タッポル

 正はベッドでごろ寝をしながらいろんなサイトを調べている。

「出会い系か……」

 もう今年で40歳の大台を迎える。そんな中年男に振り向いてくれる女なんているのか。

 安全なサイト一覧という記事を見つけた。チャンス、みらい、タッポル……

 独自の潜入捜査でサクラや投資話などを持ち出すやからがいないサイトはどこか調べている記事があった。

(星、4.5のタッポルが一番評判がええんか)

 アプリを落とし、アカウントを作成する。身分証明書の顔写真を要請してくるので運転免許証を写真に撮る。

 なるほどこれなら安心だ。女性側も同じ手続きをしているならば、だが。

 煩雑な手続きを終え、アカウント取得は突破した。

(おなまえ……ニックネームでええんかいな)

「エレファントカメムシ、と」

 自分が好きなバンドをもじってニックネームにした。

 出会い画面に切り替わる。いざ出会い系デビューである。

「足あと」がぽつぽつつく。ボタンを押せばマッチングする。

「こんにちは!私はバービーといいます。よろしくですー!」

「こんにちは。カメムシです。こちらこそ」

「お名前に笑いました!エレカシのファンですか?私も何曲か知っています!」

 会話が始まった。もうあとにはひけない。

 やりとりから30代後半と判明。年代的にも釣り合う。顔も可愛い。どんどん楽しくなる。

「カメムシさんは投資に興味はおありですか?」

「いやー特に……投資してるんですか」

「そうなんですよー。儲けています!カメムシさんも一緒にやりませんか?」

「いや、私は、あの、そういうことは、苦手でして」

 こりゃいかんと正は思った。突然投資話をしてくる相手は99%詐欺と思っていいとあるサイトに書いてあったからだ。

「では、失礼いたします」

 突然打ち切り、ブロックをする。

 心臓がバクバク鳴っている。

(こりゃあかん、要注意やな)

 再び可愛い子を見つけ、足あとを押す。

 話が弾む。今度こそ大丈夫だと思ったその時、

「カメムシさんは仮想通貨をやっていますか?」

 即刻ブロック。

 マッチングしてはブロック、マッチングしてはブロック。これの繰り返しだ。

「えーい、全く使えんやないか!」

 またベッドに倒れ込む。


 20代、顔は普通。バツイチ、経済力重視。

 正の年収は600万円。高いかどうか分からないが、可愛い子は逆にだめだと学習した正は、こういう子のほうが安心できるかなとマッチング。

「(✿✪‿✪。)ノコンチャ♡」

(いきなりきっついな)

「みきといいます。よろしくです」

「カメムシです。こちらこそよろしくお願いします」

「私、まだ3日目で慣れてないんです」

「私なんか初日ですよ。でもマッチングした相手となにかもう一つ話が合いませんで、切ってばかりなんです」

「分かりますよー。投資話を持ちかけられるんでしょ。こっちもそればっかりで。でもこの人なら安心そうだなって」

 少しずつ話が弾みだす。気が合う女性だ。これは本物だと正は切り出す。

「よろしかったらラインアドレス交換しませんか」

「いいですよ」

 一歩進んだ。サクラでも詐欺でもなさそうだ。ラインでのやりとりが始まった。

 趣味のこと、会社のこと、一歩踏み込んで家族のこと。

「そうですか~。お子さんがいらっしゃるんですね」

「月に一回会う約束をしています。成長を見守るのがなによりうれしいですね」

「……では、今日はこれで失礼させていただきます」

「それじゃあ、また」


 ラインをきった。心が踊っているのに気づく。楽しくてうつを忘れるほどだ。

(確かに陽士の言うとおり楽しいな)

 そこに電話が鳴る。陽士からだ。

「陽士か、どうした?」

「おかんが解放病棟に移ってん。UNJに行けるで」

「そうか、お前はいつがええねん」

「あさって火曜日、学校休むし。平日に行こうや」

「OK。勉強がんばりや」

「うん。ところであれは始めたか、マッチングアプリ」

「今日こそ始めたとこや、まあお前のいうとおり楽しかったわ」

「うつはとれたか」

「そうやなあ、すっかりうつのこと忘れてたわ。ありがとうな」

「ええ人おったんか」

「まあな、……そんなこと聞くなや。ふふ、まあ、ええ子がおったわ」

「そうか、がんばりや。おれからはそんだけや」

「ああ、火曜日朝9時にいつもの駅前で待ってるわ」

「うん。ほしたらな」

「ああ、お休みな」

 電話が切れた。火曜日が楽しみだ。

 約半年ぶりに会う凛。何の話をしようかと思うが、今から考えても仕方がない。

 出たとこ勝負だ。


 聡は次の銘柄を探している。

 投資情報サイトを見ながら条件に当てはまる割安株を中心に探しているのだが、なかなかこれといった銘柄はない。

「うーん、今日はここまでにしとくか」

 月産自動車の株価を見る。落ちている。

(500円切ったらナンピンしよか)

 ナンピンとは銘柄の株価が落ちたらまた買って平均取得価格を下げる投資手法だ。

 少しだけリスクが高い。

 情報・通信セクターを物色してみる。PBR0.2倍の銘柄を見つけた。四季報を読んでみると「黒字に浮上」とある。さらにチャートやニュースや指標を調べ上げる。

「なんの問題もないやん」

 株価はこれまた激安の400円台。

 値動きをじっと見つめる。400円を切った時に100万円分の買いを入れる。

「よし!」

 約定価格は392円。おそらくここらが底だろう。

 聡は確信する。


 冷静に冷静に。

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