第12話
県立校との練習試合を勝利で終わらせた常磐二高野球部。
平日の放課後と言えば博一や山路を相手にした打撃練習を少々行い、そこから野手組はノック。あの日からずっと平日はノック中心の練習になった。
球数制限も時間制限もなく、受けてる部員個人がもう嫌だと思ったら何時でも辞められる楽々な練習。とは言え、無理をさせる訳にもいかないので意地でも辞めようとしない山路のような部員はノッカーが状況を見て終わらせる。
「はぁ……はぁ……! もっと来い古田ぁ!」
「こっちに飛ばせぇ! どんな難しいのだろうと取ってやるぜぇ!」
「はーい! 行きますよー!」
今日のノッカーは古田。
熱血漢で人望溢れる主将の根性に負けていられないと他の部員もギリギリまで音を上げない。坂本は離脱が早いが、今日は予期せぬ来客に目立ちたがりを発揮している。
そんな坂本と並んで離脱が早いのが荒木だ。
「足本、甲子園目指すんだろ? だったら投げてくれよ」
「休日練で嫌になるほど投げるからその準備をしといてくれ。トスバッティングでも素振りでも」
「はいはい。分かりましたよコーチ様」
不機嫌さを隠そうともせず、荒木は不貞腐れた態度でバットを手にする。
「良かったんですか足本さん。荒木の頼み断っちゃって」
「良いんだよ。今日はカツと練習する日だって決めてたからな。それと、足本さん呼びは勘弁してくれ。同い年だろ」
「じゃあ、ヒロさん」
「あんま変わってねぇぞ。まあ、良いか」
博一と練習しているのは同じく二年の山本。
体の大きさに反して気はそこまで大きくなく、体型と似たところがあるとすれば性格の丸さ。温厚な性格は会話からも溢れていて、同級生相手でも敬語が基本。
まるで大人を相手にしているような感覚だった。
「かなりコントロールが纏まってきたな」
「でも速度が遅くなりましたよ」
「あんなのただの数字だよ。どんだけ球が速くても打ち取れなければ意味ないぜ」
博一はそう言って、山本の構えた場所へドンピシャに投げ込んだ。
「今の本気で投げました?」
「いや?」
「ノビが凄いなって。僕は本気で投げても速度の割に遅く見えるらしいんです」
「回転量だと思うぞ。普段のキャッチボールから回転掛ける意識してみたらどうだ?」
山本は制球力重視だと球速が落ちると言った。
ならば他の箇所を尖らせようと言うのが博一。
どうやら山本は直球の回転量をそこまで意識していなかったらしい。軽いアドバイス一つで途端に球質が変わる。
その変化に博一以上に驚いていたのは投げた本人。
山本は自身の左手と博一のミットを交互に見る。記憶が間違っていなければ博一のミットの位置は動いてない。
つまり、ドンピシャで投げられたのだ。
「何か掴んだみたいだな。次はピッチングしてみるか」
博一はフェンス越しで練習を眺めている白那の前で腰を落とす。
「折角、小佐向たちを振り抜く為に一回家に帰って変装までしてきたんだからシロも何か気付いたことあればアドバイス頼むぜ」
「私が?」
「言いたそうに見えたからな。ヨロシク」
白那が居るからと魅せプばかりの坂本を見ているよりかは何倍もマシだ。
博一は準備完了の合図を山本に送る。
まずはストレートから。
山本は右足を上げ、軸足の左足を沈み込ませながら前に踏み込み——投げる。
何球か投げ込んでみても最初に比べたらかなりコントロールが良くなった。が、百八十を超える高さから出るストレートとしてはイマイチ感が否めない。
「次、変化球」
「カーブ行きまーす」
続く変化球。
カーブの変化は微妙だったが、チェンジアップが想像以上に良いと博一は思った。
元々速度があったストレートを制球重視で遅くした為、チェンジアップの速度差が狭まり、似たような軌道で落ちる球になっている。
ストレートのノビを上げればかなりの武器になりそうだ。
「ヒロさん、ちょっと水飲んできます」
「あぁ、目一杯休憩してくれ」
