Faire signe
なんか、めちゃくちゃ車が突っ込んでくる家ってありませんでした?
居眠り運転とか飲酒運転とか、そういう不注意で車が突っ込んでくる家。
家じゃないんですけど…私の場合、子供の頃に住んでいた家の近くにあった電気屋さんがそれで。地元に住んでいる十数年の間に三、四回は突っ込まれてましたね。ただでさえ丁字路の突き当りにあるのに、田舎だったんで冬には前の道が凍っちゃうんですよ。だから冬にブレーキ効かなくなった車が突っ込んでくる、っていう。
…普通はそういう感じじゃないですか。
でも、同僚のF君の実家のそばにあった家は違ったらしくて。
そこは本当に、住宅街の中にある普通の家らしいんですよ。丁字路の突き当りとか、道の真ん中とか、スピードが出やすい直線道路とか、そういう車が突っ込みやすい立地じゃない。
なのに何回も車が突っ込んでくる。F君曰く、一年に少なくとも三回は突っ込まれていたっていうから相当な頻度ですよね。
しかもそこで起きる事故、めちゃくちゃ不自然らしいんです。わざとハンドルを切らないとこんな風には突っ込まないだろう…っていう事故り方らしくて。
でも、そこで事故った全員が家に故意に突っ込んだってのもおかしいじゃないですか。実際そうじゃない…というか、普通に住宅街を通り抜けているだけのタクシーとか、ドライブでたまたま通りがかった大学生グループとかも突っ込んでるらしくて、じゃあ故意で恨みとか持って突っ込んだってのはありえないよねえ…っていう。
家に住んでいた一家の態度もおかしかったらしくて。
家に車が何回も突っ込んできたら、ものすごい大変な筈なんですよね。家の塀とか、門柱とか、酷い時には玄関の扉とかも全部交換しなきゃいけなくなるわけだから。
そんな状況だったら普通、こんなに大変で~って周囲に愚痴ったり、あるいは何回も事故が起きたりすることに怯えたりするじゃないですか。
なのに、一家にそういう素振りが一切なかったと。
むしろ、近所の人たちがその家の人たちに…車が何回も突っ込んできて危なくない?とか、大変だねえ、って話題を振ると、なんか曖昧に濁されて話題を変えられるらしいんですよ。言葉にはしないけど、そこにはあまり触れてくれるな、という感じを出してくる。
そのうち、変な噂が流れ始めて。
なんでも、家に車で突っ込んでしまった人たちのうちのひとり…ある若者が友達に語った話らしいんですけど。
夜も深い時間になって、若干疲れを感じながら住宅街の中を走っていると、不意に何か動くものが目に入る。
え、何だろう?とそっちに視線をやると、車に向かって手を振っている人がそこにいて。それを見た瞬間、何故か「あ、あそこに行かなきゃいけないのに俺何やってんだろう?」というすごい焦りを抱いて、慌ててハンドルを切る。
すると物凄い衝撃が走って、何だ!?と思ってよくよく目の前を見たら、例の家の門柱に突っ込んでいた。
(うわ事故った!え、俺何やってんだろ!?ヤバいって!え、でもあの人は!?)と思って周囲を見渡しても、そこにはもう誰もいない。
家から出てきた住人に謝り倒すんだけど、「まあまあ、それよりも体は大丈夫?」みたいに気遣われる。警察に連絡しても、そちらにも「あー、あの家ね…わかりました」という慣れた感じの応対をされる。
挙句の果てに、壊したものの弁償代なども全く請求されない。そんなことあるか?となって、逆に気味悪く感じた。
…あの家に突っ込んじゃった人がそういう話をしていたらしいよ、という噂が、ある時一気にバーッと広がった。
これ、未だに本当かどうかはわからないけど、なんとなく一家の事故の話を聞かれたときの態度にも通じるところがある話なんですよね。だからみんな、これは本当なんじゃいないか、と思っていたらしいんですけど。
そしたら、急に例の一家がいなくなった。
まあ、急にいなくなった、と言っても失踪とかじゃなくて普通に引っ越しだったみたいですけど。ただ、近所の人たちに何も言わずに急に引越したらしくて。夜逃げみたいな引越し方というか。
その地区の人たちは割とみんな…善良な人たちだったっぽくて、「気持ち悪い一家がいなくなって良かった!」みたいな反応はなくて、寧ろ「流石に変な噂をしたのは良くなかったのかな」と割と反省していたみたいです。
でも。
例の一家が家を引き払った途端に、家に車が突っ込むことが無くなったんだそうです。
一年経っても、二年経っても、あれだけ起こっていた事故が一切起きなくなった。三年経った辺りでその家に全く別の家族が入居してきたけど、やはり事故は全く起きなかった、と。
だから、近所の人たちの間では、あの家族に何かがあったからあんなに車が突っ込んでいたんじゃないか…という噂になっているそうです。
F君によるとその家は今もあるけど、車が突っ込んでくるような事故は全く起きていないそうですよ。
Quiet Places 高橋知秋 @shio_chiaki
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