3.フォーンの姉弟

 その後、作り立てのローズヒップジャムをさっそく使い、マルルとラーロも一緒に昼食をとった。メニューは、野菜スープとジャム付きのパンとチーズ、それから一口大にカットしたトニだ。


「わあ、ローズヒップのジャムってすっごくおいしいんですね! ちょっと酸っぱいのがちょうどよいです」


 マルルは口元にジャムがついているのも気づかずに、夢中になって食べている。チーズとも相性が良いと言った。


「ほんとだあ。チーズがおいしくなる」


 ラーロもローズヒップのジャムを気に入ったようで、ジャムがついた皿をペロペロなめている。


「トニもすごくおいしいね! 口の中がさっぱりする」

「お肉料理に合いそうねえ」


 アンリエッタが三つ目のトニをほおばった時、温室の方から声が聞こえてきた。


「シュゼットー、いるー?」


 一番に反応したブロンは、キャンキャン吠えながら温室へ駆け出した。


「この声は……」


 マルルの顔から穏やかさが消えると、シュゼットは急いで口の中身を飲み込んで立ち上がった。


「人違いかもよ、マルル! わたしが見てくるよ!」


 シュゼットはマルルの肩を優しくなでてから、温室へ向かった。


 しかしそこにいたのは、マルルの予想通り、マルルの三人の弟たちだった。草木で作った洋服は泥んこで、膝をすりむいたり、ほほをすりむいたりしている。

 ブロンはその真ん中で嬉しそうに尻尾を振っている。ブロンを抱き上げた長男のペジンは、シュゼットに気が付くと、花が咲くように笑顔になった。


「あ、シュゼット!」

「ペジン、またケガしたの?」


 シュゼットは声をひそめた。


「こんくらいのケガなら大丈夫だよ! それよりもさ、なんか手伝えることない? この時期って人間みんな忙しそうじゃない」

「手伝いに来てくれたの?」

「うん。いつもお世話になってるお礼!」と三男のシャーサ。

「世話になりっぱなしってわけにはいかないだろ!」


 次男のリーユは元気よくシュゼットの手を引いた。


「それはうれしいな、ありがとう。でも、今は……」

「残念ながら、シュゼットのお手伝いは、わたしがやっちゃいました!」


 突然現れたマルルに、ペジンたちは「うわあ!」と叫びながら飛び上がった。マルルは仁王立ちをして、弟たちに厳しい目を向ける。


「なんだ、姉ちゃんも来てたのかよ」とリーユ。

「何やったの」とペジン。

「ローズヒップのジャムづくりよ」

「めっちゃ面白そうじゃん! だから、もっと早く行こうって言ったのに!」

「リーユだって、追いかけっこに夢中だったじゃん」

「俺はもう少し早く行こうって言ったぞ」

「ちょっと、ケンカしないの!」


 マルルが弟たちに噛みつきそうな勢いで怒鳴ると、シュゼットはマルルの肩を優しく抱いた。


「まあまあ、マルル。わたしは嬉しいよ、みんながわたしの手伝いに来てくれて」

「シュゼットは弟たちに甘いんです」

「いいじゃん。今日は役に立ちに来たんだし」

「もう仕事は終わったって言ってるでしょう。ちゃっかり遊んでから来てるくせによく言うわ」


 マルルと弟たちがにらみ合いを始めると、シュゼットはにこにこしながら間に入った。


「ほらほら、ケンカしないで。みんなありがとう。でも今日やることはマルルが手伝ってくれたし、午後は仕事があるからなあ」

「それじゃあまたいつでも呼んでよ。俺たちいつでも来るから」


 ペジンがそう言うと、シャーサが「そうだ」と言って、ポケットから手の平に乗るほど小さな角を取り出した。白い角には細かく花の彫刻が施されている。


「僕たちを呼びたいときは、これを吹いてみて。そうすると、僕たちにしか聞こえない音がするから」

「おお。冴えてるな、シャーサ」とペジン。

「え、でもこれシャーサのでしょう。良いの?」

「シュゼットにならあげて良いよ」


 シャーサがにっこりと笑うと、マルルは「いい子ちゃんになっちゃって」と肩をすくめた。


「ありがとう、シャーサ。それじゃあ、みんなの力が借りたい時は使わせてもらうね」

「うん! いつでも呼んでね!」




 ペジンたちは昼食をした後だったため、ローズヒップのジャムで少しだけパンを食べてから、ハーブガーデンでブロンとひと遊びして帰っていった。


「弟たちが食事中にお邪魔してすみませんでした。ジャムも減ってしまって……」

「もう、マルルったら気にしすぎだよ。わたしたちはペジンたちが来るの、ちっとも迷惑してないよ。ねえ、おばあちゃん?」

「ええ。町の子どもたちだって、ペジンたちみたいに急に遊びに来るもの。みんなかわいいのは同じよ」

「おふたりは優しすぎます。手がかかる弟たちで、本当にすみません」


 シュゼットはシュンとするマルルの肩をそっと抱いた。


「大丈夫だってば、マルル。今日はジャムづくりがはかどったし、素敵な笛ももらっちゃったし、ブロンも遊んでもらえてうれしそうだし、わたし、良い思いしかしてないよ」

「……本当ですか?」


 シュゼットは笑顔でうなずいた。


「またいつでも遊びに来てね。楽しみに待ってるから」


 マルルはホッとした笑顔で「ありがとうございます」と答えた。

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