第十五信:結び(了)

 そうして、恐らくこの世界に於ける、夢の世界と排除しようとする何らかの強制力。それはこの私にも影響を及ぼしていた。

 この私と云う存在を証明する物、それら全てがこの世界から抹消されていた。生まれ、所属、果ては名に至る迄、全てが始めから無かったかの様に消え失せていた。

 今や私を私として認識する者はこの世界に於いて存在しない。全ての人々、人だけでなく、生き物全て、この世に於けるありとあらゆる物が私を居ないものとして片付けるのだった。

 君は何故この世界に、物語で語られる様な魔法が存在し得ないのか、考えてみた事はあるかい? それが実際に存在するしないに関わらず、それらは全て無かった事にされるからなのだ。それ等は、この世界に於いて極めて現実的な事象に置き換えられて処理される。浮遊の能力を得た私は、この世界から排除されるべくこの世界の外、月の向こう側へと押し出される様に除かれ、にも拘らず半ば強引にこの世界への帰還を果たすと、今度はその存在を残さず消し去ってしまうと云う手段に訴えた。

 

 斯くもこの世界はそれ以外の存在と云う物に排他的で、それ以外の存在を消して許さないと云った硬い意志の下に成立している様に思えてならない。

 それは、誰の意志に依る物か? 誰と特定出来ない世界其の物と云う曖昧な物か? 恐らく違う。それは人の意志に依る物。誠に遺憾ながら、君やこの私にした所で、この意志から逃れる事は出来ない。それ程までに未知なる物への恐れが私達の心の奥底に根付いているのだろう。


 にも拘らず、私達は夢を見る事を止める事は無い。それは、如何にしてこの世界に存在するであろう綻びを見付け出し、完全無欠と思われる世界に空く虚無への間歇を覗き込む、そんな行為なのだろう。

 自分達の立っている地面が次の瞬間、跡形もなく消え失せている、そんな感覚を望んで味わいたい者などいないだろう。にも拘らず、それを探り当てようとする行為を止められない。私達は一体何を望んでいるのだろうか? 


 こうして書いている間にも、私は自分の存在が曖昧になって来ている事を感じる。私とは誰か? そもそも私と云う存在が始めから存在していたのか? 何れ境界は消え失せ、私が私でなくなる時が来るのかも知れない。そうなる前にこうして君に自らの体験を伝える事が出来たのは僥倖だった。やがて私という意識は溶け、人々の無意識の中に紛れて行く事だろう。人々の眠りに落ちる時、ほんの束の間私の意識は目を覚まし、それは夢となって人々、もしかするとこれを読んでいる君の中に現われて、自らの経験した夢の世界を追体験させる事になるのかも知れない。夢と云う世界を共有している限り、私は不滅であり、同時に私は君自身でもあるのだ。


 君は気付いていないだろうが、私達は自分で思っている以上に、自らの夢に囲まれて生きているのだ。考えてもみたまえ、自分の身に着けている物、普段意識せずに使っている物、それら全てそのままでは現実の世界に存在し得ない物だと云う事に。それらは全て私達の夢から生まれ、それと知られない裡に現実と云う世界に紛れ込んでいる。私達はそれと気付かない裡に自らの夢に囲まれて生きているのだよ。

 

 世界と云う現実はもう随分以前から私達の夢によってその在り方を変えられている。今こうしている裡にも、世界は私達の夢によって少しずつ変わっているのだ。ゆめ忘れない事だ。


 また語り明かそうじゃないか。また月の眩く輝く晩にでも。今度は君の夢を語って欲しいな。素敵な物である事を願っているよ。


 君の見る夢が君自身の行く道を照らし出す事を願って、一先ず私はペンを置く事にする。


 ではまた、何れ相まみえる時まで。





                                 終

 

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