対峙

 聡がソファーに腰掛けていると看護師さんがやってきた。

「こんにちは。中山様ですね。なんでもご家族の診察に付き添いたいとか。特別に許可がおりました。病棟へお入りください」

 やった。案外すんなりいった。

 聡は閉鎖病棟の中に入っていく。診察はもう始まっていて、みんなパイプ椅子に座り順番を待っている。

 凜を見つけた。軽く手を振る聡。

「なんや、悪い薬って?」

「まあ、すぐに分かるよ」

 凜はスマホを取り出しタッポルをやり始める。

「あたしな、職業家事手伝いにしてたんやけど、それをやめて会社経営者にしてん。どうとでもできるわな。こんなもん」

「それはあかんで、元に戻しや。家事手伝いのほうがうけがええやろ。結婚前提で男はこれを使ってんねん。逆効果やで」

「そうかぁ?ほしたら元に戻すわ」

 凛の番が来た。聡も同行し診察室に入る。

「気分はどうですか」

「気持ちに張りがありますか」

「落ち着いてますか」

 などなど凜に尋ねてくる主治医の高木先生。

「診察に同行したいご家族はあなたですね」

 聡は緊張しながら「はい」と答える。

「今日はどのようなご用事でこられたんですか」

「実は姉の処方箋を薬局で手に入れましてそれを友人の医者に見せたら、かなり強く注意されまして今日同行に伺ったんですけど」

 主治医は顔色一つ変えない。

「ほう、なんと」

「これなんですけど」

 聡はかばんから書類を手渡す。

 主治医はじっくりとそれを見ている。

「お願いします。そのパキシルっていう薬をやめてほしいんです。姉は家で暴れまくるんです。明らかに攻撃性が高まっています。普段の姉が人格が変わったように、僕の妻に椅子を投げつけたり、台所から包丁を持ち出してリビングにきて突然泣き出したり。友人によるとそのパキシルっていう薬のせいやっていうんです。厚労省も注意喚起をしてます。どうか処方をやめるようにお願いいたします」

 主治医は書類を見ながらぼそりと言う。

「しかしお姉さんが抑うつ状態を訴えていまして、それで出してるんですけどねぇ」

「抑うつなんか我慢できるでしょ。姉はどうも僕の妻を敵視しているようで、パキシルのせいで妻を刺してしまうかもしれません。そうなった時、先生はその責任を取れますか?言いたかったことは以上です。処方をやめる方向で考えてください!」

 聡は強く一歩を踏み出した。

「ふーむ、分かりました。しかしいきなりやめると様々な副作用が出ます。中山さん、それらに同意しますか」

 今度は凜に聞く。

「わ…私には何のことかさっぱり……でも弟がお医者の先生に聞いたというんですから間違いないんでしょ。私も家の中で暴れるのをなぜかなとは思っていたんです。弟の言うことに従います」

 主治医は考えている様子。そして結論を下す。

「分かりました。しかしいきなりやめるのはよくありません。入院期間中に少しずつ減薬していきます。それで構いませんね」

 凜に聞いてくる。

「……はい、それで構いません……」

 凜はなぜか下をむき、泣き出してしまった。いろいろ複雑な感情が入り混じっているんだろう。凜を哀れに思う聡。

「では、診察はこれで終わります。弟さんもご苦労さまでした」

 意外とすんなり聡の提案を受け入れてくれた。拍子抜けしながら面接室にいく。

 凜がスマホを取り出しながら聡に聞く。

「なんでそんな悪い薬のこととか分かったん」

「言うたやろ。医者の中西に聞いたんや。中西に処方箋を見せたら血相変えておれに注意してきよったんや。いつかとんでもないことをしでかすかもしれんって」

「そのパキシルっていう薬。やめたら家で暴れんようになるん?」

「おそらくな」

 聡はつけたす。

「もう薬のことも解決しそうやし、心配事が減ったわ。それとさっきのこと。家事手伝いにしいや。なんで経営者とかくだらん嘘つくんや」

「ネットの世界ではいろんな人に成りすませるやろ。それがおもろなってな。でも戻すわ。遊んでなくて、真剣にパートナー探すわ。聡」

「なに?」

「ありがとうな。心配してくれて」

「まあ、当たり前のことやんか。家族やでおれら」

 そう言うと聡は病棟から出ていった。


 ……


 以前、名古屋にパチンコの旅打ちをしたことがある。サウナに入りながらカズとこんなやりとりをしたことがある。

「家族はいるんですか」

「ああ、母ちゃんと姉ちゃんがふたりだ」

「今どうしてるんです」

「さあな。15年以上音信不通だから、もうくたばってると思ってるんだろうよ」

「寂しくありません?」

「特に……孤独はな、全くの孤独になるとあんまり孤独を感じなくなる。本当の孤独はな、人の中にいるとき感じるもんだ」

「ああ、なんか分かるような気がしますわ。僕も学食に一人で飯を食いにいてる時に孤独を感じてましたから」


……


(みんなの中にいて孤独だったんだろうな)

 凛の気持ちをあらためて考えている。救い出さなきゃならない。


 かけがえのないもの。


 それが家族だ。

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