第4話


 翌日、博一はバイクの後ろに謙一を乗せて指定された住所へ。

 庭園の砂利道を通り抜けた先の妃ノ宮家は想像通り大きな豪邸。だが、和風庭園と裏腹に何故か家屋は和風ではない。要素があるとすれば瓦屋根くらいだった。

 邪魔にならなそうな位置にバイクを停め、降りる。


 「朝からの予定は珍しいと思ったら誰の家だー?」

 「お前の愛しの白那ちゃん」

 「いやいやまたまたご冗談を博一さん」

 「休日とは言え朝早いから騒ぐなよ」


 博一とは付き合いの長い謙一だ。口振りで嘘か本当かは大体分かる。


 「え? マジで!? 白那ちゃんの家……家ぇ!? いつの間にそんな仲良くなってたんだよ!?」

 「騒ぐなって言っただろ!? 別に俺だって家来るのは今日が初めてなんだよ!」

 「昨日の時点で言ってくれても良かったんじゃないのか!?」

 「妃ノ宮家に行くと言ったらお前眠れなくなりそうだろ」

 「心の準備と言うものが俺には必要なんだよぉ! でもちょっと待て、博一は知ってた上で夜を過ごしたと? 雑念はどうした雑念は! 健全な男子高校生なら誰もが抱えてしまう雑念は!」


 高校生の男子が姫と称される美少女クラスメイトの家に行く。間違いなんて起こるはずがなくても色々と考えてしまうのが人間の性と言うものである。

 

 「投げ捨てた」

 「何回だ?」

 「ナルと真剣勝負するくらいには苦戦した」

 「だよな……相手は白那ちゃんだもんな。深呼吸だけさせてくれ」


 謙一の深呼吸を見届けてから博一がインターホンを押す。

 ピンポーンと音が響き終えるのと同時に玄関のドアが開いた。


 「おはよう博一君。それと初めまして、中野君。妃ノ宮白那です」


 チョコレートカラーの衣服に身を包んだ白那が丁寧に挨拶をする。


 「おはよーさん」

 「初めまして白那ちゃん。知ってると思うけど俺は中野謙一。博一の大親友ってやつなのさっ! 敬語なんか使わなくて良いんだ、ぜ!」

 

 謙一はここぞとばかりに格好付け、キラキラオーラを放つ。

 普段通り過ぎるテンションの大親友に博一は呆れた。何処に雑念を抱えていたのだろうか。緊張感は微塵も感じられない。

 そんな謙一に白那は笑い声を弾ませた。


 「じゃあ、お言葉に甘えちゃおっかな? ともかく入って入って」

 「「お邪魔します」」


 そうして玄関に入ると幾つもの靴が並べられていた。

 博一はその綺麗な並びを崩さないように靴を揃え、家に上がる。直ぐ横に二階へ続く階段があり、白那が軽い足取りで階段をぴょんぴょんと上へ上へ。


 「私の部屋、二階だから!」

 

 二人はその後を追い掛け、白那の部屋に入る。

 白那の部屋は広いが、内装自体はそこまで派手ではなく、等身大の女子高生の部屋っぽい雰囲気に溢れていた。漫画や小説が詰めに詰められた本棚に贔屓球団含め野球関連のグッズで彩られている。

 アニメやゲームのグッズも見え、謙一が目を輝かせた。


 「えっ! 白那ちゃんもこれ好きなの!? 俺もなんだよー!」

 「そうだったの!?」

 「あの最終話でのシーンは最高だった」

 「だよねだよね!」


 初めて家に来て、初めてまともに喋ったはずなのに光の速さで打ち解けている。

 謙一のぐいぐい来る性格が新鮮なようで白那も会話をポンポン弾ませる。

 楽しそうな二人を博一が眺めていると部屋のドアをノックする音。


 「白那? 入るわよ?」

 「うーん! 良いよ!」


 白那の返事を聞いて部屋に入ってきたのは母親——のり子だ。穏やかで可愛らしい白那とは逆にキリッと整った目鼻立ちの美人でスタイル抜群だ。


 「お邪魔してます」

 「お、お邪魔してます!」


 まず博一が頭を下げ、話に夢中だった謙一も一瞬で向きを変えて頭を下げる。


 「こんにちは。白那の母です。博一君と謙一君で良かったのよね。どうぞゆっくりしていって下さいね」

 

 のり子は持ってきたお盆をテーブルに置き、ニコッと微笑んでから部屋を出る。

 お盆には人数分の暖かいお茶と大量のチョコレート。


 「チョコ好きなのは家でも同じなんだな」

 「どんどん増えるけど、どんどん減ってっちゃうんだ……えへへ」

 「それで、家に俺たち呼んで何するんだ? あ、いただきます」


 博一が白那にそう言って、お茶を飲む。なんとか雑念を払って来たものの、まだ目的を聞いていない。


 「実はずっとやりたいことがあってね。じゃん!」

 「教科書?」

 

 白那が持ち出したのは各教科の教科書。


 「うん。ほら、来週テストあるから勉強会しようかなって」

 「俺、数学なら多分教えられる」

 「私は社会科目と英語かな。中野君は?」

 「現代文なら任せてくれい!」


 自信満々に胸を叩く謙一だが。


 「お前点数にムラっけあるじゃん。そもそも現国なんて教えられんのか?」

 「ごめんなさい無理ですっ! 大体苦手なのでご教授お願いしますっ!」

 「正直でよろしい」

 「あはは……」

 

