姉のやまい
その昔、聡はカズに尋ねたことがある。パチプロの敵は何かと。その時聡は他のパチプロと出玉争いをしていたのだ。するとカズはこともなくこう答えた。
「鷹だよ」
と。
「鷹?あの空を飛んでいる?」
「そうだ。ある小動物がいるとする。自分の縄張りがないと、飯を食っていけない。縄張り争いをする相手が敵というのは少し違うだろうよ」
「それは僕らをその小動物に例えているんですよね」
「店と言うと思っただろう。店は単なる餌場だ」
鷹……目に見えない上空からいきなり現われ命を奪うもの。カズの禅問答だ。
(何やさっぱりわかれへん)
ふたりで大阪ミナミの歓楽街へ繰り出す。火照った体を冷やすのに丁度いい季節だ。
カズが橋の欄干に腰かけて小瓶に入っているウイスキーに口をつける。
「この前久しぶりに郊外店に行くと、3円交換の店が等価交換になっていたよ。等価の店は基本的に勝てない。今まではそこそこいい台を作る優良店だったんだがな…1000円15回転まで落とされていたよ、出す気なんかさらさらない横ならび調整だ。客も激減していた。店がつぶれる前兆だ」
カズがサトシにウイスキーを渡しながら言う。
「ここのところ等価の店が増えているだろう。今持ち駒にしている店が全部等価になったらおしまいだ。パチプロ全員が路頭に迷う事になる」
サトシの脳裏に鷹の影がよぎる。
「時代の波ですか」
「そうだな、こればかりはどうしようもない。いつの間にか命を落としてしまう」
……
カズははるか前からこの事態を見抜いていたのだ。
(鋭い人やった……今頃どうしてるかな)
「ただいまー」
家に帰ると母と妻の夏海(なつみ)しかいなかった。
母が駆け寄る。
「凛が、また手首を……」
「またか。最近荒れてたからなあ。で、親父が病院に?」
「うん」
「包丁持って台所から出てきた時、私刺されるんじゃないかって怖かったわ」
夏海が聡の胸に頭をうずめて泣き始める。
境界型人格障害。いわゆるボーダーである。前に結婚していた夫、正(ただし)との仲が悪くなったのをきっかけにこの病気も顕在化してきた。離婚し子供、陽士(ようじ)も手を離れてからさらに悪化、リストカットを繰り返すようになり、通っていた心療内科をやめついに精神病院に入院させたのである。
「あんたたちはあたしが離婚したのを面白がってイチャイチャしてるんやろ!」
発作は唐突もなく出る。そして夏海にあたる。
「よそもんが大きい顔をしよってからに!」
と椅子などを投げつける。
「危ないやないか!」
聡が止めに入ると今度は聡にあたる。
「あたる相手がいるだけましやないか!」
聡を叩こうとするその手を押さえつけ、壁にぶちつけた。
「きゃー!」
大げさに被害者づらする凛。それがとてもあざとくて、ほんとにこのままぶっ叩こうかと思う聡。思いとどまり凛から離れ、台所に行きビールをがぶ飲みする。鬱屈した心が少しだけ軽くなる。
「世の中にはなぁ、あたる相手もおらんでまったくのひとりで生きてる人もいくらでもおるんやで!」
それが昨日のやりとりだった。入院したと聞くとほっとする聡。
これで4回目の入院である。1回入院すると3カ月は帰ってこない。その間は平和だ。そんな時家族会議が開かれる。
晩飯が終わりみんながリビングに集まり、ぼそぼそと話し始める。
「やっぱり、病院に併設されている共同住宅っていうの?さざんか園だっけ。あそこでしばらく引き取ってもらうしかないんやないの」
聡が肩を落として言う。
「でないと夏海が危ない。本気で夏海を敵視しているみたいやし」
母が口を開く。
「なんであんな病気にかかったんか分かれへん……むかしは素直なええ子やったのに」
「いやいやいや。むかしからエキセントリックな性格やったで。少なくともおれの前では本性をさらけ出してた。それが悪化しただけや」
「う~ん……」
みんなが考え込む。
「とにかく中坊の陽士と俺らの子供の一彦と夏海からは遠ざけなあかん。精神病なんやからマジで万一のこともあるしな。嫁にいって出てくれんと恐ろしいわ」
こうして家族会議が終わった。
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