第4話 判決

 樹の告白が終わったあと、室内は長い沈黙に包まれていた。

 泣きじゃくる樹の背中を薫と二葉がさすり続け、一花は拳を握りしめたまま、怒りと悔しさに震えていた。雄介は深く目を閉じ、ただ静かに息を吐いていた。誰も軽々しく言葉を挟むことはできなかった。

 その夜は、家族全員が重苦しい空気の中で眠りについた。


 翌朝、雄介と薫はふたり揃って玄関の扉を開く。

「一花、二葉、樹。 ―――行ってくるよ。」

 毅然とした表情の雄介。薫も今まで見たことのない凛とした立ち振る舞いで雄介の横に並んでいる。


 連休明けの街はどこか気怠げな雰囲気だった。眠たそうに通学路を歩く学生たちの流れに乗って、雄介たちが最初に向かったのは樹が通う中学校。

 そして、次に向かったのは家族が住む街の警察署。


 ―――だが返ってきた答えはどこまでも冷ややかで、事務的なものだった。


「学校としても、現時点では事実確認が難しいのです。」

「証拠が不十分ですので、こちらでは動けません。」


 響く声は、どこか遠い世界のもののように感じられた。樹の震える声を聞いたばかりの二人にとって、その言葉はあまりにも残酷だった。

 雄介が、薫が、どんなに切実に訴えても。暖簾に腕押しとしか表現できない、のらりくらりとした言葉で返されてしまう。


 二人が自宅の前に戻ってきたのは日が傾き、辺りが淡い茜色に染まってきた頃合いだった。

 帰ってきた雄介と薫の憔悴した表情を見て様子を察した子ども達。

 沈黙が重く垂れ込める食卓に、やがて一花が声を上げた。

「お父さん……、樹の裁判、まだ判決が終わってないよね―――。」

 その言葉は、鋭い刃のように空気を切り裂いた。二葉が驚いたように姉を見つめ、薫は目を見開いた。雄介はしばらく黙したまま、深く息を吐いた。


「……そうだな。まだ―――、終わっていない。」

 その瞬間、家族は一つの決断を下した。


 社会が動かないなら、我々が動くしかない。


 雄介はゆっくりと立ち上がり、テーブルの端に置かれていた木槌を手に取った。

 あの木槌は、ほんの数週間前まで笑い声を生む道具だった。

 プリンをめぐる小さな裁判。両親の惚気を冗談めかして訴える裁判。


 だが今、その木槌は重く、冷たく、まるで運命を決する象徴のように見えた。

「これは遊びじゃない。 樹を、家族を守るための裁判だ。」

 雄介の声は低く、しかし確固としていた。薫は静かに頷き、二葉は涙を浮かべながらも樹の手を握った。一花は怒りに燃える瞳で前を見据えていた。


「主文―――、判決。」

 雄介が木槌を振り下ろす。カンッ、と乾いた音が響いた。

 その音は、家族の心に深く刻まれる。

「――――――判決……。私刑。」

 その言葉に、誰も異を唱える者はいなかった。

 薫は静かに目を閉じ、一花は拳を握りしめた。

 樹は顔を上げ、じっと前を向く。

 

 その夜、家族は長い時間をかけて語り合った。

 互いの想いを重ね合わせ、そして決意を固めていった。


 翌朝、まばゆい光が差し込む室内で雄介は静かに言った。

「守るんだ。 家族を。 そして―――、またみんなで笑おう。」


 薫は樹の肩に優しく手を置き、二葉は静かに、一花は強く頷いた。

 家族は一つになった。

 判決―――、私刑。

 それは、彼らの家庭裁判の最も重い判決であり、最も苦い決断だった。

 木槌の音は、もう遊びではない。

 それは、家族の正義を告げる音だった。

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