第6話
謙一がいつも背負ってるリュックには博一の投手用グローブが入っている。
それを受け取った博一は投球練習として捕手と軽くキャッチボール。
「見てて良い気持ちにさせてくれると嬉しいな……か」
送り出された時に言われた白那の言葉を思い出す。
七回からのスタート。相手の打順は六番からで、順調に行けば最終回はクリーンナップと対決。全員三球三振が出来れば合計二十七球。
博一の服は運動用でもない私服。半袖なのが唯一の救いだろうか。
「打者一巡目ならなんとかなるか」
博一は捕手にキャッチボール終了の合図を送る。
「ストレートとカットボールとカーブの三種類で配球考えて貰えると助かります」
「分かった。けど大丈夫なのか? 相手はSK学園だぞ……? いや有り難いが」
「大丈夫です。あ、それとカーブの時は最初に構えた位置からミット動かさないで下さい」
「うん? あぁ、分かった」
「絶対ですよ?」
しっかりと釘を刺し、ベンチに行くと目の前に帽子が差し出される。部長だ。
「部長として不甲斐ないが……頼んだ……!」
「頼まれました」
博一は部長から帽子を受け継ぎ、マウンドに立つ。
前を見れば捕手と審判と。背中には守備陣が居る。空に浮かぶのは燦々と輝く太陽。野球をやるにはもってこいの天気。懐かしい感覚が溢れている。
「打たすならオレ様のところだぞ!」
「……」
懐かしくないのは少々守備陣が頼りないことくらいだ。
緩めの球で投球練習を済ませ、バッターボックスに打者が立つ。
「おいおい、誰だか知らねぇけど当てるのだけは勘弁してくれよ?」
「当てねぇよ。それに守備練習だけじゃなくて打撃練習もしたいだろ」
前に飛ばせたらの話だけどな、の言葉を博一は飲み込んだ。
捕手からのサインはストレート。右打者に対して外角低めの位置にミットを構えている。データに基づいた最も打球が飛ばし難いとされている場所。手始めに投げるには丁度良いと思った。
打者に対して正面を向き、グローブを胸の少し上で構える。
そこからゆったりと体を動かし、テイクバックの大きめなスリークォーターから摺り足のような形で踏み込み——投げる。まるで槍投げのように。
——ミットとボールが鳴らす音が静けさを呼び込んだ。
グラウンドに立っていたプレイヤーは勿論、両校のベンチも目を見開く。
「ストライーク!」
力強い審判のコールにはしゃいでいるのは土手で見ている二人だけ。
キャッチャーミットの素晴らしい快音は敵の気を引き締めさせた。
しかし、気を引き締めたからと言って簡単に打てる球でもなく。
「ストライク! バッターアウト!」
続くストレートとカットボールに当てることも出来ず空振り三振。
「ふむ、変化量もキレも悪くない。久々にしては良い感じだ」
「中々良い球じゃんか! だけど打たせなきゃオレ様が活躍出来ねぇだろ!」
「……悪い感じだ」
騒がしい遊撃手の言葉を無視して残る二人も三球三振。
続く裏の攻撃も安定の三者凡退。あっと言う間に八回表。
博一は九番打者も三球三振で仕留め、ここから上位打線の始まり。左の一番打者に初球ストレートは嫌な予感がしてカットボールを選ぶ。
左打者のインコースに切り込むカットボールは難しいはずだ。
だが、そこで初めて金属音が鳴る。
「ファウル!」
「初球のカットボールを当ててくるのか」
打者はバットを構え直し、鋭い眼光で博一を見据える。
「男にそんな熱い視線を向けられても嬉しくねぇな」
内角を意識させた後は外角一杯にストレート。
キン、とまたもや似たような音が響く。
「ファウル!」
「ふむ……」
速球に強いらしく、次はカーブを投げたい博一。
それは捕手も同じ考えだったようでカーブのサインが出る。構えたのは外角中段。
博一は捕手に絶対に動かすな、と視線で訴えてから腕を振る。さっきまで投げていた速球とは違い、すっぽ抜けたように上へ投げられた球。
打者が完全にボール球だと思ったその球は、まるでミットに吸い込まれるように曲がって落ちた。
「「「なっ!?」」」
「ストライク! バッターアウト!」
「良く動かさなかった。ポッと出の俺を信じてくれて助かるぜ、先輩」
カーブを見せた後は三球ストレートの見逃し三振で八回表終了。
博一は土手で見ている二人にピースサインをしながらベンチに戻る。最初こそ盛り上がっていた部員たちだが、圧倒的なピッチングに最早言葉を失っていた。
一方、SK学園ベンチは悪い意味での大騒ぎである。
その騒ぎを耳に入れた白那は満面の笑み。
「どう? 白那ちゃん、良い気持ち?」
「それはもう。最高のピッチングを生で見られて感激してる」
「打線が奮起しないのが悲しい。いやまあ打てないのは分かるけどさ!」
裏が始まっても表よりも早く攻撃が終わってしまう。
一巡目とは言え、謎の飛び入りピッチャーに三振の山を築かれ、相手投手も本気の本気で投げ込んでいた。あっさりと八回裏が終わり、迎えた九回表。
全国トップレベルのクリーンナップが燃えている。
絶対にかっ飛ばして泣きっ面を拝んでやる、と言う意志がダダ漏れだった。
「ふー、暑い暑い」
帽子を団扇代わりにして顔を仰ぐ博一。
緊張感も重圧も感じてない様子に捕手の顔が引き攣り、相手打線が青筋を立てる。
「舐めやがって……!」
必要以上に力が入る打者を見て、博一に出されたサインはカーブ。
「良し。肩も大分ほぐれた。頑張って捕って下さいよ、先輩」
キレの増したカーブを捉えるなんて出来るはずもなく、カーブ、カットボール、カーブで三球三振。続く四、五番には少し粘られたが、きっちり抑え、九回裏。
一番から始まり、全員三者凡退でここまで来ているので九番の博一にも打順が確実に回ってくる。初見殺しでしっかり抑えたのでそれで満足していたのだが。
博一がベンチに戻り、スマホを見ると白那からのメッセージ。
「一発お願い……?」
白那が普通に応援すると声質でバレる可能性があった。文字での頼みなのに白那の顔が容易に想像出来る。打つと信じて止まない綺麗な瞳が。
「……キャッチャー先輩」
「ん? どうした? と言うかなんだその呼び方は」
博一は捕手に声を掛けたのに視線を投手に向ける。一切合切逸らさぬように。
「名前を知らなくて。ところであのピッチャーは交代なしですか?」
「あぁ、エースじゃなくてもあれだ。全く歯が立たない。悔しいけどな」
長身のオーバースローから放たれる速球は脅威的な軌道でミットに放り込まれる。
加えて縦に落ちるようなチェンジアップ。見極めるのは至難の業だ。
「初打席の初球は何処に何の球でした?」
「インハイにストレート。初球は全員そうだったよ。流石に初手から内角ギリギリは狙えないのか多少は甘いけど……見ての通り甘い球ではねぇわな」
「そんじゃ、見ての通りに狙える相手のコントロールを願うとしますか」
先輩の助言を受け、ネクストバッターズサークルに向かう博一。
その前に、白那にメッセージを送っておく。
——目を逸らすなよ。
打点を告げる快音が響くまで後一人。
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