プロギャンブラー
聡はパソコンの前にいる。パソコンにダウンロードしているトレードツールを操作し、今の資産額合計を見ている。そこには1600万円を超える資産が計上されている。毎月毎月10万円づつインドの上場投信に積み立て、資産もわずかづつではあるがふくらんでいる。
しかしなにかが物足りない。株で勝っているという実感がない。もっと燃えるものが欲しいのだ。
(別口で個別株をやってみるか。ちょっとだけ、な)
資金は手元にある300万円をあてるつもりだ。人気セクターでよさげな銘柄を探してみる。だがこれは!っという株はなかなか見つからない。しかし自動車関連株を見ていると一つの銘柄だけ明らかに割安な銘柄を見つけた。
月産自動車。他の自動車関連株が軒並み1000円以上なのに株価はなんと570円。聡のプロギャンブラーとしての血がふつふつと沸騰する。
ちゃんと配当も出している。無配株ではない。
他の指標も見ていく。PBR0.44倍。配当利回り1.74%。ROE4.6%。
取り立てて悪いというわけではない。業績も順調。しかし売上高営業利益率が3.56%とふるわない。さらに有利子負債自己資本比率が134.43%!
「これか。株価が上がらない原因は」
負債が大きいのだ。しかしこれも大企業ならこなしていくであろう。
背もたれに体を預けて黙考すること3分。
「よし、こいつだ!」
聡は100万円分買った。目標株価は1000円。一年以内に倍値にとどくと踏んだ。
久しぶりに気持ちがたかぶる。心に張りが出る。パチプロ稼業をしていたころを思い出す。
「これや、これこれ」
午前中はずっとその株の値動きを見ていた。
今日も午後から草刈りだ。昼飯はご飯に肉野菜炒め。モズクが添えられている。
「いただきまーす!」
みんなで食卓をかこむ楽しい時間。
父が聡に聞いてくる。
「お前がやってるインドなんとかは儲かるんか」
「儲かるとかそんな感覚やないで。資産形成や。インドは今日本の高度経済成長期とそっくりな状態なんや。若年人口も多いし、着実に経済発展を遂げてるし、発展途上国のなかで唯一未来が明るいと俺は思ってるし。なんや、興味があるんか、おとん」
「いや~おれは貯金が少ないしな。銀行に預けとってもさっぱりやし。老後が心配やねん」
「家訓に株に手を出すなってあるやろ、あれはどうすんねん」
「おれも少しは勉強してんねん。個別株をやらんと投資信託ならええかと思うてな」
「そやな。インドの上場投信なら安心してもええで。個別株やないし。暴落なんか多分おこれへんし。決心がついたら言うてや。おれが教えたるわ」
父はなぜかにやけて絡みつくような視線をむける。
聡もにやりとし、やっぱりこの世はゼニやなと思う。
「おれはやっぱりプロギャンブラーが本職やと感じるんや」
夜、布団に入って夏海に告白する。
「そうなの?かもね。パチプロやってたころがいちばん充実した顔してたもんね」
「プロやったからな。10万越えしたら「よっしゃー!」って思てたし、負けても気持ちに張りがあったし。もちろんみかん農家は続けるよ。でもな、なにかが足らんねん。実は今日な、個別株の月産自動車を買ったんや。そしたら途端にパチプロ時代の感覚がよみがえってん」
「私は株のことは分からないけど、がんばってね」
「うん……うん」
……
「起きたのか、こっちだ」
ベランダに出てみるとカズが例の絵を描いている。外は鮮やかに晴れ、ベランダに出ると太陽がまぶしい。
「こんなところで描いているんですか」
「部屋の中で描いていると汚れるだろ」
「カズさん会社を興しませんか。カズさんが頭脳、僕が体になります。これ、前から考えていたことなんですけど。幸い僕は大学では、経済学部の経営学専攻なんです。二人がタッグを組めば必ず成功しますよ」
サトシは自分のスキルを思い出した。
「カズさんいいことを思い付きました。コンビニをふたりで経営しません? 僕はフリーター時代はバイトリーダーで、業務内容は粗方知っています。この住吉はコンビニが少ないようなんで立地条件も申し分ないですよ。どうでしょう?」
「じゃあ会社を興すって事も一応頭のなかに入れておいてくれますか」
「一応……な」
カズはビールを飲みほした。
「でも期待はするなよ。おれはこれしか出来ないんだよ」
カズは右手を回し笑った。
「それにな」
カズが絵筆を握りしめた。
「人は本当に自分がやりたいことで成功しないと、自己実現には至らない。おれの夢は最終的には絵の世界で生きてゆくことだ。そのための経済的アシストがパチンコなんだ。コンビニのお飾りオーナーなんかやっても結局満足しないだろう」
……
まさにその感覚や。やっぱりおれの本職はプロギャンブラーやねん。
(今日から二足のわらじや。個別株にも挑んでいこう)
手元資金の預り金はあと200万円。じっくりと吟味しよう。
気持ちがたかぶり眠れそうもない。布団の中で寝返りをうつ。足の裏に汗をかいている。
夏海はバタンキューで寝ている。あいだで寝ている一彦を起こさないように部屋を出て一階に行きビールをひっかける。
(自己実現や)
これからまた航海に出かける船乗りのように、新しい冒険が始まる。
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