24センチ 小さなブランコ

「えと。そんな風に言ってくれるお母さんと妹さんが優しいね」

「二人ともいつも俺のことを心配してたよ。もしもまた会えたら……」


寂しそうに懐かしそうに話す渡合くんの瞳が少し滲んでいるようだった。


「夏休みを利用して会えるんじゃないの?」

「……もう会えない。母さんと彩羽いろはは、俺が高校に入学する少し前に……死んでしまっているから」

「え?」


にゃー。

戻ってきていたミチルちゃんが渡会くんの足に擦りついていた。

渡合くんの瞳の奥に感じる寂しさ……だからあんな辛そうな表情でお母さんと妹さんの写真を見つめていたんだ。それなのにわたし……また会えるだなんて。


「あ、あの。ごめんなさい」

「や。こっちこそこんな話をしてごめん。今日はもう。カレーありがとう。今日の夜も食べさせてもらうよ」

「うん……」


片付けも大丈夫だからと言われて、わたしの家に入るまで見送ってもらった。渡合くんが今にも消えてしまいそうな不思議な感覚になって、急に心配になってしまった。


「な、夏祭り楽しみだね! みんなでいっぱい楽しもうね!」


そんなことしか言えないけど、渡合くんに少しでも元気になって欲しかった。


「……そうだね」


最後まで手を振ってくれていた渡合くんの表情はやっぱり寂しそうだった。

家の玄関扉を閉めてしばらく立ちすくんでしまう。二人の写真を見る渡合くんが痛々しかった。あんな渡合くんを見ているとわたしも悲しくて涙が滲んでくる。きっといつか話をしてくれる時があるかもしれない。その時はちゃんと聞こう。少しでもわたしが力になれるようなことがあればがんばりたい。


✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧


重い体に揺られて銀色の鎖が軽く悲鳴を上げている。幼かった頃は大きく感じたブランコだったけど。

家にいることがしんどくて外に出ていた。いつの間にか近くの公園にたどり着いていた。せっかく大森さんにきてもらってカレーライスまで作ってもらったのにろくに御礼もしないで帰らせてしまった。本当に俺はかっこ悪い。


「みんなに優しい……か」


高校に入ってからずっと。できる限り誰かの役に立とうと助けになろうと体を動かしていた。感謝の言葉をもらえると嬉しくなるものだし楽しいくらいだった。親睦会でもみんなと遊んで楽しんでしまう自分に嫌悪感を抱きながら。


「やっぱり夏祭りは断ろうか……」


自分でも気づかずにポツリと呟いていた。


「渡合」

「……中村」


公園の入り口で中村が立っていた。こちらに歩いてきて隣のブランコの鎖をつかんでる。


「こんなとこで何してんだ?」

「ブランコ乗ってる」

「見りゃ分かるって。そういや家近いんだもんな」


そうだ。中村と此花さんの家も近いんだっけ。


「公園懐かしいなー。ここって何気に遊具がいっぱいだし、子どもの頃はよく遊びにきたっけ」


中村が隣のブランコに座ってこぎ始めた。中村の言う通り、滑り台やシーソーに雲梯やアスレッチク的な大きな遊具まであって植栽も豊かだ。暗くなった今は俺たち以外いないけど日中なら子どもや親子連れがいたと思う。


「そうだな。俺も懐かしいよ」

「(うわ。影のある子どもっぽい微笑に心臓が)なに? 渡合もこの公園にきたことあるの?」

「小さい頃は今の家にいたからな」


生まれてから小学生まで祖父母の家に家族と一緒に暮らしていた。親の都合で中学になる前にアパートに引っ越しをして、その後、祖父母が他界した家で一人暮らしをすることになるとは夢にも思わなかった。そう、夢にも。本当なら……家族そろって海外で生活していたはずだった。だけど、父さんと顔を合わせるのが辛くて、同行することを拒んだ。


