2.冬支度(1) ローズヒップのジャムづくり

 エリクの予想通り、キッチンガーデンにはラーロがいた。その背には、メスのフォーンが乗っている。ブロンはラーロにかけより、足元をグルグル走り回った。


「やっほー、シュゼット、ブロン」

「こんにちは、シュゼット」

「ラーロに、マルルもいらっしゃい」


 マルルと呼ばれたフォーンは、ラーロからヒョイッと降りると、手提げ籠をシュゼットの方に差し出した。植物のツタを編んで作られた籠の中には、マンダリンに似た形のピンク色の実がどっさり入っている。


「わあ、きれいな実! これ、どうしたの?」

「エル・フェリィークでこの時期に採れる実です。栄養価が高くておいしいので、冬眠をする生き物はみんなこれを食べるんですよ」

「へえ。なんていう名前なの?」

「『トニ』といいます。シュゼットにもぜひ食べてほしくて」

「えっ! 良いの?」


 マルルはにっこりと笑って「はいっ」と答えた。


「いつも弟たちがお世話になっているお礼です。わたしはケガをしないように厳しく言いつけているので、あの子たちケガをすると、わたしにバレないように、いつもシュゼットに頼りに来るでしょう。ご迷惑をおかけしてすみません」

「みんなちょっとやんちゃなだけで良い子だし、お礼ももらってるし、ちっとも迷惑じゃないよ」

「それでもわたしの気が済まないので、もらってください」

「それじゃあ、お言葉に甘えて。ありがとうね、マルル」


 カゴを持つと、酸味のある甘い香りがした。


「良かったら少し休んでいかない? お茶淹れるよ」

「わあ、嬉しいです!」


 シュゼットはラーロとマルルをサンルームに案内した。



 以前家を訪ねてきた時にマルルが気に入ったローズヒップのハーブティーを飲みながら話をしていると、マルルがシュゼットの手伝いをしたいと申し出てきた。


「結構大変だよ? トニを集めてきてくれて、疲れてるんじゃない?」

「ちっとも! それよりも、ジャム作りに興味があります! だってこのローズヒップを使うんでしょう」


 マルルの目は星のようにキラキラと輝いている。その目を見ると、シュゼットは止める気になれなかった。


「わかった。それじゃあ、お願いしようかな」

「はいっ!」



 サンルームで走り回るブロンとラーロを置いて、ふたりでキッチンに向かうと、アンリエッタが野菜の塩漬けをするために、野菜を一口大に切っているところだった。


「こんにちは、アンリエッタ」


 マルルが声をかけると、アンリエッタはニコッとして顔を上げた。


「いらっしゃい、マルル」

「お邪魔してます。わたし、これからローズヒップのジャム作りをお手伝いさせてもらうんです」


 マルルが息を巻くと、アンリエッタは「まあ」と言って包丁を置いた。


「助かるわ、ありがとう。でもその前に……」


 アンリエッタは戸棚から自分の予備のエプロンを取り出すと、小さい子供にするように、マルルの腰に結いつけてくれた。


「これを使って。そうすれば、マルルのかわいい足も安全だもの」

「わあ、ありがとうございます、アンリエッタ!」


 シュゼットとアンリエッタと同じようにエプロンをつけられたのがうれしいらしく、マルルはエプロンを掴んでその場をクルクルと回った。無邪気な姿は弟たちと変わらずかわいらしく、シュゼットはこっそりと笑ってしまった。


「それじゃあ、始めようか、マルル」

「よろしくお願いします!」

「まずは一番大変な工程だよ。全部の実から種を取り出すの!」


 シュゼットはザルの上に山盛りになったおよそ三キロのローズヒップを指さした。


「そんなに大変なんですか?」

「うん。ローズヒップには大量に種が入ってるからね。しかも少し中が毛羽立ってるから、種と一緒にそれも取り除いた方がジャムにした時においしいんだ」


 シュゼットはローズヒップの大きさにあった小さめのスプーンと、フルーツ用の小さなナイフをマルルに渡した。

 自分も同じ道具を用意したシュゼットは、先にナイフを手に持った。


「最初にナイフで上と下を切り落として、半分にする。そのあとで、スプーンで種を取り出す」


 半分にしたローズヒップにスプーンを突っ込むと、中から小さな種がボロボロとこぼれ出てきた。マルルは「まあ」とかわいらしい声を上げる。


「できそう? わからなかったらいつでも聞いてね」

「はいっ。やってみます!」


 ふたりは白いタイル張りの作業台に向かい合って座り、ひたすらローズヒップを切っては、中から種を取り出した。


「シュゼットもローズヒップが好きなんですか?」

「それもあるけど、ローズヒップは栄養価が高いから、冬の栄養補給に良いんだ。冬眠する魔獣がトニを食べるのと同じだよ」

「なるほど。冬の間は食べ物が減りますもんね」

「そうそう。いわば保存食ってやつだね」


 この作業には一時間以上時間がかかってしまった。それでもシュゼット一人ではもっと時間がかかっただろう。シュゼットはマルルが手伝いを申し出てくれてよかったと心から思った。毎年のことながら、ジャムづくりには心が折れそうになるのだ。特に種出しの作業は。


 すべてのローズヒップから種を取り出すと、次はローズヒップを水に入れ、火にかけて煮出していく。

 水を含んだローズヒップがふやけてきたら、砂糖と蜂蜜を入れ、弱火で火を入れていく。ここからは焦げないように混ぜることが大事だ。


「混ぜるのはマルルにやってもらおうかな。わたしは瓶を煮沸消毒するから」

「任せてください!」


 マルルはフンフンと鼻息を荒くし、顔を突っ込みそうな勢いで鍋に向かった。

 こうして魔獣や魔族たちがシュゼットのやることに興味を持つことはよくある。ラーロもハーブ料理を作っているとキッチンへ来るようになったし、温室の植物の水やりを手伝ってくれたケンタウロスがいたり、キッチンガーデンの雑草を食んでくれたリフォー――これはヤギに似た魔獣だ――もいたり、魔獣や魔族はとにかく無邪気で好奇心旺盛だ。

 シュゼットはそんな彼らを愛しく思い、できるだけ彼らのやりたいようにさせていた。


「シュゼット、どうですか?」


 マルルが休まず手を動かしてくれているおかげで、ジャムは焦げることなくねっとりとし始めている。「良い感じだね」と言うと、マルルはほほを赤くして「よかった!」と微笑んだ。

 鍋の中身がとろみを持ってきたら、レモンのしぼり汁を入れてよく混ぜる。あとは瓶に詰めれば完成だ。

 瓶に入った濃い赤茶色のジャムに、マルルは目を星のように輝かせた。


「すっごくきれいですねえ! 真っ赤な宝石みたい!」

「マルルのおかげで楽に終わったよ。ありがとう」

「お役に立てたならよかったです! 楽しかったあ!」


 マルルはヤギの足でピョンピョンと飛び回った。


「よかったら一つ持って帰って、弟たちと食べてよ。一緒に作ったんだって自慢したら?」

「良いんですか!」

「もちろん。最初からそのつもりだったよ」

「うれしいです! ありがとう、シュゼット」

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