一期一会
聡は病院の面会室にいた。凛が入ってくる。少し不審げな表情を浮かべながら。
「ねーやん、順調か」
凛はソファーに座る。
「順調やったらこんなところにおるわけないやろ」
凛は服とかの足りないリストを聡に手渡す。
「分かった。今度持ってくるわ」
「今日は何の用で来たん」
聡は本題に入る。
「スマホ、持ってるやろ。出してん」
聡もスマホを出し、凛の横に座った。
「これは提案なんやけど、マッチングアプリでいい人を探してみいへんか」
「マッチングアプリ?」
「そう、それでいい人でも見つけてくれたらええなと思てな。タッポルってあるやん、まずはそこから」
「あ~あのCMしてるとこか」
聡はスマホを凛の前に持ってくる。
「まずはアカウントを作らなあかん。おれの言うとおりにしてや」
「ふ~ん、まあ、暇つぶしにはなるわな。暇やねん。とにかく」
「そうそう暇つぶしの感覚でやってみたらええわ」
聡が凛に懇切丁寧に教えていく。アプリがダウンロードされ画面が初期化された。
「写真載せなあかんで。お気に入りの写真あるか?」
「まあ、2枚ほどあるわ」
「それをこうして、こうして……」
いろいろいじくり準備万端。凛がスタンバイ状態になる。
すると見る間に「足あと」が山のようについてくる。
「ここを押すと顔写真やプロフィール画面を見ることができるわ。しかしすごいなこの短時間でこんなに来るんかいな。もてもてやん。ねーやん」
少し嬉しそうな凛。これで相手が見つかってくれればいいがと聡は願う。
終了のやり方も教え、聡は立ち上がる。
「金はおれが出したるから遠慮なく使いや。なんならラインでやりとりするようにラインアドレス交換したらええやん。ただやし」
凛の顔が少しほころんでいる。
「まあ、暇つぶしに、な。やってみるわ」
一週間後、母と面会に行くと凜はスマホ画面を見ながら登場した。
「これな~」
マッチングアプリの画面を見せながら言う。
「とっきどきええ男から連絡がくんのやけど、話が弾んで盛り上がったとき突然『こんな投資の話があるんだけど』って。これ明らかな詐欺やろ?」
聡が返す。
「おお、よう分かってるやんか」
「そんな時こう返すねん。『俺、男やけど』ってな。ふはは。これで10匹ぐらい退治したで」
「ははは。投資話を持ち掛ける時点でおかしいねん。本当に儲かるんやったら自分一人でやったほうが儲かるし。いまや若い子ーらに一番効率のいい投資はオルカンやて知れ渡ってるしな。正解や、ねーやん」
投資かーっと聡はあの夜を思い出す。今考えてみればパチンコの終焉を見据えての行動だったのだろう。
……
やがてエレベーターもない古びたアパートについた。その6階にカズの部屋がある。カズはおぼつかない手つきで鎖に繋がれた鍵を開けて中へと入っていく。
「おじゃまします」
サトシも続けて入ると驚いた。八畳ほどの部屋の両側に大きな本棚があり、そこにはびっしりと本が並んでいた。主に投資関係の本、ファンダメンタルズ、テクニカル、複雑系から、ゲーム理論まで…
「株だよ」
カズはコップに入った水を飲みながらソファーに座る。
知識の迷宮に迷い込んだ子猿に答えるように、ゆっくりと話し始める。
「俺はこの10年、株で飯を食っていくにはどうしたらいいのかずっと考えてきた。パチプロがパチンコで勝つように勝てる方法をな」
聡が横のベッドへ座る。
「人間の経済活動の上澄みをすくいとるんだよ。その規模は無限大だ。パチンコなんかの平均金額なんか目じゃあない。ギャンブルのプロである俺が負けるはずはない」
カズがその中の一冊を取り出して言った。
「この本には嘘しか書いていない。この本も、この本も。ずっとギャンブルで飯を食ってきた人間だ。怪しいところは鼻でかぎ分ける事が出来る。そうして嘘の部分を削除していけば最後は真実のみが残ることになる」
聡はなぜか悲しくなった。あのいつもドル箱タワーを築いて、サトシがあこがれていたカズとは別人のような気がしたからだ。
「あと一歩、あと一歩なんだよ。頭のなかにまだ暗闇がある。あと一歩前に進むと、勝てる道理が分かるんだ……」
……
「オルカンってなんやねん」
凜が聡にきく。
「オールカントリーのことや。結局個別株をやるよりこの方が勝てるんや。まあおれの投資法はもっと洗練されててインドETFいうんやけどな」
「あんた、株をやってんの?」
母が驚く。
「あれ。言うてなかったっけか。やってるやってる。貯金の八割かけてるで」
「株に手をだすのはご法度やで。家訓にあるやろ」
「おかんは古すぎるんや。個別株をやったらやられるんや。そやからインデックスを積み立てるんや。今の若い子らの常識やで」
「インドETFってなんやねん。興味があるわ。今度『その投資、インドETFより勝てるの?』ってやり返したいからな」
聡が説明を始める。まずはインデックス投資についてから。
講義は一時間におよんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます