この世の常

 聡は凛に電話をかける。

 凛はすぐに出た。

「ねーやんか?おれや聡や」

「なんや」

「今度いつ診察があんのや」

「そんなこと聞いてどうすんねん」

 聡は息を吸い込んだ。

「あのな、あんたの主治医に話があんねや。おれの友達に医者の中西って奴がおってな、ほら先週か、処方箋もろたやろ、あれを見せていろいろ教わってん。んで今度の診察に付き添いしたいんや」

「なんでや」

「悪い薬が一つ入ってるんやと。まあ、おれにまかせとき。診察の日にまた電話くれや」

 そういうと聡は電話をきった。そしてため息をつく。主治医の返答次第では強引に退院をさせるつもりだ。

 町に出て大型家電店に行き、プリンターを買ってきた。パソコンにつなぎ動作確認をすると正常に印刷ができた。

 ネットで調べまくったのだ。パキシルのことを。そしたら出てくる出てくるパキシルの悪評が。


 いわく、

 9日付の明日新聞朝刊は、抗うつ薬 「パキシル」などの副作用が疑われる症例が相次いだ問題で、厚生労働 省の薬事・食品衛生審議会の部会が8日、医師や患者に注意喚起するこ とを決めたと報じた。 服用によって他人への攻撃性が増したり、激高し たりする場合があることを製品の添付文書に盛り込むという。 報道によると、対象は「選択的セロトニン再取り込み阻害剤(SS RI)」における4種類の成分で、製品名ではパキシルのほか、「ルボ ックス」、「デプロメール」、「ジェイゾロフト」、「トレドミン」な ど。


 いわく、

 まれな例ではありますが、人によっては精神的に変調をきたし、衝動的・攻撃的になるなどかえって悪い結果を招くこともあります。また、急に薬をやめるとさまざまな症状が出てしまう離脱症状を起こしやすいので、薬をやめるときには徐々に減薬するなど十分に注意しながら減らしていく必要があります。他のSSRIと比べても、これらの副作用がやや起こりやすいと言われています。


 いわく、

「パキシルなどのSSRIで攻撃性が増す」という現象は,社会問題にもなっている。

 それほど副作用が強い。

 もちろん個人差はあるが,副作用がトラブルになる例が多すぎる。

 例えば,

「パキシルの類似品で攻撃的になり,アメリカの高校で銃乱射事件を起こした」

 というニュースは最も有名かもしれない。

 日本でも似たような殺人事件が起こっており,その原因はパキシルを筆頭とするSSRIなのだ。この件については,日本でも事件例が多く,ちゃんと医療機関により調査がされている。

 その結果,厚生労働省からパキシルなどの薬の扱いについて注意が発せられている。


 聡はこれらの記事をプリントアウトし、次の診察に備える。


 中西といつもの飲み屋で飲んでいる。

 かばんからその記事を出し、中西に見せる。

 うんうんとうなずきながら酒を飲む中西。一杯の酒を飲み干しその記事を聡に返す。

「これでぐうの音もでぇへんやろ。厚労省のお墨付きやからな」

「やめてくれるやろか」

「おそらく最初は必要な薬やって跳ねのけてくると思うで。そのタイミングでこれを見せるんやな。タイミングが大事やタイミングが。医者もプライドがあるからな。自分が出した薬に文句いわれると気分悪いわな。でも押し切られんようにな。一緒に住んでる家族の問題や。それをよーっと考えるんやで」

「分かってる。ありがとな」

 聡もビールから日本酒に切り替え杯を重ねていった。


「今日診察日やて」

 凛からの電話。

「あんたも来るんやろ。何を言いに来るんや」

 聡は少し考える。詳しいことは今は言わないほうがいいと。

「まあ、まかしとき。ねーやんは横におるだけでええから」

「気になるわ」

「ええから、ええから。ほんなら10時に行くからな」


 9時、聡は家を出た。車で30分ほど。駐車場でタバコを思い切りふかし、病院に入る。かばんにはあの記事が。

 だらしい恰好をしていたら舐められると思いちゃんとしたスーツを着てきた。

 9時45分、ソファーに座り10時を待つ長い長い15分間。なぜか脇の下に冷や汗をかいている。もしかしたら主治医と口論になるかもしれない。結論が出ない時は退院だ。そして病院を変える。

 今日言うことを頭の中でシミュレーションしている。こうくればこう、そうくればそうと。

 10時になった。診察が始まる時間だ。面会の届けを出す。しかし事務員から待ったがかかる。

「今から診察の時間です。面会はお出来にならない決まりになっております」

 聡は膝から崩れる思いだ。

「そこをなんとか。実は姉じゃなくて、主治医の高木先生にお願いがあるんです!」

「そう言われても決まりは決まりですし」

 年配の憎々し気な顔をしたおばさん事務員だ。

「では高木先生に直接会うことはかなわないんですか。時間はいつでもいいんです」

「そ、それは病棟に行けば……ちょっとお待ちください」


 世の中思うようにはならない。


 父の言葉が頭の中をよぎる。

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