立ち上がった博一はフェンスに背中を預ける。
「気になる箇所はお有りでしょうか?」
「投球フォーム……軸足の膝を落とし過ぎな気がする」
と、白那は言った。
片足を上げ、軸足の膝を沈ませながら前に踏み出していくのが山本のフォーム。
何の変哲もない良く見られるフォームだが。
「ぎこちなく見えるし、折角の高身長が活かせてない——ような気がする」
「やっぱりか。俺と同意見だな」
「私に聞く必要あった?」
「セカンドオピニオン」
「当事者には言ってない。ダブルチェックの間違いじゃない?」
「そうとも言う。取り敢えずカツは位置エネルギーの利用方法と変化球だな」
あのカーブは使い物にはならない。
「球種は?」
「カーブが駄目ならスライダーと……間に合えばスクリュー」
最悪の場合はストレートとチェンジアップでどうにかなるだろう、と博一が言う。
「問題はセカンド」
「荒木君じゃないの?」
「荒木は守備が軽いんだよ。上手いからこそ自分の想像通りの打球が飛んでくると思ってる。同じ位置に打ち込んだからと言って同じ打球が飛んでくるとは限らない」
「言ってあげないんだ」
「今のあいつに言っても聞きやしないさ。誰かが上手くなればそっちを起用するけど期間的に厳しいな」
一ヶ月でやるには無茶がある。
しかし、だからこそ博一は打撃よりも守備を鍛えたかった。
クリーンナップ組はそれなりに打撃が見込める。そこで点を取り、後は守備で守り抜くのが最も確実性のある戦法。
「今から打撃を頑張ってもそんな簡単に各学校千差万別の投手陣からバカスカ打てるようにはならねーよ。ただでさえ三打席に一回打てたら御の字なんだぞ」
「その点、守備が三割じゃ困るもんね」
「プロでもエラーがあることを考えたら九割」
博一は白那と喋りながらも真剣にノックを見つめている。
古田が休憩の宣言をすればほぼ全員がその場にへたり込み、坂本だけが腹立たしい足取りと顔で博一たち——白那に接近してくる。
「へっへっへ、どうよオレ様の華麗な守備は」
「あ、うん。凄かった」
「惚れちゃっても良いぜ? そして待望の甲子園デート。その為にもチームの皆様方に素晴らしいコーチング頼むぞ、足本くん」
「お前の為に頑張ってる訳じゃねぇわい」
博一は肩に触れる鬱陶しい手を振り払う。
「魅せプばっかりしてポカやらかすなよ」
「なんてことないゴロを派手に魅せるのも守備の華さ。分かってないなぁ」
「私は届かないような打球を不恰好でも必死に追い掛けるのも好きかな。がむしゃらなのも守備の華だと思う」
「……古田ぁ! 休憩してる暇ねぇぞ! ノッカー頼んだ!」
坂本は古田を呼び、一人でノックを再開。魅せプは消え、手堅い守備を連発する。
「単純な奴。あ、馬鹿な奴」
「こらこら。それにしてもどうして常磐二高で野球してるんだろ?」
爽やかな顔、安定した守備、打撃センスを備えている坂本。
口を結んで野球だけしていれば黄色い悲鳴が巻き起こること間違いなし。性格を除けば優良選手に見える。性格に目を瞑ってでも強豪校が欲しいくらいの。
「さぁな。考えても仕方ねぇ。今はどう夏の予選を切り抜けるかだけだ」
「ヒロさん、続きお願いします」
「はいよっと」
休憩から戻ってきた山本に博一が改善点を説明する。
山本も休憩がてら握りを研究していたらしく、そこも含めて博一と入念に議論を交わす。
「ところであのスターズの帽子を被っているのは?」
「俺たちの優勝を心の底から願ってる。勝利の女神様だよ」
「それはありがたやありがたや」
博一の言葉に乗っかり、山本が白那に向かって手を合わせ、拝む。
フェンス越しの白那は意味が分からず、首を傾けた。
「はっはぁ! これがオレ様の天才的な守備だぁ!」
そして今日の坂本はいつにも増して元気だった。
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