21センチ パラソル付きのテーブル

「おはよう」


朝の挨拶と一緒に返してくれた微笑みはとても柔らかくて優しいものだった。さっき感じた寂しそうな表情はもう消えている。


「昨日は……」

「蒼空くん。今日から友達として改めてよろしくお願いします」


渡合くんの言葉を遮って言いたいことを伝える。きっとごめんと言わせてしまうから。


「いいの?」

「うん。嫌じゃなかったら友達として名前で呼ばせてもらおうと思ってるんだけどいいですか?」


わたしの中にある好きは隠すことにした。

そう。もう好きという想いを伝えることはしない。これ以上渡合くんを困らせたくない。だからこそ蒼空くんと名前で呼ぶことにした。

今はただ、友達としていられれば。


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目の前にいる大森さんが朝の太陽を受けてとても元気な笑顔を浮かべている。

なんでこんなにも明るく振る舞えるんだろう。


初めて会った時。小さな大森さんを見て。正直、妹が成長したらこんな感じかもしれないと思った。全然似てはいないけれど。

それから気になって大森さんの姿を追いかけるようになってしまった。

最初はヒトと接することが苦手なとても不器用な女の子だと思った。だけど此花さんや松本さんたちと過ごしているうちにどんどんと増えていく笑顔がとても気になった。小さな体なのに、いつも必死に懸命にがんばる姿に目が離せなかった。

大食いはびっくりしたけど。

どれだけ大森さんという存在に俺の心が助けられたことか。


教室、体育館、通学路、電車、グラウンド、中庭、どこにいても目で追いかけてしまった。こんなに見つめてやばいと自分で思うくらいに、いつの間にか一人の女の子として見ていた。


風邪をひいた後。大森さんがもう一度お見舞いにきてくれた時。心の底から嬉しかった。自分の家に女の子がくることにとても緊張をしていたのに。その上、手料理を用意してくれた。まさか自分よりもたくさん食べるとは思わなかったけど。

キッチンに並んで立った時。涙をこぼす大森さんを目にした。俺の中に隠した悲しみと想いに気づかれたのかと思った。

不意に後ろから抱きしめたくなってしまった。

こんなにかわいいなんて。そんな想いを必死で我慢した。


昨日。大森さんの告白を受けて、大森さんを泣かせてしまった。

その大森さんが今、目の前で笑ってくれている。その元気な笑顔を見て、きっと無理をしていると思うと心が辛くなる。


「今日も勉強会やろう。期末テストがんばろうね」


悲しい思いをさせたはずなのにそれを感じさせない大森さんの強さに心が締めつけられそうだった。


「大森さんに負けないようにがんばるよ」


それしか言えなかった。

俺の中にある隠した想い。

本当は伝えたい。

だけど言えない。

俺だけ幸せになるわけにはいかない……

俺が、母さんと妹を死なせてしまったのだから。


✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧


「ごめんなさい」


期末テストの返却日。あまりヒトが通らない階段に呼び出されたわたしの目の前でクラスの女子が3人頭を下げている。


「えーと。なんで謝るの?」


この女子たちは女子更衣室で渡合くんと中村くんのことで言い合いをした3人だ。


「結安がちゃんと真面目に渡合くんを好きだってことが分かったから。最初は人気の男子にあざとくアプローチするやつだと思ってたから」

「こまりの言う通り一生懸命な子だったね」

「あと日向子の言う通り天然だった」


もうすぐ一学期が終わるという時期になって。わたしの性格は天然だと、みんなからすっかり認められてしまっている。そんなことないと思うんだけどしょうがない。それにいつの間にかこまりちゃんと日向子ちゃんがわたしをかばうようなことをしてくれていたんだなと思うと胸がジーンとして涙がこぼれそうになる。


「ううん。私の方こそごめんなさい。ちゃんとしっかりしてなかったと思うし。誤解をさせるようなことをしてたと思うから」

「今はちゃんとしっかり告白できるいい子だって思う。学校で大泣きするくらいの気持ちは分かるよ! 振られたもの同士一緒にがんばろうね!」


わたしが渡合くんに告白して振られたという事実がこの数日の間に結構な人数に広まっていた。大泣きしながら全力疾走していたと。その時のことを自販機コーナーの近くで見ていた女子が数人いたらしい。誰もいないと思っていたのに。あの時は思いあまって告白してしまったからしょうがないけど恥ずかしい。


「うん。ありがとう。だけどわたしは……」

「そんなに簡単にあきらめられないよね? わたしもそうだし」

「わたしは……友達としてがんばろうと思ってる」

「そうなの? まあそれもいいかもね。それじゃね」


わたしを後に先に歩いていく3人。

やっぱり好きという気持ちをあきらめない子がいるんだ。今の話を聞いて、わたし自身があきらめるというところまでは考えていなかったということに気づいた。いつかあきらめて、渡合くんへの好きを忘れて、他の男子を好きになったりすることがあるのかな。そしたら今のわたしはどこに行ってしまうんだろう。それはとても寂しいことかもしれないと思った。


✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧


「というわけで! みんなに集まってもらいました!」

「反省会までやるとは思ってなかったー」


日向子ちゃんの掛け声を聞いて、秋月くんが頭を抱えるようにバンザイしてる。

テスト返却がすべて終わった放課後。わたしたちは日向子ちゃんの提案でテストの成果を発表し合うことにした。ショッピングモール内にあるファストフード店でお昼ご飯を買って、店外にあるパラソル付きのテーブルに6人で陣取っている。


