22センチ 仕切られたネット

「結安ちゃん。こっちこっち」

「は、はい」


クラスの男子、早瀬悠真ゆうまくんに手を引かれて足早に追いかける。他のクラスの男子も女子もいろんなグループに分かれて施設の中を楽しんでる。

わたしも含めて、参加できる2組の生徒は終業式が終わった後、二学期もがんばろう親睦会ということでアミューズメント複合施設で制服のまま遊んでいた。わたしが今いるところはミニスポーツができるエリア。他の階ではゲームがたくさんあったり。別料金でボウリングやカラオケもできる。


「これなら結安ちゃんでも楽しんでできるでしょ」

「そうだね。これならわたしにもできるかな」


早瀬くんに渡されたのはパターゴルフで使う道具とボールだった。子どもの頃にも両親とやったことがある。わたしが運動が苦手なことはみんなの周知の事実で誰でもできるスポーツを選んでくれた。


「でもいいの? 男子はバッティングとかサッカーしてるのに」

「うん。だって今日の親睦会の目的って普段話さない人と交流するのが目的でしょ? 俺、結安ちゃんと一緒に行動したかったんだ」


早瀬くんのいう通り。親睦会実行委員の提案で仲の良いヒトとはなるべく遊ばないであまり話したことのないヒトと遊ぶようにと言われてる。日向子ちゃんらしいアイディアだなあと思った。

そんな日向子ちゃんに『俺は日向子ちゃんといるー!』と言う秋月くんに『こら! 実行委員のわたしがそんなことしたら示しがつかないでしょ! こっちくんな!』という二人のやりとりをみんなが笑ってた。


正直わたしには難しいとも感じたけど、いろんなヒトとお話しようと決めたこともあったからがんばるつもりではいる。


「わたしでよければ……」


がんばるとは思っているけれどいきなり結安ちゃんと呼ばれて少し戸惑っていたりする。


「あ。ごめんね。いきなり名前でちゃん付けでさ。その方が早く馴染めるかと思って。俺のことは呼びやすい方で気楽に呼んでくれればいいから」

「あ、ありがとう。じゃあ、早瀬くんて呼ぶね?」

「よろしく結安ちゃん」


早瀬くんの穏やかな笑顔が優しい。

早速パターゴルフを始めた。これくらいならできると思っていたんだけど……。わたしがボールを打つと強すぎたり弱すぎたり方向が違ったり、いつまで経ってもボールが穴の中に入らない。


「ちょっと後ろの人に先に行ってもらおうか」

「あ。す、すいません!」


大人のお客さんが後ろで迷惑そうな顔で待っていた。慌ててコースの脇に移動する。


「早瀬くん。うまくできなくてごめんなさい」

「大丈夫だよ。俺は結安ちゃんと一緒で楽しいから。みんなそれぞれペースがあるんだからさ。結安ちゃんのリズムでいいから失敗なんか気にしないでゆっくり楽しもうよ」


にっこりととても優しく話してくれる。ふんわりした印象の笑顔がとても安心な気持ちにさせてくれる。そんなわけはないんだけど失恋したわたしの心にそおっと触れてくれてるみたいな錯覚を覚えて落ち着く。わたしが渡合くんに振られたことを知っているのかもなんて思ったり。もしかしてこんな風に癒されて新しい恋が始まったりするのかな?


