8
それから数カ月後。種を植えた弥矢は、毎日、土に水をやり、陽当たりのいい場所に鉢を置き、大切に世話をしていた。小さな芽が出たときは歓声を上げ、葉が広がるたびに喜びが溢れた。
そして、ある晴れた朝、花びらが少しずつ開き始め、ついに小さな花が咲き。それは特別、派手ではないけれど、上品な薄黄色の花だった。
弥矢「お母さん!見て、咲いた!小さいけど、すごくきれいだよ!」
弥矢の声に、母親が庭に出てくる。
母親「本当にかわいい花ね。弥矢が一生懸命育てたから、ちゃんと応えてくれたんだと思うわ。」
弥矢は花のそばにしゃがみ込み、そっとその花に触れる。
弥矢「小さいけど、なんかすごく嬉しいな。頑張って咲いてくれたから、ありがとうって言いたい。」
母親は微笑み、弥矢の隣にしゃがむ。
弥矢はプランターの前で顔を近づけて、そっと指先で小さな花びらを触れてみる。その花は、決して目を引くような大きさや鮮やかさはなかったけれど、可憐な花びらが朝日を浴びて光っている。
花を見つめる弥矢の、その目はきらきらと輝いていて、枯れた花のことで泣いていた数カ月前の姿とはまるで違った。
母親は笑顔で弥矢と話しかけた。
「弥矢、よかったね。」
弥矢はうなずきながら、「こんなに小さいのに咲いてくれた、嬉しい。枯れちゃったときは悲しかったけど、これを見たら…とても素敵な気持ち。」と話した。
母親は弥矢の肩に優しく手を置いた。
「弥矢。すごいことだと思わない?」
弥矢は母親を見つめる。
母親は一瞬考えるように視線を空に向けた後、やわらかい声で言った。
「この花がたくさん咲いていたら、それも、もちろん素敵だけど、たった一つでも、一生懸命に咲いてくれる姿は幸福ね。」
弥矢は母親の言葉を聞きながら、小さな花に再び目を戻した。
「大きくても小さくても、たくさんあっても少なくても、幸せは幸せ。」
弥矢はにっこりと微笑みながら、花をそっと撫でる。
母親は弥矢の頭を優しく撫でた。
二人はしばらくその場に座り込んで、風に揺れる小さな花を眺めていた。その静かな時間の中で、弥矢は心の中にほんのりと温かな感覚が広がっていくのを感じていた。
陽光が柔らかく庭に差し込んで、庭に生えた草や花々の上に細やかな金色の粒子を拡散して、その周りの空気も一緒に温められているかのようだった。
風がそっと吹き、花の周りの葉が軽く揺れる。しかし、花そのものは動かず、静かにその場に佇んでいる。
陽光は、時間そのものをゆっくりと溶かしながら、花弁を優しく照らす。光が波と粒のように、地面にまで柔らかく手を広げる。葉がほんの少し揺れるたび、その動きに合わせて光も微かに変わり、庭全体が、一枚の絵のように調和していた。花の輪郭がふんわりと光の中に溶け込み、ひとしずくの水滴が葉先に滴り落ちる。そのまま心に深く、すべての時間が一つにまとまるような感覚を覚えた。何年も、何十年も続くような穏やかな時が、ただひととき、庭の中で静かに息づいている。全ての過去が穏やかに解きほぐされ、未来が優しくその先に広がっているようだった。
弥矢は柔らかく目を細めた。庭に静かに咲く花の輝きが、優しく頬を撫で、草花がささやく音が耳をくすぐる。
主人公は小さく息を吐き、静かに口を開いた。
「幸せは……温かい。」
その言葉は、花の香りに混じり、風に溶けていった。時間がそのまま永遠に続くように感じられた。
終
陽光 紙の妖精さん @paperfairy
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