家族

 どしゃ降りの雨の夕方、家族会議が始まった。


 母が必死になって家族を説得している。みんな事情が分かってもはいそうですかとなるはずがない。

「理由は分かったやろ。もうみんな感情的になるのはやめて、冷静に考えよ」

 黙って聞いていた聡が腕組みをしながら口を開く。

「正さんをゆるそう」

「あなた……」

 父が驚いて聡に聞く。

「おまえはゆるせるのか」

「事情はのみこめた。心の底から正さんをゆるせているわけやない。でも……ねーやんをその昔地獄から救い出したんはまぎれもなく正さんや。恩がある。いろんな正さんのいたらないところを考えてもやっぱりねーやんをまた救い出せるのは正さんしかおれへん。ねーやんのためにも正さんをゆるすしかない。それしか解決の道はない」


 家族は黙って聞いている。


「おれはな。昔、夏海と再会してもじゃけんにしててん。夏海が会社で不遇な扱いをうけてるのは知ってたけど、夏海を救い出すのが正直めんどくさかったんや。その時な、師匠から怒られてん。その時師匠から男の道を教えられてん。こう言われたんや。全てを分かった上で相手をゆるす。それが男っちゅーもんや。でないと男がすたる。それがほんまの男っちゅーもんやと」

 夏海が涙をこぼす。

「そんなことがあったの……」

「ああ、だからおれらは今幸せに暮らせてる。おれはもうあの時のおれやない。師匠の言葉でほんまの男になったつもりや。正さんをゆるそう」

 父がうなずく。

「いちばんこけにされた聡が納得するんならおれはなんも言わへん。正さんを家族として迎え入れてあげようやないか。ええな、夏海ちゃん」

「……分かりました」

 母が安堵の表情を浮かべる。

「よかったわ。これで一件落着やな」

 聡が玄関の引き戸をずるずる開ける。

 正が玄関前に立っていた。ずぶ濡れのその肩にリュックを背負って。

「つらいか。正さん」

 正はなにも言わない。

 聡が正の前で膝をつく。そして頭をさげる。

「ねーやんと陽士を幸せにしてやってくれ!」

 正の目から涙が。

「ゆるしてくれるんか。聡くん。ほんまにすまんかった」

「ええんや。もうええんや」

 ふたりで家の中に入る。


 家族が正を迎え入れる。

「まあ、なにはともあれ先に風呂にはいりや。臭いわ」

 母の言葉にみなが笑う。

 正はただただ泣いている。

「ありがとう、ありがとうございます!」

「ビールは黒ビールやったな」

「好きです」

「おまえ、黒ビール買ってこいや」

「はい!」

「夏海ちゃんはおつまみの支度や。今日は飲むどー!」

 突然リーダーシップをとりはじめた父。聡は苦笑する。

「飲みたいだけやん」

「ええやん。祝や祝!久しぶりに納屋にしまってあるカラオケボックス出すど!」

「歌いたいだけやん」

「あほ。歌はすべてを忘れさせる。そのためや。今日は歌うどー!」

「8トラックのボロいやつやろ。もう何十年も使ってへんのちゃうか?あれな〜、演歌しか入ってへんやん、おれ『粉雪』歌いたいし」

「季節とシュチュエーションを考えや。そうや、おまえはギター弾けたな。弾き語りすればええやん」

 聡は頭を抱える。

「エレキギターやで。しかも弾けるのは洋楽のハードロックや。いまいきなり弾き語りできるのはボンジョビぐらいしかないで。『禁じられた愛』ちゅー曲や。いちばんふさわしくないやん」

「英語なんか歌詞分かれへんからそんでええやん」

 夏海が喜んでそわそわしだす。

「押し入れにキーボードあるわ!バンドでやったやつでしょ。確か『ゆーぎぶらぶあばっとねーむ』まだ弾ける。取ってくるわ!」

「バットやのうてバッド!」

 一気にあわただしくなってきた。


 和解の瞬間。みなの冷え切った心がいっぺんに氷解し、その場におだやかな風がふく。

「お父さん、お母さん。聡くん。夏海ちゃん。またあらためてよろしくお願いいたします」

 頭をさげる正。

「まあ正さん、顔を上げてくださいな。こちらこそ凜をよろしくお願いいたします」

 ゆっくりと正が陽士の方をむく。

「こんなバカなおとんでもゆるしてくれるか、陽士」

 陽士がうれしそうに言う。

「おれら家族やん。あたりまえやん」

 陽士がこらえきれず泣きながら正に抱きつく。

 こんなにいっぱい言いたいことを用意していたのに言葉が出ない。正も涙しながら陽士を抱きしめる。

 聡も難しい顔をしながらもこの親子をじっと見つめている。

(これでええんや……)

 陽士の姿を見て、母が涙ぐむ。

「あとは凜だけやな。家族みんなでスクラム組んで、凜を説得するで!」

「おー!」

 笑顔、笑顔、泣き笑い。みなが喜んでいるのに、なぜか涙が止まらない。

「よかったやん、よかったやん……」

 母がぞうきんで涙を拭いている。

「汚な!それぞうきんちゃうか?」

 父の言葉でさらに爆笑。


 なにかあったら宴会、宴会。正は雰囲気に流されるしかない。

「正さんはなにを歌うんや?」

「え?……いや、あの、その……」

「歌わんことはでけへんで」

「じゃあ、美空ひばりの『時の流に身をまかせ』を……」

「あほか!それはテレサテンや」

「ええやん、そんな細かいこと」

 宴会が始まった。まずはビールを一斉に飲む。

「うま!えらいうまいな、この黒ビール」

「おいしいでしょう。僕はこれしか飲みません」

「よっしゃ、気に入った!これから我が家のビールはこれにしよ!」

 トップバッターは父だ。「アマン」のカセットを入れる。

 母が歌いだす。

「ああ、今夜だけふたりのいのちはひとつ〜」

 父が応える。

「ああ、明日からふたりのいのちはふたつ〜」

「別れの歌やん!」

 聡が突っ込む。

 正はただただこの家族のペースに巻き込まれていくしかない。

 しかし、それが嬉しい。

 そこへ凜から連絡があった。帰ってくるということだった。母が嬉しそうに電話を切る。

 さあ、凜が帰ってくるのが楽しみだ。

 家族そろって玄関に行き、みんなみかんを食べながら笑顔で凜の帰りを待っている。


「ただいま……なんで宴会してんねん!」

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