25センチ かじったりんご飴

「蓮、お待たせー」


あふれそうな想いは閉まっておいて蓮に声をかける。


「いや。俺たちもさっき着いたとこだし」


いつもと変わらない口調で返事をする蓮だけど。いくら毎年見てるからって、わたしの浴衣姿に何か一言くらいあるんじゃないの?


「日向子ちゃん、かわいい! すっごいかわいい!」

「ば! 秋也!? いきなり大声でそんなこと叫ばないの!」


日向子の顔が珍しく真っ赤になってる。結構ど直球の強打に弱いんだな。

いいなあ。わたしも蓮にかわいいて言ってほしい。こういう時、秋月くんのチャラい性格がうらやましい。


「……秋也も甚兵衛似合ってるじゃん」

「やたっ! 日向子ちゃんにかっこいいって言われた!」

「言ってないけど?」


日向子がしぶしぶしながら、少し照れたようにしてる。チャラい雰囲気の秋月くんの甚兵衛姿は確かに誰が見ても似合ってると思うんじゃないかな。

チラリと横を見たら渡合くんは結安のこと見て固まってるし。ポーカーフェイスのつもりなんだろうけど耳が赤いよ?

あー。やっぱり結安のこと好きだよね? なのになんで付き合えないって言うんだろう。


「結安ちゃん。浴衣姿もよく似合っていてかわいいね」

「あ、ありがとう」


結安が早瀬くんに褒められて照れ照れしてる。

聞いていた通り、早瀬悠真ゆうまくんが参加してる。

穏やかな口調で優しく笑う表情。親睦会での様子をちらっと見ていたけど落ち着いた感じのするヒトだ。穏やかな結安と向き合ってる姿を見るとかなりお似合いな二人にも見える。結安にとってはこんな男子の方がもしかしていいんじゃない?


「どうしたの此花さん?」

「ん? ううん。蓮の浴衣姿。初めて見た」

「おかしいか?」

「(かわいい)かわいい」

「か、かわいいはないだろ(かっこいいじゃない! 鏡見て結構イケると思ったのに!)」


いけない。思ったことが言葉に出てた。

くー。かわいい。怒ってる不満そうな表情もかわいいと思ってしまう。蓮がちょっと泣きそうな顔になった。男子なんだからかっこいいって呼ばれたいよね。ごめん。だって小さな蓮の浴衣姿はどうやってもかわいくしか見えない。


「(中村は中学生に間違われそうだな)」

「(蓮はうっかり小学生に間違われそー)」


渡合くんと秋月くんがなぜか心配そうな目で蓮を見てた。


「蒼空くんと早瀬くんは私服なんだね(渡合くんの私服姿。見慣れたつもりだけど……やっぱりいいな)」


早瀬くんは上下ともダボっとしたゆるコーデ。

渡合くんは白ワイシャツにパンツルック。かなりシンプルな感じ。

結安の視線の先にはやっぱり渡合くんがいる。好きを隠すと言っていたけどこういう時は隠しきれないよね。


「俺、浴衣なんて持ってないから」

「俺も。浴衣ってなんか気恥ずかしいし。中村の勇気がすごいと思う」


早瀬くんの言葉で、そうなの!?と言わんばかりの蓮がおもしろい。高校生男子で浴衣姿は確かに少ないと思う。


「大丈夫! わたしはすごい似合ってると思う! わたしが保証する!」

「なんか圧が強くない?(うん。おおまりにだけそう思われていればいいや)」

「結安も日向子もそう思うでしょ?」

「うん。やばいね」

「わ、わたしは中村くんの浴衣姿かっこいいと思うよ!」

「ありがと……(なんか無理やり言われた気がする)」


ほらやっぱり。わたしの目に間違いはない。なんでちょっと肩を落としてるの? なんで秋月くんが蓮の肩をポンポンしてるの?


「早く行こう! 俺、昼飯食ってないから腹減った! りんご飴食べたい!」

「秋也好きそう。りんご飴いいねー」

「日向子ちゃんも食べよう!」

「はいはい。みんなも行こうか。もしもはぐれたら神社で待ち合わせね」


先に行く日向子の後をついて長い参道を歩いてく。参道の両脇にはたくさんの屋台が並んでいてどこも行列だった。


✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧


「日向子ちゃん、あーん」


一口かじったりんご飴をわたしに差し出してくる秋也。しかもかじったところをわたしに向けてる。


「あのねえ。彼女じゃないんだから。ていうか彼女でもそこまではあんまりしないでしょ」

「そう? こういうのってドキドキしない?」

「しない」


ほんとはひまわりのような秋也の笑顔にドキッとしたことは絶対に言うまい。


「わたしはみかん飴にする。一つください」

「あいよ。じゃんけん勝ったらもう一本ね。じゃんけん……」

「うわ! やった!」

「一つおまけね」


屋台のおじさんが二本くれた。浴衣姿にいい感じ。これも夏祭りの醍醐味だね。


「すげー。浴衣姿にみかん飴って夏祭りの醍醐味だな」


うそ。秋也も同じこと考えてる。


「あは。わたしもおんなじこと思ってた。ほら秋也。一本あげる」

「あーん」


手渡そうとした一本を受け取ることなく笑顔で口を開けてる秋也。みんなの見てる前でその口に放り込めというの?