「マジで? じゃあもしかしたら公園で会ってたかもな」

「そうかもな」

「ていうかさ。あれ? お前、妹連れて遊びにきてなかった?」

「……」

「そうだ! ブランコ独り占めしたりジャングルジムで暴れてた奴!」

「そういう中村は此花さんといつも一緒だったな」


中村に言われて思い出した。小学生の時にこの公園で一緒に遊んだことがある。


「渡合って妹によく怒られてたよな。なんだっけ? 優しくしないとダメだよとか言われてなかった?」


言われてた。毎日のように。中村の言った通り俺は子どもの頃は落ち着きがなくて学校や公園でみんなに迷惑をかけるような子どもだった。体が大きいこともあって力で負けることはなかったし。

そんな俺を見て、母さんはいつも言っていた。


「母さんが……体の強いヒトほどヒトには優しくしなさい。女の子を助けてあげなさいって言ってたよ。そんな母さんを見ていた彩羽いろはも同じように俺に言ってたんだ」


中村に聞かせるつもりで言ったわけじゃない。

だけど当時の俺はそんなこと気にもしなかった。

だから今、俺はそうしている。


「(また寂しそうな顔してる。そうだ。思い出した)……ごめん。こんな話したくないよな?」

「いや。中村は知ってるんだったな。俺の母さんと妹が死んだことを」

「渡合と同中のやつから聞いた」


「これも聞いてるか? 俺が母さんと妹を死なせたって話も」

「それは……事故なんだろ? 渡合のせいじゃない」


確かに事故かもしれない。だけど、原因は間違いなく俺だ。だから父さんも……


「俺のせいだよ。俺のせいで二人は死んだんだ」


大森さんに母さんと彩羽の死を知らせなくても良かったんだ。だけど言うべきだと思った。知っておいて欲しかった。二人が死んだのは俺のせいだということを話したら大森さんはなんて思うだろう。もしも……大森さんに嫌われてしまうと思うと言えなかった。


「そんなこと言うな。自分のせいだなんて言ってると辛いだろ」


ブランコを止めて、中村が俺の横顔を見つめてる。


「辛い? 死んだ二人はそんなことを感じることもできないんだ。悲しいことも、辛いことも……楽しいことも。だから……」


俺は生きることを楽しんじゃいけないんだ。死んだ二人は幸せになることはもうできない。俺は幸せになったらいけないんだ。


「そんなこと言ってもお前は生きてるじゃん。渡合、お前を思ってるヒトはお前に幸せになってほしいと思ってるんじゃないか?」


中村がブランコから降りて俺が乗るブランコの鎖をつかんでる。

俺を思ってくれるヒト?

大森さんの顔が心に思い浮かぶ。大森さんといると嬉しいし楽しい。大森さんはそんな風に思ってくれているんだろうか。

でも、やっぱり。


「俺は……」

「俺は何も知らないし月並みなことしか言えないけどさ。お母さんも妹も渡合に幸せになってほしいんじゃないか? だからヒトに優しくしろって」


だから? ヒトに優しくすることが?


「もし悩んでることがあったら相談しろよな。話せば気が楽になることもあるだろ?」

「(相変わらず無理に聞こうとはしないんだな。いいやつ)」

「いくぞ!」

「うわ!」


中村に背中を何度も押されてブランコを漕いでいた。一番高いところで自然と空を見上げる。夜空に一つ、星が輝いていた。


✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧


「こまりちゃんのお母さんすごいね。うちのお母さんは全然だからなあ」

「ほんとだよ。浴衣の着付けをしてもらえるなんて思わなかった」

「動画を見ながら一人でやってもあんまり上手くできなかったしね」


今日は夏祭り。結安も日向子も浴衣がうまく着れないと言うので家にきてもらった。母にあれこれ指導してもらいながら無事着付けが終わった。トイレはどうしたらいいの?という結安の素朴な疑問にも母がしっかり教えてた。

