海には良からぬものが棲んでいると言われる事が多い。海外に伝わるクラーケンや、シーサーペント、日本でも「柄杓くれえ」の舟幽霊から海坊主まで様々だ。人魚もその一つである。今作のものは人魚〝らしきもの〟ではあるが、便宜上人魚として扱わせて貰う。漁で引き揚げられたそれは、頭は齧られ、イルカのような皮膚、水掻きのある手と腕、鯨のような足鰭……そして膨れた腹。本作のこの怪異と腹の中の〝それ〟の遭遇から漁師たちの日常が歪んでいく様が描かれている。怪異が呼ぶ、ヒトを呼ぶ……そして、狂い始める認識。深き海の底から呼ぶものは、禍か、神か。
正統派の怪奇譚である。遠洋漁業という状況下では、偶か異様な体験をする事もあるのだろう。 昏く深い海嶺の果てには一体《何》が息づいているのか。それを想うと空恐ろしくなる。荒濤の波頭を越えて現れる人知を超えた《モノ》達は、殺生与奪と輪廻とを経験し、ある日突然人の領域へと侵蝕して行く。 妖しの《モノ》に名を呼ばわれる恐怖とは如何なるものか。深く昏い海の底へと成す術もなく沈んで行く様な、そんな心持ちでもあるのだろうか。
もっと見る