時は過ぎゆく

 聡と田中はパチンコ屋の駐車場の中にいる。クーラーをきかせ、開店するのを待っている。

 並び順は23番と18番。10時まであと15分。わずらわしい時間だ。聡の好きな音楽をかけている中、田中は週刊漫画誌を読んでいる。


「どれに座っても同じや」

 田中が聡のぼやきに反応する。

「夢のないこと言うなや」

「でもなあ、もうなん年も前にパチンコは死んだ。時代の終わりちゅーやつや」

 聡がため息をつく。

「もうホンマにあかんな。田中。今年に入ってどんだけ負けてん」

「分からん。30万ぐらいかな」

「やろ。潮時や」

 田中がある漫画を見せる。

「この漫画、百巻いったらしいで」

「まだ続いてんのか、それ。マンネリや、でも読者がいる限り続けるんやろうなあ。打ち切りや。その漫画も、パチンコも」

「寂しいこと言うなや。この漫画好きやねん」

 開店5分前客が整列を始める。聡と田中も車から出る。

 ドアが開いた。目当ては羽モノ。少しダッシュする。

 聡は釘を読む。とてもじゃないが打てそうにない。羽モノコーナーは全ての種類が違う。釘読みも何もあったものではない。

「えーい、適当に座ろ」

 田中が横に来る。

「ゲーム性がまったく分かれへんな」

 羽モノも液晶画面が大きくなっている。昔は役物の中が面白かったのに。

 聡は席を立ち、また他の台をさがす。

「これ、なんやねん」

 よく見ると1回開くチャッカーだけあって、2回がない。そして役物の中には3っつの穴が。

「これ一発台やんか!」

 鎧釘の隙間を通ると直接入りそうな構造になっている。

「これはおもろそうや」

 聡はご満悦で打ち始める。

 1回に入ると羽が開く。その時に運よく玉が羽に乗れば役物に吸い込まれる。

「ピュルン」

 一つ目がチャッカーに入った。

 羽が玉を拾った。緊迫の瞬間。しかし玉は後ろにまわってお流れだ。

「まあ、おもろいんちゃうか」

 田中は必死な顔で玉の流れを見ている。

 聡もゲームに戻る。なかなか1回に入らない。あっというまに千円が消えた。

(金食うわな)

 時の流れは恐ろしい。羽モノも足が速くなっている。聡は気なってチャッカーの戻し玉を数えてみる。3玉戻しだ。セブン機と変わらない。羽モノまで金食いゲームになってしまっている。

(この業界ももうしまいやな)

 そう思いながらもまた千円をつっこみ、続ける。

「ピュルン」

 しかし今度は羽に乗らない。

 三千円目に突入だ。今日の予定は五千円まで。それしか財布に入れてない。

「ピュルン」

 今度は羽に乗った。円盤の上を玉が回り始める。

(真ん中に来い!)

 聡の願いが天に届いたのか、みごとストライク。羽がカパカパ開き始める。

 液晶には2回の表示が!

(まじか!)

 玉は下皿にたまっただけ。気絶しそうになる。

 カズが言うには昔は一撃一万五千円あったというのに。

「はぁ……」

 田中が当たったようだ。液晶画面を見ると15回。「へへ」にやりと笑う。

 聡は五千円がすべてパー。田中は一万二千円。

「もう十分やろ。これでパチンコ打つのやめや」

「なんやあの玉の減り方。セブン機と変わらんやん。さすがにおれもあいそがついたわ」

 ふたりとぼとぼ家路につく。


 ラーメンをすすりながら田中があくびをしている。

 ぼきぼきと首をならし、物憂げに聡に友だちの近況報告をする。

「小林んとこなー、また子供できたらしいで」

「まじか。何人目や」

「おれも憶えてへんわ。たしか五人目ちゃうか」

「小林、なつかしいな。おまえ、まだ付き合いあんの?」

「ああ、まあな。たまーに飲みに行ってるで」

 聡はスープまで全部飲み干している。

「塩分の取り過ぎになるで」

「あほ。ラーメンはスープまで味わい尽くして満足するもんやないか。しかしあれやな~。あのいじめられっ子やった小林も一家のあるじか。おれも歳とるはずや」

「悲しいこというなや。おれはどうなんねん。まだ独り身やど。なんぎしてるわ」

「ふふん。歳とらんはずやな。ご愁傷様」

 ジト目で聡を見る中山。横のすりおろしにんにくをどばっと聡のどんぶりにぶちこむ。

「へへ」

 聡は満面の笑みだ。

「残念でしたー。おれにんにく大好きやねん。最高やんか」

 レンゲで残ったスープとにんにくをまぜまぜし、うまそうに飲み干した。

「こんど小林も誘って、あの岩場でチヌやろうや」

「ああ、連絡とっとくわ。来週か?」

「まだ分かれへん。決まったら言うわ」

「岩場かー。おれの竿4メートルぐらいやからな~。深みに届くかな~」

「おまえは浮き釣りしたらええやん。落とし餌もおれが買うてやるし。しょせんおまえは人のふんどしで勝負する奴やん。おれはちゃうで。チヌいうたら、落とし込みやないとおもろないやないか。食いが来るとダイレクトに伝わる。チヌ釣りの醍醐味や。ものごとの醍醐味を常に味わっとかんと、死ぬとき後悔するで」

 田中が今度は紅しょうがをさとしのどんぶりに大量投入する。目を輝かせ、わしわし口に放り込んでいく聡。

「ごっそーさん。ほな、出るで」

 うーん。なんだかいつも一枚上手の聡にかなわない田中。

 小さなころからずっとこの調子だった気がしてクスリと笑う。

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