第5話
「トイレ長くなかったか?」
「シロのお母さんと話してた」
「えっ!? 何か変なこと言わなかった!?」
博一とのり子が話していたと聞いて白那が慌てる。
「気を付けて行ってこい、だとよ」
「そっか。なら良し」
「なになに? 白那ちゃんは言われたら嫌な変なことあんのー? 聞きたいなー? 博一の恥ずかしい話と引き換えに教えてよー!」
「勝手に俺を取引材料にしてんじゃねぇよ。お前の恥ずかしい話バラすぞ」
博一に反撃を貰った謙一の顔が青ざめる。
実際、恥ずかしい話と言っても博一のは可愛いものだ。逆に謙一の恥ずかしい話はそれこそ墓まで持って行きたいくらいの黒歴史が満載。
「はっは! 俺の黒歴史に免じて今回は許してやろう!」
「これ以上なくダッサい免罪符だな」
「うるせぇやい!」
大きな口を開けて笑う博一の肩を叩く謙一。
他愛ない話を広げながら妃ノ宮家の近所を歩く。最近では減ってきている自然がまだ多く残っていて長閑な景色だ。博一たちと同様に複数人で散歩している人も居れば、一人でランニングやウォーキングをする人やペットと散歩する人も居る。
心の落ち着く静けさが広がる中、カキーンと金属音と歓声。
「カキーン……?」
聞き慣れた音に博一の足が止まる。
「あっ、もしかして! 二人共こっちこっち!」
二人が小走りで駆けてく白那の後を追い掛けると土手の下にグラウンド。
丁度練習試合の最中で、何処の学校がやっているのかスコアボードを三人で見る。
「あれっ?」
「んっ?」
「おっ!?」
スコアボードには上から『SK学園』と『常磐二』の文字。
「これはこれは我らが母校様。おっとびっくり下段には丸が一杯。点数は百点満点か?」
「丸を増やすには早かったかな……」
「テストは火曜日からだぜ博一」
「知ってるよ。相手があれじゃ仕方ねぇさ」
県内トップで全国でもトップクラスの強豪校。県大会でランク入りもしたことがない常磐二高では荷が重い。重過ぎる。
「百人乗っても大丈夫……とはいかないな」
「何の話?」
「こっちの話……っと、あっちの点数は五回までで九点。ボッコボコだな」
練習試合でコールドがあるのかないのか。どちらにせよ厳しい戦いだ。
状況は五回裏の常磐二高の攻撃。先頭打者が初球を上手く捉え、ヒット。
「うお! すげーじゃん! 博一が言ってた凄い相手から打ってんぞ!」
「いや……あれは」
打たれたはずの投手は笑っている。しかも人を小馬鹿にしたような笑みだ。
同様に守備陣も見ていて不快な笑みを浮かべてニヤニヤしながら試合をしている。
次の打者も打ち、余裕のゲッツーコース。
しかし、グラブトスでモタつき、一塁のアウトしか取れなかった。
強豪校とは思えないミス。
明らかに遊ばれている。
「見てて良い気分がするもんじゃねぇな」
「そう……だね」
そこで明らかに気分が落ち込んでいる常磐二高ベンチから元気な声が飛び出す。
「坂本ぉ! 打て打てぇ! 得点圏だぞー!」
「この最強の四番打者遊撃手——
威勢の良い四番の登場に投手と守備陣の表情が引き締まった。
投手のボールにもキレが出る。
「自称最強なだけあるっぽいぞ」
「スイングが綺麗」
「……え?」
野球に詳しい二人に謙一は追い付けない。
そして坂本はインコース寄りに飛んできたボールをライト方向に流し打ち。ボールの内側に上手く当てないと飛ばせない打球だ。
タイムリーヒットで得点……とは行かなかったが一死一、三塁のチャンス。
「ストライク! バッターアウト!」
三人が効いたのは二度目のコール。二者連続三振でチェンジである。
「まあ、だよな」
「だよね……」
六回表。ベンチで喝を飛ばしていた人物は投手だったらしく、マウンドに上がる。
「部長! 打たすならオレのところだかんな!」
「分かってる! 任せろ坂本!」
そんな会話が聞こえてきて。
「打たすと打たれるは話が別だろうに」
博一の呟き通り、坂本に部長と呼ばれていた投手はSK学園打線に打ち込まれる。
特段悪くもない投球だが良くもない。少なくとも全国クラスに通用する球でないことは確かだった。
当たり損ねたフライとショートへのライナーでツーアウト。
しかし、次の打球だった。
「あっ!?」
鋭いピッチャーライナーが部長の頭部に直撃し、白那から声が出る。
イレギュラーになった打球を坂本がカバーし、一塁へ送球してスリーアウト。だが、マウンド上で部長は倒れたままだ。
ベンチから飛び出してきた顧問、守備位置から引き上げてきた仲間たちに囲まれて数分、なんとか立ち上がり、ゆっくりベンチに戻る。試合は一旦中断。
常磐二高側の土手で試合観戦をしている三人にはベンチの声が聞こえてくる。
「先生、自分、やれます! ほら! こんなにピンピン……」
「馬鹿馬鹿! 無理すんなって!」
「こりゃ投手交代するしかないぞ。どうする?」
「先生、替えのピッチャーなら居ないぜ」
「へ?」
坂本の発言に顧問が素っ頓狂な声を漏らす。
「あいつら相手がSK学園って言ったら試合来ねぇでやんの。この坂本様の大活躍が見られるって言うのにな!」
「投げられるって子は?」
顧問の質問に返答はない。
投手経験がなくても出来なくはないだろう。だが、相手は名門。手元が狂って死球を当てたなんて話になったら目も当てられない。
「取り敢えずボクがキャプテンの代打行くので、先生たちはピッチャーをどうにか頼みます!」
「どうにかって……坂本君はピッチャー出来ないのかね?」
「このオレ様がピッチャーなんて有り得ないっすよ。四番遊撃手と言ったら坂本和樹!」
「むう……」
かなり終末感極まるベンチの会話に同情するしかない三人だった。
すると、ベンチからひょこっと顧問が顔を出し、土手側を向く。相手がSK学園と言うのもあり、博一たち含め立ち見の観戦者がそこそこ居る。
その顧問の行動に博一は嫌な予感を覚えた。
「あのぉ……申し訳ないんですが、ピッチャー経験のある方はいらっしゃいますか? 良ければ投げて貰いたいのですが……」
観戦者たちがざわめき出す。
練習試合とは言っても突然あの打線相手に投げろなんて無理な話だ。
そう、普通のピッチャーなら。
白那と謙一はアイコンタクトをして頷く。
そして謙一が博一の右腕を掴み、持ち上げる。
「はい!」
続けて白那が博一の背後で元気良く声を出す。
顧問に熱い視線を向けられた博一はこう口にした。
「はい?」
その時、審判から出たバッターアウトの声は三度目だった。
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