防波堤にて

 日曜日、聡と田中は釣りをしていた。狙うは黒鯛。しかしかかるのは雑魚のベラばかり。

「フライにして食うしかないな」

「ぶつ切りにして煮込みも美味いぞ」

 倦怠ムードが漂い始める中、聡の竿がしなる。

「こんどは強いぞ!チヌや。タモ、タモ!」

「よし!」

 田中がタモを持ちかまえる。聡は慎重に魚を手繰り寄せる。

 上がってきたのは50センチ級のヒダリマキ。

「あ~あ」

「まあええやんか、刺身にしたらうまいで」

「そうか?なら、持って帰るわ」


 夕方3時を回った。本当はここからが「夕まずめ」。本格的に魚が釣れ始める時間なのだがもう二人とも飽き飽きしている。

「帰るか」

「そやな……もうちょっと」

 田中は粘りたい様子。聡は付き合ってやる。

「ねーやんがな」

「なんや」

「また入院してん」

「ちょっとおかしい姉ちゃんやろ」

「そういういい方は失礼やろ」

 田中が聡の方を向く。

「いつかお前がそう言うてたやん」

「そうか……ちょっとどころかだいぶおかしなってな、椅子とか夏海に投げてくんねん」

「えらいこっちゃなぁ。夏海ちゃん大丈夫か」

「まあ、それは外れたんやけどな……田中、お前独身やんな」

 田中がビクッとし、声を小さくする。

「まさか、まさかまさか」

 聡は一息つき申し出る。

「そのまさかや。2歳年上や。でもべっぴんやろ」

「どないしろっちゅーねん」

「なんでも愛情が足りんとおかしなる病気らしいんや。ちょっと付き合ってみいへんか」

「うへへへへ、そ、それはさすがに。いくらべっぴんさんでもなあ……」

「そうかぁ、そりゃそうだよなぁ」

 しばしの沈黙の後、田中が妙案を示す。

「マッチングアプリを使こうたらええやん」

「マッチングアプリ?」

「写真映りもええやろうし、申し込みがわんさか殺到するで。どうやおれのこの頭脳の切れ味は」

「あ~あのテレビとかで宣伝しているタッポルとかいうやつか」

「そうそう、それそれ」

「うーん考えてみるわ」

 聡は堤防の上に寝ころんだ。


 この世の中には結婚できない人がわんさかいる。そうあの人も。聡は目を閉じ思い出す。あの夜の一こまを。


……


「この仕事をやってる限り結婚なんて出来ないよ」

 カズがグラスの酒をあおる。

「さっきも話しただろう。いつ飯が食えなくなるか分かったもんじゃないのがパチプロってもんだ。店の方は俺たちのことなど気にもとめていない。等価交換の方が儲かると踏んだらすぐにそちらに寝返るさ。夏海ちゃんだったかな。稼ぎがなくなれば女も逃げていく。結婚をした責任をお前さんはとれるかい。女をバツイチにした罪はでかいぞ、だから田舎に帰って就職しろと言ったんだよ。女が欲しけりゃ金で買える。それで満足しなけりゃならないのがこの稼業だ」

「今、これだけの収入があれば結婚も夢やないかと…」

 するとカズは鬼のような顔をして立ち上がった。

「ふん、へなちょこめ、この仕事はそんなに甘くはないんだよ!今がいいからといってそれがずっと続く保証なんて何もない。夢は夢のまま終わらせておくんだな!」


……


(……結婚してないだろうなあ……生きていたとしても)

「あーパチンコしてーなー!」

 田中が突然叫ぶ。

「もう無理や。諦めろよ。負けると分かっていてもやるのはギャンブル依存症やぞ」

「分かってるって。でも来週の日曜日は久しぶりに行ってみぃへんか、フィーバー機やなくて羽モノを打つんや。そこまで規制はおよんでないやろ」

 聡はむくりと起き上がる。

「羽モノねえ。まあ気晴らしならええか。ほんまにただの趣味になってしもたな」

「趣味やないかもともと」

「あのなあ、おれにとっては本気で挑む生活の糧を稼ぐ本職やったんや!」

「そこまで怒らんでも」


 ごんごんごん……


 遠くから船団が漁を終えて戻ってきた。大漁旗を掲げた船を筆頭に20隻ほどが港に入ってくる。

「さあ終わりやって言うてんねん。プロが帰ってきたぞーって、素人はどいたどいたってな」


……


「おれが目をつけておいた台が素人のおばはんに取られてたわ。くそ!素人はどうせ勝てないんだからどけよ!って話だよ」

 プライドの高い人だった。聡とは一回り上だが、パチンコに関しては少し子供っぽいところもあった。

「まあ、いい。今日は日当1万円の台を打つしかないか」

 相対するシマで台を見つけたみたいだ。そこで打ちながらおばちゃんが台を離れるのを待つ。それがカズの流儀。一流は常に本気で仕事に挑む。それを教えられた。


……


 船が入ってくるとざぶんざぶんと防波堤に横波がかかってくる。その様は勇ましく男の仕事と感じさせる。


 仕事とはなにか。


 聡にはまだ答えの出ない問いである。

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