駆けつける

 正が会社の屋上でいつものようにタバコを吸っている。

 谷口がやってきて会議があるとつげる。

「会議?緊急かいな」

「んん、そやな。おれは出ーへんけど営業部の有志の緊急会議やて」

 

 正が小会議室に入ると十人ほどの主に若手の営業部員が沈鬱な顔をして座っている。

「桑瀬さん、遅いやないか」

「わるい。タバコ吸っててん」

「そんな悠長な。まあ、座ってん」

 議長の高村が今日の議題を説明し始める。

「みんな今日集まってもろたんは他でもない。例の話や」

 正には何のことか分からない。

「大企業でもないこの小さな商事会社に、近いうちに『経営企画室』が設けられるっちゅう話や。これが何を意味するか分かるわな。会社の従業員の給料総額は変われへんやろ。経営企画室には企業内弁護士やら会計士やら中小企業診断士やらエリートがヘッドハンティングされて入ってくるはずや。年棒も破格の額でな。つまりおれら下っ端の給料が減らされるっちゅうことや。給料が減らされるんならまだいい。おそらくどうでもいい総務部は廃止。経理部や財務部なんかの数字いじくる部門はAIで効率化されて人員削減。営業部もうかうかしてられん」

 ぼんやり聞いている正。頭の中は凜のことでいっぱいである。

「桑瀬さん、ぼうっとして聞いてんのか。営業部の中でも販売促進やらマーケティングやらがAIに取って変わられるもっとも危ない仕事なんやで!」

 バン!と机を叩く高村。目が覚める正。

「時代の波には逆らえん。労働争議なんか起こしても上のもんには一蹴されるやろ。むしろそれをネタにリストラが加速する。どうにもならん。手詰まりや」

 

 しーんとなる会議室。


 正はまたうつ病に落ちていく予感がする。凜のことも手詰まり。仕事も手詰まり。みんなの反応をただ黙って見ているしかない。

(会社やめよかな。若手がこう言うてるんや。間違いのない話やろうしな……)

 会議は遅々として進まない。皆だれも解決策を見いだせない。

 解散になった。また屋上に上がりタバコを取り出し深く吸う。

(お先真っ暗や、はぁ)

 谷口がやってきた。この男仕事してるんかいな。

「どんな話やってん」

 正は正直に伝える。谷口は目をむく。

「いよいよこんな会社にもAIの波が押し寄せるんか。ホワイトカラーエグゼプションもこれを見据えた政府の方針やったんやな。なんも説明せんと勝手に法律変えようとしてる。理由は後出し。優秀な人材のエンゲージメントも低下して労働生産性は一気に落ちる。ひどい話や。この会社の行く末が目にみえるようや。政府は何をしたいんかな。この国を潰すつもりやろか。分らん。まるで分らん時代や。誰が黒幕なんや。おれら下っ端にはなんも見えんように操られてるな。水面下でこそこそこの国を衰退させようとしてる奴らが動いてんのは間違いない。巧妙に欧米では導入されている制度やからやと強引に進められてる。民意を喚起するしかない。選挙で……」

「おれな」

「なんや」

「会社辞めるわ」

 しばしの沈黙。谷口が二本目のタバコを吸いはじめる。

「もうついていけんわ。AIがどうちゃらこうちゃら。時代の波に流されんような仕事探すわ」

「……好きにしたらええやん」

「ああ。世話になったな」

 うつろな目をぼんやり前に向ける谷口。必死に言葉を探しているが何も見つからない。

「今日、飲みに行こか」

 そう言うのが精一杯だった。


 凜が家出をしてから五日目。友人のお母さんが凜に静かにつげる。

「帰りなさい、もう。ご家族の方が心配してるで」

 凜はなにも言わず、友人の部屋に行き睡眠薬を大量に服用し眠る。現実から逃がれるために。


 正は意を決して中山家に電話をする。電話に出たのは母。父と交代する。

「桑瀬さん、もう、うちに関わるのはやめてくれへんか。凛が可哀想やわ」

「お父さん、話を聞くだけでも……」

 電話は無情に切られる。

 焦り中山家に駆けつける。玄関に出たのは夏海。もっともおそろしいのがでてきた。

 どーんと玄関を思い切り閉められた。

 正は覚悟を決めてきた。玄関先でひざをつき、頭をさげる。


 そのまま動かなくなった。


 玄関先で土下座をすること三日目。誰も相手をしない中、母がそっとお盆を持って食事を正の横に置く。

 正はそれに手を付けない。母が決心する。

「正さん。なんや事情があるんでしょう?くわしく教えてくれませんか。みんないません。さあお入りになって」

 素直に従い家に入る正。

 正の話をきく母。

「それは仕方ないわ。ようやく事情がのみこめたわ。みんな凜の味方やからな。感情的になって正さんの言い分を聞こうともせん。私がなんとかみんなを説得してみますわ」

 正は一言。


「ありがとうございます……」


 ひとつぶの涙をこぼす。

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