第11話


 「懐かしいユニフォーム」

 「妃ノ宮ちゃんはずっと前から知ってたのね。ヒロ君のこと」

 「えへへ、実は。ずっとファンなんです。格好良くて、全身で野球を楽しんでるのが伝わってくるんです。それ見てると私も楽しくて」

 

 白那が初めて博一を見たのは十二歳以下日本代表の試合。

 決勝まで登り詰めた小学生たちは嬉しさよりも優勝が懸かった試合への緊張感で一杯だったのが画面越しでも分かるくらいだった。

 決勝までは繋がっていた打線も鳴りを潜め、先制された一点に追い付きたくて無駄な力が入って入って入りまくる。勿論、点数は一切入らない。


 「守備にも焦りが出てきたのに博一君だけはずっと笑ってる……訳じゃないけど楽しそうな顔してた。追加点のピンチでショートが弾いたボール取ってランナー刺したり」

 「あったね。笑顔でハイタッチ求めるからショートの子は困ってた」

 「その次の回。点数取れなきゃ終わりの六回表」


 二死一塁で打席に立ったのは五番三塁手の博一。

 

 「相手の顔が真っ青になる大逆転ツーランホームラン」

 「ヒロ君ってそもそも打率も凄いんだけど、逆境に強いと言うか抑えとしてもだけど打者としても安心感あったなぁ。中学に上がってからの常陸リトルは四番の弟と勝負するか、五番のヒロ君と勝負するか……最悪な二択だったねほんとに」

 「ですね。四番の弟……四番の弟!?」


 白那は記憶の中の打線を思い浮かべ、前田の顔を見る。

 思い返してみれば博一がマスター呼びをしていた流れで白那もそう呼んでいたのでちゃんとした名前を聞いたことがなかった。

 

 「前田成貴マエダセイキの姉——前田育美イクミです。どうぞ宜しく」

 「妃ノ宮白那、です」


 ピースサインで揶揄ってくる育美に対して白那はもうしたはずの自己紹介。

 なんとなく同じくピースをしながら。

 

 「右の天才足本博一、左の天才前田成貴……本当に懐かしい。そんなに前じゃないはずなのに。常陸リトルで弟たちがプレーしてたのが遥か昔に感じる」

 「成貴君は何処に行ったんですか? SK学園には居ないみたいですけど」

 「成貴は群馬の名門。その代のショートとキャッチャーも一緒に行ったわよ。ここの監督は色んなところにお知り合いが多いみたいで。でも」

 「でも?」

 「このチームからSK学園に行く人はまず居ない。行った人を何人か知ってるけど長くは続かなかった」

 「指導方針……ですか」

 

 育美は試合を見ながら頷いた。 

 SK学園は誰もが知る強豪校。そして誰もが知る厳しい部活環境。指導者や上級生の言うことは絶対で、下が上に意見するなんてことは万が一にも有り得ない。

 有り得たとしてその意見が通ることは決してない。

 常陸リトルの指導方針とは違い過ぎて肌に合わないのは目に見えている。

 

 「今の時代に鉄拳制裁、暴力は日常茶飯事……全部噂なんだけどね。それでも監督はチームの子たちにSK学園は勧めないの」


 練習試合をする常陸リトルの選手たちは熱くて、真剣で、楽しそうだ。

 

 「野球を嫌いになって欲しくないんだってさ。九割くらいはただ監督が嫌いなだけって言ってるけど。ヒロ君はどうなんだろ」

 「好きって言ってましたよ。好きじゃなかったらここまでしないと思います」

 「ううん、ヒロ君は好きってだけならここまでしないよ」


 嬉しそうな、悲しそうな、困ったような表情で育美が言った。


 「妃ノ宮ちゃんはヒロ君が野球辞めた理由は知らないんだよね」

 「本人が言わないのなら特に気にしなくて良いかなって……駄目でした?」


 育美の複雑な面持ちに白那は不安になる。


 「駄目じゃないよ。きっと妃ノ宮ちゃんだったからヒロ君はまた野球をやり始めたんだと思う。ありがとう。野球をやってるヒロ君が見られるのは凄く嬉しい」

 「私は何もしてないですよ。でも、博一君の野球が大好きなのは同意です!」

 「成貴とヒロ君の対決、見られると思う?」

 

 茨城と群馬、対決するならお互いが県代表になるしかない。

 その上当たるまで勝ち進むしかない。

 

 「見られます、多分」

 「じゃあ成貴の勝ちだ」

 「博一君の勝ちです、絶対」


 お互いの目を見合い、笑う二人に甲高い打球音が割り込んだ。


 「「あっ」」


 常陸リトルは相手の逆転サヨナラ満塁ホームランでゲームセット。

 博一の後に続いて二人は両チームに拍手を送る。

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