全然懲りないんだから……。」

 薫は昼食の支度をしながらキッチンから子ども達の様子を困ったようにはにかんでいる。樹もソファで寝転がりながら姉ふたりのいつものケンカを呆れた表情で眺めている。

 以前と同じようなほのぼのとした空気がゆったりと流れている。

 笑い声が響き、何気ない会話が交わされる。


 あの重苦しい日々は、少しずつ遠ざかっていった。

 しかし、心の奥底には消えない澱みが残っていた。


 その夜、雄介は夕食を終えてリラックスしている家族たちに声をかけた。皆で食卓を囲むように座る。そして雄介は木槌をそっとテーブルの上へ置いた。

 もうすっかりと埃をかぶっていた木槌。

 それは、かつて笑いを生み、やがて裁きを告げた象徴だった。

 彼はしばらくその木槌を見つめ、静かに言った。

「もう、この音は必要ない。僕たちは裁判を終えたんだ。」


 家族は木槌を処分することを決めた。

 それは、彼らの家庭裁判の終わりを意味していた。

 正義を告げる音は、もう響かない。

 だが、その記憶は家族の心に深く刻まれ、決して消えることはなかった。


 ――――それから。

 ある家庭の食卓に、木槌が置かれていた。

 沈黙の中、誰かの手が、木槌を振り下ろす。

 カンッカンッ!!

 荒々しい音が響く。

 「判決!!」


 その音は、どの家庭にも響いているのかもしれない。

 笑いを生む裁判もあれば、涙を伴う裁判もある。


 ―――また別の家庭では。

 小さな子どもが、遊び半分に木槌を握っていた。

「次はぼくの番!」

 カンッ。

 軽やかな音が響く。

 それは遊戯のようでありながら、未来への約束のようでもあった。


 そして時に、正義と愚かさの狭間で揺れる裁判も。

 木槌の音は巡り続ける。

 ――――――カンッ。

 乾いた音が、世界に、響き渡っていく。

 「―――判決。」

 それは、終わりではなく、始まりを告げる音だった。

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家族裁判 @yasu13

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