新しい恋、と思った瞬間。

背の高い渡合くんの姿を探してた。

仕切られたネットの向こうに見つけた。

目が合う。困らせたらいけないのにと慌てて目を逸らす。

だけど……また見てしまう。

また目が合う。

渡合くんが微笑んでる。視線が交わると隠したはずの想いが顔を出しそうになる。


「結安ちゃん?」


早瀬くんがわたしの視線の先にいる渡合くんに気づいたかもしれない。


「あ。なんでもない」

「続きやろうか」


パターゴルフを再開するといつまでも下手なわたしに無理に教えるでもなく急かすでもなくずっと寄り添うようにいてくれた。

終わってみるともう何回打ったかも分からない。たぶん軽く100回は超えてる。


「あの。わたしと一緒だとつまらなくないかな?」

「全然! ある意味奥深くてとても楽しいと思う」


腕を組みながらしみじみとした感じで話す早瀬くんが少し可笑しかった。


「あはは。それって褒められてるの? わたしってほんとに何をやっても下手だからなあ」

「もちろん褒めてるんだよ。下手を楽しむのもありなんじゃない? なんでもうまくできてもつまらないし。結安ちゃんのへっぽこもいいと思うし一緒にいると癒やされるよ?」

「あ。へっぽこって言った」

「ははは」


ほんとに愉快そうに笑う早瀬くん。一緒という言葉にドキリとしてしまった。

下手を楽しむかあ。そんなこと考えたこともなかった。不安になりそうなわたしに穏やかをくれる。こんな風に一緒にいるだけで安心させてくれるヒトもいるんだな。


「次はバドミントンでもしてみようか?」

「う、うん。がんばる」


バドミントンなんて実はほとんどやったことがないけど早瀬くんなら優しく相手をしてくれそう。


「あっちだね」


隣に並んで歩いてく。その先で……

渡合くんが高々とジャンプをする姿が見えた。バレーボールを相手のコートに叩き込んでる。おおーと周囲から上がる歓声。

か、かっこいい。

画面の中のヒトみたい。思わず立ち止まって見惚れてしまった。わたしの知らない渡合くんがいる。もっと知りたいと思ってしまう。

ボールが飛び出さないように仕切りのネットが張られたコートの中に数人の姿。クラスの子たちが二組に分かれてバレーボールをしていた。


「あまり無理するなよ!」

「少しくらい大丈夫だって」


他のコートでサッカーをしていた中村くんが緊張感のある声をあげている。視線の先にいるのはこまりちゃん。もう一つのコートでバレーボールをしていた。

もしかしたら渡合くんよりも高いジャンプでネットのすれすれでボールを打っている。

か、かっこいい。

だけど中村くんと一緒でわたしも心配。こまりちゃんは選手生命が絶たれる怪我を肘と膝にしていて手術もしたと聞いていたから。


「すげー。渡合とこまりが勝負するとこ見てみたいなあ」


一人の男子の提案で渡合くんチームとこまりちゃんチームが結成されて勝負することに。ゲームが始まると二人ともすごい身体能力と技術でみんなをあっと言わせて盛り上がっていた。


