ためらいと決心
小さなビルの屋上。喫煙者はこんなところにまで追いやられた嫌な世の中。正は思いつめた表情でタバコをふかしている。
「おったおった」
谷口が近寄りポケットから同じくタバコを取り出してライターで火をつける。
「あのなあ」
「んー?」
こいつに言っても仕方がないよなと思いながらも誰かに聞いてほしかった。
「元のヨメはんが出会い系サイトやってた。見つけてもうたんや」
「どういうこっちゃ」
正は谷口にいまの心境を話し始める。
「んー。こんど会う約束したんや。みさきちゃんっていうんやけどな。でも凜を見つけて動揺してな、迷てんねん」
「なにを?」
「凜と話そうかなと」
谷口は露骨にまゆをひそめる。
「やめとけや。そんな未練たらしいこと。その新しい恋を実らしたらええやんか。恋っていうのはな、常時新鮮な方が心は沸き立つもんや。元のヨメはんと連絡とってみい。逆にまたうつになるで」
谷口が持論を展開しながら煙を吐き出す。
「おれはいまも凜を愛してる」
「ん?たしかお前が逃げ出したんやなかったっけ。たまにヨメはんと会うんでまた惚れなおしたとか」
「ちゃう。ずっとや。心からぬぐいきれん。でも病気がなー、ほんま怖いねん。寝てるとき殺されるかもしれへん恐怖なんか分らんやろ。睡眠障害になるんや。仕事に影響がでる。でもまた一緒に暮らしたい。陽士のためにも。来年受験やねん。いろいろ考えてるんや」
一言ひとことつぶやく。谷口は黙って聞いている。
とつとつと語る正をじっと見つめていると、なにも言えない。
「まあ、やりたいようにやりや。おれからはそれしか言えへん」
「ああ、まあそやな」
ベッドの上でごろんと横になる。スマホをいじくり始める正。凜のページに飛び、プロフィールを眺めている。
(「グラマー」って、なんちゅう名前やねんな。たいしてグラマーちゃうやん)
薄ら笑いを思わずうかべる。
(家事手伝いか。家で暴れとるんちゃうやろな……)
暴れている。というか入院している。
連絡を入れるべきかどうか、ぎりぎりのところで迷っている。
(おれの写真、釣りの時のやな。帽子かぶってるし、海の反射で影が白く飛んでるし。連絡取ってもおれとばれへんのちゃうんかな)
決意し、足あとをつける。そのあいだに風呂に入る。風呂からあがっても返事はない。
(見てへんか。まあこんな短い時間やったら当たり前か)
スマホを充電器に差し込み、忘れてテレビを見ながら晩飯を食う正。
そのとき「ピロン」とタッポルの通知が。
スマホを手に取る正。開いてみると、やはり凛だ。緊張する。おそるおそる会話が始まった。
「始めまして、カメムシです」
「こちらこそ、グラマーです(笑)」
「グラマーなんですか(笑)」
「まあ、そこそこですけど(笑)」
「ご趣味はなんですか」
「部屋でユーチューブばかり見てますわ。退屈なんです。家事手伝いなんて」
「ふーん、私は釣りと、野球観戦、まあ、ありきたりに阪神ファンなんですけど、阪神好きですか」
「大好きです!今季先発に入ったルーキーの咲也凄いですよね、ストレートが158キロでしょう。大リーガー並みですよね」
「ですねー期待大ですね」
あたりさわりのない会話が続く。
「では、また」
「はい。また!」
ウキウキスマホを見つめる凛。薔薇色の将来を夢見ながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます