Chemin

 僕、親からパソコンを買ってもらったのが高校生ぐらいのときで。

 いやあ、特にやりたかったことはなくて、ネットとかやりたかっただけですね。十代のパソコンの使い方なんてろくなもんじゃないですよ。毎日、学校から帰ってきたら宿題もそこそこにパソコン開いて、ニコニコで音MADとか見て。


 それで僕、子供の頃から学校の怪談系の本とか、あと本当にあった系の怖い話とかめちゃくちゃ好きで。だから当然ネットでもそんなんばっかり見てました。それこそ音MADと同じぐらいの時間割いてましたね。

 金曜の夜とか、「夜更かしだー!」ってなって、まずニコニコでいろんな動画見て、次に洒落怖のまとめ読んで、気付いたらそのまま朝になってる…みたいな事ばっかやってましたね。


 その頃、定期的にチェックしていた心霊系の個人サイトがあったんです。

 どっかで拾って来たような怖い話の他に、サイトの訪問者の体験談とかが載ってるような感じの。あとはサブコンテンツで心霊写真を集めたページがあったのも覚えてるな。

 そのサイトにはしたらばの掲示板があって、サイトに訪問してきた人が自分の体験談を書き込むスレがあったり、自作の創作怪談を書いて読んでもらうスレがあったりしたんですけど、その中にネット上にある怖い動画や画像に関するスレがあって、そこが面白かったんですよ。

 みんなが「これ怖くない?」ってなった画像や動画を貼っていったり、こういう怖い動画や画像があるらしいって情報を交換したりするようなスレで、内容も書き込んでいる面子も他のスレッドとはちょっと毛色が違ったんです。今で言うTHEつぶろさんみたいなことをしてる住人が結構いたり、「こういう画像を探してるんだけど、持ってる人いない?」みたいな捜索系の書き込みがあったり…。

 他のスレッドが「怖い話やオカルトの話をしたい」という人が集まっている傾向が強い中で、昔の2chっぽい専門性がちょっとあったんですよね。やっぱり僕、「守護霊がどう」とか「あなたの前世は」みたいな話はどうしても苦手というか。周りはそういうオカルト…というか若干スピ入ってる路線のスレも多かったので、余計にその画像スレが光って見えたんです。

 あと、個人的にはスレのローカルルールで「グロ画像は禁止」になっていたのがありがたかったです。グロ耐性がない訳ではないんだけれども、それでも自分から進んで見たいものではなかったので。まあ、それでも荒らしが来てグロ貼って住人が激怒、みたいなことはたまにありましたけどね。

 いえ、僕は書き込みはしてなくて、完全にROM専でした。専門性高いスレだし、中途半端に参加して場を汚すのはちょっと嫌だな、と思ったので。そもそも見ているだけで十分面白かったんで、自分も書き込もうと思ったことはなかったですね。


 そのスレの住人のコテハンの中に「漬け丼大好き」っていう…スレ住人からは漬け丼さんとか漬けさんって呼ばれてた人がいて。

 たぶん当時の僕よりちょっと年上…大学生ぐらいの男性だったと思うんですけど、この人は怖い画像コレクターみたいな人で、持っている画像の量はもちろん、知識量も半端じゃなかったんですよね。

 漬けさんに「こういう画像ありませんか?」って訊くと、七、八割ぐらいの確率で「これですよね?」ってお目当ての画像をアップしてくれるんです。だから漬けさんはスレの中でも中心人物の一人…もっと言えば、スター的な存在というか。慕ったり頼ったりしている住人の数は結構多かったです。


 ある時、漬けさんがスレで「ずっと探していた画像を見つけた」って言い出して。


 漬けさんが、別のサイトの掲示板か何かで雑談のネタとして「人生で一番怖かった画像」という話題を振ったことがあるらしくて。

 その中である人が言っていた「一番怖かった画像」について、漬けさんは実際の画像を見たこともなければ、そういう画像があるという話も今まで全く聞いた事が無かったんだそうです。で、その人に画像の詳細を色々と訊いてみたけど、あまり手掛かりが無かったと。

 それでも少ない手掛かりを元に半年ぐらい画像を探し続けて、遂に昨日それっぽい画像を見つけたんで、みんなにも見て欲しい…って文章と一緒に、画像ファイルのURLが貼られてて。


 そりゃもうワクワクしましたよ。「人生で一番怖かった画像」なんて…ハードル爆上げじゃないですか。それに「あの漬けさんが半年探し続けた画像」っていう一種の付加価値も付いてるわけで、うわー見たい!ってなって、すぐにURLをクリックしたんです。