「……」

「ダメ?」


なんかこのまま『あーん』なんてしたら負けた気がする。


「いい。自分で食べる」


ぺろっと舌を出して二本ともちょっと舐めた。水飴が甘くておいしい。


「えー!」


ふふ。秋也の情けない顔がおもしろくてかわいい。あれ? またかわいいって思ってる。マジかー。秋也のかわいいに毒されてないか、わたし。


「スキあり!」

「あ!」


わたしが舐めたみかん飴を一本、ぱくんと一口にする秋也の頭が目の前にある。子どもっぽいことをする秋也の行動にアホかと思いつつ、うっかり顔が熱くなっていくわたしがいた。


「日向子ちゃん、おいしいよ!」


飲み込んでニカっと笑う秋也。

あんたねえ。何をしたか分かってるの? それ、わたしが舐めたんだよ。顔が熱いんだよ。


「お返し」


満面の笑顔の秋也がしょうこりもなくりんご飴をかじれとわたしに差し出してくる。秋也がかじった方をわたしに向けて。

わざとやってるの? いいよ。食べてやろうじゃないの。

自分の顔に熱さを感じながら秋也の手をつかんでりんご飴をかじった。男子の骨ばった手にドキリとする。

パリパリとした甘さと酸味が口いっぱいに広がると心も甘酸っぱい感じ。

秋也の手をつかむわたしの手とわたしの顔を交互に見つめてちょっとだけ面食らったような顔の秋也。わたしが口にするとは思わなかった?


「りんご飴もおいしいね」

「でしょ」


秋也の笑顔がひまわりだった。

秋也の手に残るりんご飴が太陽に照らされて宝石のようにキラキラと輝いて見えた。

でもね? わたしが口にしたのは秋也がかじった場所の隣だから。

わたしはまだ秋也の彼女じゃないんだよ。わたしをこまりに取られたくなかったらもっとかっこいいとこ見せてね。そしたら……


✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧


「やば! すっごいいい写真撮れた!」


スマホで撮影した日向子と秋月くんのツーショット。りんご飴と二人の笑顔。これを見せたらどんな反応するか楽しみ。あとでLIMEに送信しよう。


「やー。日向子、楽しそうだなあ。蓮もそう思わない?」

「うん。秋也のやつ攻めてるなあ」

「この感じだとそのうち付き合い始めそうだよね(いいなあ。わたしも蓮に『あーん』してもらいたい)」


二人のことをうっかり物欲しそうな目で見てしまってないかな?


「此花さん。たこ焼き好きだよな。一人で食べると色々食べれないから半分ずつ食べない?」

「いいよ」


蓮とは家族ぐるみでもいろんなとこに行くことがあるから半分こなんて慣れっこだった。早速たこ焼きの屋台に蓮と一緒に並ぶ。


「一つください」

「一つね。……綺麗なお姉さんだねえ。大学生かい? こんな素敵なお姉ちゃんがいると弟くんもうれしいでしょ。はいどうぞ」


屋台のおばさんからたこ焼きを受け取って食べれそうな場所に移動する。


「へへ。綺麗って言われちゃった」

「……」

「どしたの? 蓮?」

「やっぱり弟って言われるんだと思ってさ」


わたしが姉で蓮が弟と言われることは今回が初めてじゃない。子どもの頃からどこかしらに一緒に行くと必ずと言っていいほどだった。数を重ねていることもあって、そのことについてはわたし自身は何も思わないようになっていたけど。


「俺は弟じゃない」

「うん」

「俺、もっとデカかったら良かったのになあ」


たこ焼きを口にすることなく、まだ陽の高い青空を仰ぎ見る蓮。


「蓮はそのままでいいんだよ」

「そのままか。それ、俺も此花さんに言ったことあるな」

「そうだね」


身長を計った時のことだ。背が伸びてショックを受けていたわたしをそのままでいいと言われてとても嬉しかったことを覚えてる。


「此花さんを見上げるチビの俺はかっこよくないだろ?」

「そんなことない!」

「そうか? 俺なんて中学生か小学生か浴衣着てはしゃいでる子どもにしか見えないだろ? やっぱりこんな俺じゃダメだよな」


蓮のあきらめたような悔しいような表情を見ると、背の高いわたしが隣に立ってはいけないのかもと思ってしまう。通り過ぎて行くヒトたちの目にはわたしと蓮は仲のいい姉弟にしか見えないのかもしれない。

手を伸ばせば届く。

すぐそこにいる。

だけど蓮が遠い。

こんなに近くにいるのに遠く感じる。

まるでベランダにいる時の気持ちを思い出す。

わたしは蓮のお姉ちゃんじゃない。

嫌だ。そんなのは嫌だ。

わたしは蓮の彼女にふさわしくないのかもしれない。そんな気持ちがあふれて目頭が熱くなる。


「わたしは……蓮の特別なんでしょ?」


蓮はわたしのことをとても特別で大きな存在だと言ってくれていた。だからおおまりと呼ぶと。


「ん?」

「わたしのこと。学校でもおおまりって呼んでほしい」

「そしたら中学の時みたいに男子からからかわれるだろ。そんなのは俺だって嫌だ」

「それでもいい。特別な呼び方で蓮から言われたい。蓮の声しかわたしの心に響かない。みんなの前でも学校でも、わたしを蓮の特別にして」


涙が頬を伝って、ぽたぽたとあごから落ちていた。


「おおまりは俺の特別だよ。今までもこれからも……」


小さな蓮がわたしを見上げて手を伸ばす。わたしの頭を優しくさすってくれる。


「その、今はそれでいいだろ?(もっと自分に自信が持てたら……その時まで待っててくれよな)」

「うん……」


わたしの頭を優しくさする蓮の手に、わたしの手を重ねていた。

わたしの心に優しさが広がっていく。


「熱いうちにたこ焼き食べよう」

「うん」

「手」

「え? あ!」


無意識に手を重ねていたことにびっくりした。きっとわたしの顔はたこよりも真っ赤になってる。


「ほら」


蓮がたこ焼きを一つ、お箸で持ち上げてくれている。もしかして秋月くんの真似?

まるで蓮の彼女になれたような……


「うん!」


また一つ。涙がこぼれた。

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