今から3人で神社に出発するところ。

みんな浴衣に合わせたかわいいサンダルを履いてる。蓮の家はすぐ隣だけど、男子たちとは現地で待ち合わせをしている。その方がウキウキする。


「行ってきまーす」

「「ありがとうございました」」

「気をつけて楽しんでらっしゃい。今日こそ蓮くんをゲットできるといいわね」

「うん。がんばる」

「お母さんもお父さんも中村さんと一緒に夜は行くからね」


ニコニコしてる父と母に見送られて玄関から出た。やっぱり今年も親同士で遊びに行くんだ。ほんとに仲良いなあ。


「家族みんな仲がいいんだね。こまりちゃんのママってこまりちゃんっぽいね」


なんだか結安がうらやましそうにしてる。


「つまり脳筋?」

「はい。すいません。脳筋です」


友達がきてるのに彼氏をゲットできるといいなんて普通言わんよな。


「こまりちゃん、浴衣を貸してくれてありがとう」

「うん。とってもかわいい。サイズがぴったりで良かったよ」

「こまりちゃんも日向子ちゃんもかわいいね」


結安は浴衣を買わずにわたしのを貸すことになった。日向子は今日のために先日買ってきたんだとか。わたしは去年と同じのを着てる。


「こまりの小学生の時のなのに似合ってる」

「お母さんが大人っぽいの選んでくれたね。ちょうどいいんじゃない」

「何着もあってすごいね。こまりって毎年浴衣着てるの?」

「まさか。その気になった時だけ」


なんて言ったけど、思い出してみたらほぼ毎年浴衣着てた。蓮のうちと家族ぐるみで毎年いろんな夏祭りに行ってたからなあ。


「メイクも髪もいい感じだね。こまりちゃんがとっても大人っぽくて、日向子ちゃんとってもかわいい」

「結安はやっぱりかわいいねえ」

「……こまり。綺麗、かわいい、素敵」


日向子のわたしを見る目がちょっと怖い。

結安も日向子もわたしも夏祭りのためにしっかりセットしてる。浴衣に合ういい感じに仕上がってる。


「そういえばこまりって一学期の途中からメイク薄くなったよね」

「や。最初は気合入りすぎてちょっと濃かったよね。高一で毎日メイクなんてどんだけってようやく分かったよ。結安だって結局一日だけで元に戻ってたし」

「うん。やっぱり毎日はね。お弁当作る時間が減っちゃうし」


そう。最初は気合が入りすぎてた。

がっつりに近いメイクなんてそもそも高校一年生でする子はそれほど多くない。わたしみたいなのは少数派だった。結安や日向子みたいに眉毛を整えてリップをするくらいの子の方がずっと多い。しばらく通ってそのことに気づいたわたしは途中からメイクを薄くして、すっぴん風ナチュラルスクールメイクを極めつつある。時にはめんどくさいと思うこともあるけどやっぱりかわいくいたいからがんばってる。


「今日は結安の歩く速さに合わせるからね。ペースが早かったら無理しないでちゃんと言ってね」


歩道で結安と日向子が車道側にこないように歩いてる。


「ありがとう。こまりちゃんてさ、なんでみんなに優しいの?」

「ん? わたしが優しくしてほしいから」

「どういう理由?」


結安から質問されたわたしの答えに日向子が不思議そうな顔してる。


「だってね。男子よりも身長が高くなってからみんな優しくしてくれないんだよ!」

「ああ。優しくしてあげれば優しさが返してもらえると思ってるとか?」

「うん」

「こまりはみんなから外見美少女、性格イケメン女子扱いされてるから無理だと思うよ」


日向子の言う通りかは置いといて、わたし自身が優しくしてもらえるようなシーンは一学期の間一度もなかった気がする。


「わ、わたしはこまりちゃんに優しくしてるよ」

「もちろんわたしもだよ」

「二人ともありがとー」


自然と笑いが込み上げてくる。そんなやりとりをしながら3人で歩くことしばらく。夏の風にのってお囃子の音色が聞こえてくる。目的の神社の大鳥居が見えてきた。

そこにいるのは……


「蓮!」


まだ遠いのに手を振ったら振り返してくれた。そんな簡単なことがとても嬉しい。

見上げれば強い陽射しを受けて太陽のように笑みを浮かべる蓮の浴衣姿があった。蓮が浴衣を着るなんて初めてかもしれない。

見慣れない浴衣姿がかっこいいのにかわいい。


初めての装い。

いつもと違う姿。

だけど。

いつもと同じ笑顔でわたしを見てる。


涙がこぼれそうになる。

やっぱり好き。わたしは蓮のことが大好きだ。

好きという想いがまたあふれる。

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