いきなり

「思ってたよりもかっこいいです」

 ストローを口にくわえながらみさきが嬉しそうに言う。

「ほんとですか。みさきさんも可愛いいですよ」

 にやける正。

 ここはとある喫茶店。初顔合わせにお互い緊張している。

「あのー」

「はい」

「今日お部屋にうかがうのだめですか」

 突然のみさきの言葉に狼狽する。

「お料理食べてもらおうと思って」

「あ、あぁ、そういうことですか」


 喫茶店を出て、正の近くの商店街へみさきを車に乗せて鼻歌まじりでむかう。久しぶりの女性とのデートに機嫌のいい正。

 みさきが商店街を練り歩きながら魚や野菜、香辛料などを買っていく。一角に100均もあったので食器ひとそろえも忘れずに。

 正のアパートに着いた。駐車場に車を停め、食材の入ったビニール袋を正が持ってやり、部屋にむかう。鍵を開け、正が台所へ食材を「よっこらせ」と置いた。

 遠慮がちにみさきが玄関から入ってくる。スーパーで買ってきた食材を台所に持っていき、せわしなく動いている様子。

 正はなんとはない心もちで布団を取り除いたこたつに足を入れ寝っ転がっていた。

 嬉しそうに出来上った品をこたつの上に一皿ひとさら置いていくみさき。メインはぶり大根。季節外れだがうまそうだ。

 ビールを乾杯し、食事に手をつける。

「うまっ!」

 がつがつ食べ始めた正を嬉しそうに見ているみさき。

 こういう家庭料理は何年ぶりのことだろう。腹にしみわたる滋味。目を閉じるとみさきとの幸せな生活が脳裏に浮かぶ。

 食事を終え、「はー食った食った」とまたごろんとなる正。

「おいしかったですか」

「大満足ですよ」

「よかったー!」

 はしゃぐ若いみさきをまぶしく見つめる正。

(今日のデートは完璧やった。好印象をもってくれたかな)

 みさきが台所で洗い物をしているあいだ、横になったままその幸せな音を目をつぶって聞いていると心の底から家族がほしいと思う正。

 みさきがリビングにもどってきた。横のビニール袋からビールを一本取り出し、みさきに勧める。

「うわ。なにこれおいしい!」

「飲んだことないんですね、黒ビール。ふつうのビールと比べて甘いでしょう」

「ええ、おいしいですわ。コーヒーみたい」

「なるほど、そんな味ですかね」

 正もあらためてもう一杯。

 おもむろに立ち上がり、みさきと一緒にテレビの方へ向かい、テレビ棚にしまってあるDVDコレクションをながめる。

「気にいったのありますかね?」

「んーと、これ面白そう!」

「あれ?見たことないんですか『ラストサムライ』。超有名な映画なのに」

「あー、あんまり興味なかったですねー。公開されたのが確か私が小学生のときだったんで」

「なるほど。僕はこの映画が大好きでねー。最初から最後まで泣きシーン満載なんですよ。会社でストレスがたまったときなんかにこれを見て思いきり泣くんです。とくに最後のシーンは名場面で、いつも必ず号泣します。あ、思い出すだけでもうるうるきてます。はは。ではこれを一緒に見ましょうか」

「はい!楽しみです」

 みさきは乗り気で後ろに下がり、こたつ布団を引きよせその上にリラックスした姿勢で座る。

 上映がはじまった。トム・クルーズ演じるネイサン・オルグレンが日本に船で渡るとき、鏡を見ながら軍服に身を通していると、昔自分が虐殺してしまったインディアンの子供が逃げまわるシーンが頭をよぎり思わず軍服を脱ぐシーン。正はもうここで軽く泣き始める。

 不思議そうに正を見るみさき。

「え~。泣きどころですか?」

「ええ、まあ。僕は全部の筋を知っているのでこのシーンだけですべて思い出すんですよ。で自然とオルグレンの苦悩が我がことに感じて涙が出ますね」

「ふーん。そんなもんですか。先が楽しみです」

 映画はとうとうと進み、正はたびたび泣いてしまうが、みさきはお菓子をぽりぽり口にしながら見ているだけ。

 クライマックス。勝元率いるサムライ軍は近代化した農民の徴兵達に銃器で攻められ、ついに勝元たちは新たに新政府軍に導入された機関銃の前になすすべもなく馬ごとめった打ちにされ、落馬し勝元は動けなくなる。

 オルグレンは、名誉の中で死にたいという勝元の最後の願いをかなえるため、刀を勝元の心臓に突き刺し、勝元は目をかっと見開き、目の前の満開に咲いた桜を見て

「みごとだ……」と言い力尽きてゆく。


 正、号泣。きょとんとしているみさき。


「面白かったですか」

「ええ、面白かったですわ」

 小首をかしげながら答えるみさき。

 DVDを棚にしまう間にみさきはトイレに行く。そしてビールをもう一杯飲み干し立ち上がり、正の横に正座する。

「今からよろしいですか」

「ん?なにがですか」

 みさきが正をじっと見つめながら言葉を探している。

「私、真剣なんです。結婚のこと。もう決めてるんです。正さんと一緒になりたいって。相性を知っておきたいんです」

 なんのことか分からない。

「泊まってもいいですか。スキンも持ってきています」

「ええー!」

 唖然としながらも、正は結婚を考えている女性が使っているサイトだということを改めて思い出す。

「いいんですか!やないわ。どうしたんですか!」

 みさきはその言葉をイエスと受け取ったようだ。

 男は単純だ。一気にその気になり下半身が反応する。こうなるともう抑えようがない。止めることなどできない。

 みさきが立ち上がり服を脱ぎ始める。呆然と見ているだけの正。

 下着姿になったみさき。正もあわてて脱いでいく。

「お風呂に入ってきます!」

 シャワーを浴びながら、真剣に考える。

(凜のことは忘れよう)


 ベッドにみさきがバスタオルを巻き入ってきた。久しぶりの情事。手が震える。

 積極的にみさきがくちづけをしてくる。まごまごするしかない正。もうされるがままだ。

 みさきの胸があらわになった。きれいだ。夢中でしゃぶりつく。

 凜を思い出す。凜とのあいだには陽士一人しかできなかった。子供が好きな正には夢がある。分別がつくころになれば人生のこと、世の中のこと、経済の仕組み、人としての道、愛の大切さ。

 できるだけ多くのことを伝えたい。陽士とは離ればなれとなり、それもいまとなってはかなわぬ夢だ。


 若いみさきとならできる。そう確信を持った。

 すべてが終わり、みさきが正の胸に顔をうずめている。正はみさきを抱きしめる。またすぐにむくむくと情動が沸きあがる。二度目を求める正。とろんとした目で受け入れるみさき。


 苦しいほど楽しい夜が続く。


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