「全教科の合計得点一位は! なんと渡合くん! 最下位は……秋也!」

「マジかー」

「ちょっと。せっかくわたしが数学教えてあげたのにこの点数は何よ!」

「俺、がんばったんだよ? だけど日向子ちゃんだって下から二番目。一緒に勉強しよう! 夏休み毎日!」

「毎日会うつもり!?」

「もちろんそのつもりだけど?」

「やだ!」


日向子ちゃんの隣に座る秋月くんが体をくっつける勢いで日向子ちゃんに迫ってる。この二人はいつも仲がいいなあ。

結果は、上位から渡合くん、わたし、こまりちゃんと中村くん、日向子ちゃん、秋月くんの順番だった。


「ねえ。なんでわたしと蓮の点数が全部一緒なの?」

「俺も不思議。此花さん、中学の時はバレーボール命であんなに成績悪かったのに。受験勉強もラストスパートすごかったし。高校に入ってからもがんばってるんだな。偉いじゃん」

「え。そ、そうかな(偉いって言われて嬉しい。蓮と同じ大学に行けるようにがんばるもん!)」


微笑む中村くんに褒められてこまりちゃんが照れ照れと顔を赤くしてる。こんなに中村くんへの好きがあふれてるのに中村くんは気づいてないのかな? だとしたらわたし以上に鈍感だと思う。


「……わたし。本番でこんなに点を取れたの初めてかも」

「そうなの?」

「うん。中学の時もこの間の中間テストもいつもあまり良くないの」

「それはきっとさ。自分に自信が持てたからじゃないのかな?」


渡合くんの言葉で、とても爽やかな夏の風が吹いた気がした。

自分に自信。

それはね。きっと渡合くんを好きになったから。その想いがわたしの心を強くしてくれるんだよって言いたい。

今まで自信なんか持てたことは少しもなかった。そして高校に入ってからずっと、こまりちゃんやみんなと一緒にいれて何かが変わっていってるのかもしれない。


「うん。だったら嬉しいな」


そう。渡合くんを好きでいることで強くなれるのなら、それはとても嬉しいこと。


「俺もこんなに高得点は初めてかな? 大森さんが教えてくれたからだよ。ありがとう」

「ううん。そんなことない。わたしが教えてもらうことの方が多いくらいだったし。これじゃ蒼空くんへの御礼にならないね」


期末テストが終わるまで、都合の合うヒトは毎日図書室に集まって勉強会をした。勉強をがんばっていたわたしは渡合くんにタオルハンカチの御礼のためにもしっかり教えるつもりだったけど、途中から逆に教えてもらうことが増えていってしまった。


「そんなことないって。しっかり御礼は返してもらったよ」

「そうかな?」

「そうだよ。名前で呼んでくれるようになったしね」


最後の一言だけ。みんなに聞こえないようにわたしの耳元近くで囁くように言う渡合くん。

ーーー!

目が見開いて心臓がぎゅうううっとなる。

その瞬間はみんなには見られていなかったけど。心が沸騰しそうになるくらいだったからジュースを一息に飲んだ。

最近やっと気づいたことがある。渡合くんは意地悪だ。以前よりも渡合くんの距離感が近いことがある。名前で呼ぶようになったからなのか分からないけど振られたのにこういうことをされると、好きを隠そうとするわたしの決心が鈍ってしまう。


「テスト前になったらまた勉強会を開きたいと思います。みんないい?」


日向子ちゃんの提案にそれぞれの言葉で了承するみんな。みんなで集まって勉強するのはとても楽しかったからより励みになる。


「というわけで反省会終了! 終業式にするクラスの親睦会もあるけどさ。夏休みになったら夏祭りでみんなで遊ぼうよ!」

「わたしも賛成!」


こまりちゃんに続いて賛成の手が上がる。渡合くんの手が遅れて上がった。日向子ちゃんのリーダーシップでどんどん決まってくなあ。


「日向子ちゃん、浴衣着るの!?」

「あー。どうしようかな? 見たい?」

「見たい!」

「……(この。笑顔がかわいいか)

わたしはこまりのかっこいい浴衣姿が見たいな」

「うん。もちろん浴衣着るよ」

「俺も浴衣着ようかな……」

「(蓮の浴衣姿……絶対かわいいに決まってるよー)」


なんだかみんなが浮かれてる気がする。わたしは浴衣はどうしよう? こまりちゃんが小学生の時のを貸してくれるって言ってたけどやっぱり買おうかな?


「でもさ? 夏祭りってどこの行くの?」

「一番日程が近いとこかな?」

「なるべく近いとこがいいよね。ちょっと調べるね?」


みんなでスマホを手にお祭り情報を検索する。


「うーん。八月に入ってからが多いかなあ?」

「結構先になっちゃうな」

「俺、バイトも入れたいし予定が立てやすい方がいいんだけど」


学校の最寄駅のお祭りや各所で行われるお祭り情報を見せ合うみんな。わたしはあんまり検索とかしないからうまく見つけられなかった。


「それならうちの近所にある神社の夏祭りが7月24日の日曜にあるけどそれにする? 結構大きい神社だよ」

「あ。それってわたしも中学の時に行ったことがある」

「その祭りがあったね。忘れてた」

「いいんじゃない?」


こまりちゃんも中村くんも家が近いだけあって知ってた。

渡合くんが提案した夏祭りは、割と有名な神社で行われるもの。出店やお神輿とか土日の二日間たくさんのヒトで賑わうお祭りだ。

渡合くん、引っ越してきたのによく知ってるなあ。


「そうしよう! 決まり!」


あっという間に決定した。


「大森さんは浴衣着るの?」

「え。たぶん浴衣かな?」


「ほんと? すごい楽しみ」


パラソルの下だけど影に隠れることのない渡合くんの笑顔。今日一番。夏に晴れ渡るように爽やかな笑顔だった。

わたしの心に隠したはずの好きが飛び出してしまいそうになる。

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