「綺麗……」


渡合くんがバレーボールに打ち込む姿に感動して見惚れていた。こまりちゃんの方が選手としてはすごい感じなんだけどそれ以上に渡合くんのプレイが輝いて見えた。


「こまり!」


スパイクを打った後、コートの真ん中でうずくまるこまりちゃんを見てネットを潜って駆け寄る中村くんの表情がとても不安そうだった。


「あれ? どうしたの蓮?」

「どうしたって……靴紐ほどけただけ?」


こまりちゃんを始め、運動をするということで革靴じゃない子たちが多い。わたしはローファーのまま。


「え? うん。そうだよ?」


顔に手を当てて安心のため息をついてる中村くんに、きょとんとしていたこまりちゃんの顔が急に真っ赤になっていた。


「(もしかしてわたしのことが心配になって飛んできてくれたの!?)」

「……大丈夫ならいいんだけどさ。無茶はするなよ?」

「う、うん! もうやめる! ごめん。わたし膝が心配だからやめるね。蓮、待って! (さっき、こまりって呼んだよね!?」


コートの外に出ようとする中村くんを全力で追いかけてる様子をみんながあたたかい目で見てた。


「あはは。あの二人は分かりやすいなあ。あれで交際してないんでしょ?」


早瀬くんが愉快そうに聞いてくる。


「うん。そうみたい。日向子ちゃんが早くくっつけばいいのにって話してるよ」

「日向子さんて松本さんか。秋也と交際間近ってみんな言ってるよね?」

「どうかな?」


この二組はクラスのみんなからもそういう目で見られてるけど、日向子ちゃんはその気はなさそうだし、中村くんはどう思ってるか分からないってこまりちゃんが言ってた。


「……結安ちゃんは? 誰かと付き合ったりしないの?」

「え!」


まさかわたしのことを聞かれると思わなくて素直にびっくりした。


「わたしは……」


渡合くんの彼女になりたいと思っていた。だけどそれはもう叶わないかもしれない。いざ聞かれると悲しい想いがあふれてしまいそうになって顔が曇る。


「また結安ちゃんと二人で一緒に遊びたいな。あ。あっちでみんなが呼んでるからさ。結安ちゃん、みんなとも遊びたいでしょ。合流しようか」

「うん」


他の女子の視線もあったし、男子と二人きりでいることに少し気持ちが落ち着かないでいることに気づいてくれたのかな? 早瀬くんはほんとに優しいヒトなんだなあ。


それから夕方になるまで遊ぶヒトを交代しながら楽しんだ。渡合くんと一緒にいる時間は少しもなかったのに、ふとその姿を追いかけている自分に気がついた。


✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧


「渡合、ちょっといいか?」

「ああ」


早瀬に呼ばれて誰もいない隅に移動する。


「どうかした?」

「渡合さ。結安ちゃんのこと振ったよな」

「……それが?」

「今日一日。結安ちゃんはずっと渡合を見てた。今でもお前のこと好きだぞ」


知ってる。俺も見ていたから。だけど俺には……俺の事情があるんだ。


「……」

「何にも言わないのか? 俺、真面目に結安ちゃんがいいなって思ってる。遠慮しないでいいんだな?」

「俺は……俺には止める権利はない」


そう。俺には俺の人生を楽しむ権利なんてない。


「権利ね。分かった。夏祭りの話、秋也から聞いた。俺も参加していいか?」

「好きにしろよ」


大森さんの隣には、俺なんかより早瀬みたいなやつがいた方が幸せなのかもしれない。


✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧


「はい。それじゃあ時間になったので解散します」

「この後はみんなおとなしく家に帰るように」

「みんな制服なんだから問題起こすようなことしちゃダメだよー」


実行委員の日向子ちゃんと男子がみんなに声をかけている。実行委員は一人残らず帰りを見届けるために最後までいることになっていた。


結局、秋月くんは日向子ちゃんにずっとついて回っていたわけではなくきちんと日向子ちゃんがみんなと楽しめる時間を作っていたと聞いた。


「ごめん。結安。わたし、蓮と二人で帰ってもいいかな?」

「もちろん。がんばってね」


こそっと耳打ちしてくるこまりちゃんに拳を振って応援する。


こまりちゃんが中村くんに声をかけてる。渡合くんは……他の女子と話していた。とても楽しそうに話している光景に胸がズキンとする。いけない。二人にも日向子ちゃんたちのためにも迷惑をかけないようにわたしも先に帰ることにする。


渡合くんとは夏祭りまで会えないな。そして夏休みが終わるまで会えない。でも家が隣だから会うこともあるかも。……また渡合くんのことを考えてる。


「結安ちゃん!」

「あ。早瀬くん。今日はありがとうございます。とっても楽しかった」


駆け寄ってくる早瀬くんに本心から思ってた御礼を言う。


「ほんと? 良かった。俺も楽しかったよ」


にっこりした笑顔と口調がとても優しくてほんとに安心する。


「こんなに遊んだの生まれて初めてかも。みんなと楽しいって嬉しいね」

「俺も嬉しいよ。良かったら一緒に帰らない?」

「え? うん」


最寄駅まで二人で並んで歩き始めた。今日の楽しかったことをお互いに話して自然に笑い合えることが穏やかな時間だと感じた。


「夏祭りにみんなで遊ぶんだって?」

「うん。とっても楽しみ」

「渡合からオッケーはもらってるんだけどさ。結安ちゃん、俺も夏祭りに参加してもいいかな?」

「え」


渡合くんから?

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