絶体絶命

 今日も正のアパートにみさきが料理を作りに来ている。台所から聞こえてくるせわしながらも心地いい音を、にこにこしながら聞いている正。

 でも決めている。今日別れを切り出すと。凜とまたよりを戻す。どう言い訳するか。頭の中はそのことでいっぱいだ。

(すいません、相性が合いませんでした……傷つくやろな。実は元の妻とよりを戻しまして……これもだめや。あかん。なんも思いうかばへん)

 料理が運ばれてきた。今日は洋食。ビーフストロガノフとサラダ。うまそうだ。

 会話がはずむ。あせる正。ヤバい。別れる雰囲気にならない。

 正は立ち上がり、ウィスキーを持ってくる。料理の前にどかりと座り、ウィスキーをラッパ飲みする。

「さあ、食べて。私もビールをいただくわ」

 みさきも黒ビールを飲みはじめる。そして手をあわせて箸をとり、ビーフストロガノフを食べ始める。

 正は一気に酔っ払い、みさきに切りこむ。

「みさきさん! 別れて下さい!」

 きょとんとしているみさき。

「元の妻……凛とまた一緒になる決心をしました。息子が来年受験なんです。私の助けがいります!」

 思いつめた顔をして、みさきが服を脱ぎはじめる。裸のみさきを見ていると、正の男が反応する。

「服を着てください!」

「もう勃ってるくせに。お風呂に入ってきます」

 そのままみさきは風呂場へ。正はさらにウィスキーをあおる。

 

 自分の赤い軽自動車を凛は町に向かって走らせる。

(あの人、びっくりしよるやろな)

 スーパーで買った食材を助手席に、凜がほほ笑んでいる。

 正の好物のミミイカだ。5パック買った。にんにくで風味づけして塩だけで炒める。簡単簡単。ビールも正の好物の黒ビール。デザートも正の好物のプリン。準備は万端である。

 カーコンポでむかし一緒に聞いていた歌をかけている。


 アパートについた。凜が玄関を嬉々として開ける。

「あなた。晩ごはん作りに来たわよ!」

「凛……う、わ、やばっ!」

 凛が靴を脱ぎ台所へ直行する。

「あなたの大好物のミミイカよ。ふふん」

 正はウィスキーをさらにあおる。

 凛が廊下に顔をだす。

「なんやお風呂場から音がすんな」

「あぁ、今風呂いれてるとこや。気にすんな」

 凛が洗面場の引き戸を開ける。そして絶叫!

 正が立ち上がるも、足がふらつきバタリと前に倒れてしまう。

「違うんや!凛!」

 洗面場でどかどか取っ組み合いの修羅場が始まった。正はなすすべもなくため息をはく。

 凛が戻ってきた。そして倒れた正を踏みつけ、靴もはかずに泣きながらその場を去る。


 凜は町に消えた。


 中山家は夕食に誰も手をつけずに凜の帰りを待っている。

「お母ちゃん、おなかへった」

 夏海は一彦にご飯を食べさせる。ひとりだけ嬉々として夕食を食べはじめる一彦。

「なんかあったんかな」

 聡の言葉に父が目を閉じる。

「正さんのとこに泊ってるかもしれん。聡、電話かけてみ」

「そうするわ」

 夏海のスマホを借り、正に連絡を取る。しばらくして正が出る。

「うん、うん……なんちゅうことになってんねん!正さん!おしまいやんか!」

 声を荒げる聡に家族ははらはらしはじめる。

 聡は電話を切った。

「なんやて」

「もう、言いたくない。あの人をかいかぶってたわ。ぶち壊しや。ねーやんの病気が悪化するで。悪い方向にすすむ。間違いない。もうええやん。飯食おう」

 沈鬱な面持ちでみんなが食べ始める。聡はビールをがばがば飲む。夏海は心配そうに聡を見る。

 父が凜に連絡を取る。しかし電話に出ない。5分待った。

「あかんわ。なんやねん。言いや、聡!」

 聡がぼつぼつ説明しはじめる。母が泣き始める。

「かわいそうに凜。めちゃめちゃやん……」

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