 そんな流れで朝から勉強会が始まった。

 三人の得意教科を中心に教え合い、全員苦手な教科は三人で解答解説を噛み砕いては理解するを繰り返して進めていく。

 時折、チョコを食べつつ会話を挟む。


 「そう言えばさ、聞くの忘れてたんだけど博一と白那ちゃんっていつの間に仲良くなってたの? 俺、全然気付かなかったんだけど?」

 「あれは丁度二年に上がって数日経ったくらいだったな。俺が担任に頼み事されて、一人で大量の書類を抱えてたらシロが手伝ってくれたんだっけ」

 「あの時、いきなり十割全部私にパスしたよね?」

 「その後に直ぐ七割取り戻したろ。ちょっとした戯れじゃんか。それとも姫に持たせるなんてとんでもない! とでも言えば良かったか?」

 

 数日しか経っていなかったあの時点で白那とクラスメイトの関係は確立していた。

 

 「ううん、すっごく嬉しかった」

 「確かにさぁ、白那ちゃんはビジュ良くて、物腰も柔らかくて、社長令嬢。人気者になるのは頷ける。けど、あれじゃあんまりじゃん?」

 

 誰も手を触れてはいけない高嶺の花。白那の人気は度が過ぎている。

 

 「対等な関係を築いてくれないのは寂しいもんな」

 「だから博一君たちが私と普通に接してくれて嬉しかった。今じゃ目を盗んで手伝うことも出来なくなっちゃったから絶好のチャンスを逃さなかったってことかも」

 「これからチャンスがないのなら得点圏打率は十割キープか。そりゃ凄い」

 「俺さぁー、学校でも気兼ねなく白那ちゃんと喋りたいんだけど……駄目かな?」

 

 チョコをポリポリと齧る謙一が白那に訊ねる。

 

 「他の奴らも大概だけど小佐向が許さないだろ。特に俺らは」

 「でなきゃ博一もこんな関係続けてない、か」

 「ごめんね」

 「俺は別に気にしてねぇよ。ケンだってそうだろ?」

 「白那ちゃんの友達になれただけでも最高だ、ぜ! でもさ、白那ちゃんが言っても聞いてくれないのー?」

 

 言うなれば白那はあの集団のトップに居る存在。

 謙一はそんな白那の言葉なら通じる可能性があると考えた。


 「多分通じないかな。それにきっとあれが皆んなが絞り出した私との向き合い方なんだと思う。だとしたら私も私なりに向き合いたい」

 

 白那は自分を姫として崇める人たちが居るのなら全力で姫を演じるつもりだ。

 本人がそう言うのなら博一たちが口を出す隙間はない。


 「それに秘密の関係って何か良いと思わない?」

 「それは確かにっ! と言うか俺も名前で呼んでくれると嬉しいんだけど!」

 「良いの? じゃあ、謙一君で」

 「うっはぁあああああ! 最高っ!」


 名前呼びに悶える謙一を横目で見ながら博一が口を開く。


 「そろそろ休憩しようぜ。飽きた」

 「座りっぱなしだったもんね。お散歩でもする?」

 「俺たちと歩いて大丈夫か?」


 散歩していて高校関係者に出会わないとは限らない。

 しかし、白那は心配はいらないとばかりに立ち上がり、クローゼットを漁り、チョコレートカラーの服にピッタリなキャスケットと伊達眼鏡を装備した。

 元の顔立ちの良さはともかく雰囲気はかなり変わった。

 得意げな白那に指を差す博一。


 「髪の毛、仕舞い忘れてるぞ」

 

 白那は無言で髪の毛を折り畳んで帽子の中に。ロングからミディアムに変身。

 それから三人は階段を降りて玄関に向かう。その途中で博一は足を止める。


 「トイレ行きたい。先に出ててくれ」

 「うん。トイレはあっちね」 

 「ほーい」


 なんとも分かりやすいトイレで用を足し、博一は手を洗う。ドアを開けて外に出ると、のり子とバッタリ出会した。

 

 「あら、お出掛け?」

 「本人曰くお散歩ですかね」

 「娘が高校の友達連れてくるのは初めてだから会えて嬉しいわ。博一君、本当にありがとう。あの子、最近凄く楽しそうなの」

 

 のり子の口調の端々から多幸感が溢れ出している。

 白那が親に愛されているのが見て取れる。

 

 「自分も凄く楽しいです、最近」


 謙一とはベクトルの違う誘いが多く、博一も白那との関係は新鮮で楽しかった。秘密にしている特別感があるのは同じ気持ちだ。それに可愛い女子と一緒に居るだけで不思議と気持ちは上がる。

 

 「それなら良かった。気を付けて行って来てね」

 「男二人。何があっても守ります」

 「それは頼もしい」


 博一が戯けたことを言えばのり子もその波に乗る。

 

 「行ってらっしゃい」

 「……」


 まるで博一の母親かのような暖かい言葉。


 「行ってきます」


 博一はそれだけ言って玄関の扉を開けた。

 のり子の顔は見られなかった。

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