 民家の部屋を撮影した写真でした。誰もいない薄暗い和室。

 部屋の真ん中には卓袱台があって、その周り、畳の上には座布団が何個か置かれていました。卓袱台の後ろの襖が開いてて、その向こうに仏壇があるのが見えて、たぶん仏間なのかな、っていう。あと…部屋の仕切りに額縁に入った書みたいなものが掛けられていたのも覚えてます。

 真っ暗な中でフラッシュを焚いて撮った、ってのが一目で分かる感じでしたね。三脚とかを使わず手持ちで撮影したらしくて、全体的に斜めになっていました。

 なんか全体的に…生活感がない風景だったんで廃屋かなとも思ったんですけど、ただ全体的に物も部屋も綺麗だったんで、実際のところは分かりません。


 最初は…拍子抜けでした。

 何せ、シチュエーションがこんなんでハードルが上がりまくってましたから。普通に「怖い画像」って言われて見せられたら「あ~確かに不気味だな~」ぐらいに思ったんでしょうけど、何せ「人生で一番怖かった画像」ですからね。「人生で一番」を選べと言われてこれ選ぶか…?っていう。

 だから、しばらくじっと見てたんですよ。流石にこれ何もないってこたあないだろう、きっと気付いてないだけでめちゃくちゃ怖いポイントがあるはずだ、って思って、二分ぐらい画像とにらめっこしてたんですけど。


 卓袱台の後ろの襖が開いてて、奥に仏間っぽい部屋が見えてる、って言ったじゃないですか?

 その襖の向こう側…仏間っぽい部屋を、青っぽい服を着た男性が、右から左へ、ふらっ、と横切ったんです。


 いや、マジでビビりすぎて。うわあっ!って叫びながら椅子から落ちましたよ。尻餅付いてめちゃくちゃ痛かったです。いや、人生で一番怖かったってそういう意味かよ!ビビらせるなあ!と思ったんですけど…。


 椅子に座り直して改めて画像を見直したときに、いろいろと変なことに気付いて。

 まずその画像、拡張子がjpgなんです。

 いや、もちろん「拡張子偽装」って概念があるのは分かるんですよ。僕も昔、エロ画像が急にグロ画像に変わる画像の現物をどっかの画像掲示板で見かけたことがあって、こういうの本当にあるんだ、悪質だなあって思ったことがあるので。

 でも、綺麗すぎるんですよ、画質が。gifって256色しか使えないから、いくら拡張子を偽装したところで間違いなく画質は損なわれるはずなんです。でも、どう見てもその画像は256色に変換されたようには見えない。

 あと、よくよく考えるとその男性の通り方もおかしかったんですよね。うまく説明できないんですけど…完全に静止した画像の中で、その人だけが動いている感じというか…。


 あれ、これもしかして本当にヤバいやつか?って思いはじめた辺りで、もう一度、襖の奥を人が横切って。

 さっきと全然違う人だったんです。

 白い服を着た女性が、やっぱり右から左へと、ふっ、と横切って行った。


 それ見た瞬間、腕辺りに鳥肌がぶわーって立って。

 なんかよくわかんないけど、この画像をずっと見てたら間違いなくマジでヤバいことになる!って思って、画像のタブも掲示板のタブも全部閉じて、速攻でブラウザの履歴やキャッシュも削除かけて。


 それからサイトにも掲示板にも通わなくなっちゃったんです。なんか、あの画像の件がもう…トラウマになっちゃって。

 だから漬けさんもスレ住民もあの後どうなったのかは知りません。

 何年か後に恐る恐るサイト名で検索してみたけど、もう閉鎖しちゃって404になってましたね。それとは別に掲示板は残ってるかもしれないけど、そこまで調べる勇気はなかったです。


 あの画像見てから一か月ぐらい、2chのスレとかに貼られてる画像のURL踏むのが怖くなっちゃって。

 しばらく何の説明もないURLは勿論、ちゃんと説明がついているURLも拡張子が画像ファイルだってわかると避けるようになっちゃいましたね。

 今は流石に平気ですけど、それでもなんかのURLをクリックして開くときに、未だにあの画像の存在がちょっとだけ脳裏に過ぎることがあります。


 確かにあれは「人生で一番怖い画像」に相応しいですね。

 僕も「人生で一番怖かった画像は何?」って訊かれたら、間違いなくあの画像だって答えますよ。未だにたまに夢に見るもんなあ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る