20センチ 教わったメイク

はっ、はっ、はっ、はっ

息が上がる。数学の教え疲れで喉が渇いたまま走ると結構しんどい。だけど走る結安を追いかけないわけにはいかない。結安の足が遅くて良かった。わたしもそんなに運動は得意じゃないし速くはないから。

通学路を外れて小さな公園に向かってるみたい。わたしも渡合くんに振られて大泣きした場所。

公園に入ったところで結安が転んだ。


「結安! 大丈夫!」

「……うん」


確認したら転んだだけで怪我はしてない。顔を見るとまだ涙が流れてる。心の怪我はしてそう。


「ベンチに座ろ」


手をつかんで引っ張り上げる。重い足取りの結安をベンチに座らせて自販機から自分用の飲み物を買ってくる。結安はいちごミルクのパックジュースを持ってたから。

ポコンとLIMEの着信音が鳴った。

『どこ?』

こまりからだ。

『近くの公園で結安といる』とだけ送る。


結安の隣に座ってペットボトルのフタを開けるとごくごくと一息に半分くらい飲んだ。冷たい麦茶が沁みる。一緒に買った冷たい天然水で濡らしたタオルを結安の手に置くと目に当てていた。まだ肩を揺らしてる。泣き止みそうにないから隣で大人しく待つことにした。


「結安! 日向子!」


こまりが走って公園に入ってきた。足が速いだけあって到着が早かったな。

結安を真ん中に挟んで三人でベンチに座る。こまりが結安の背中をさすり始めたからわたしも優しくさする。結安がいくらか落ち着いたみたいでいちごミルクを少しだけ口にしたところで話を聞いた。


「振られちゃったかあ」

「……うん」


涙の止まった結安がこくんと小さく頷いた。勉強会の合間にまさかほんとに告白するとは思わなかった。期末テスト前だし結安のメンタルがこの後どうなるか心配になる。


「結安ごめん! 渡合くんが結安のこと好きかもってわたしたちが散々言ったからだよね!」


こまりが手を合わせて謝ってる。そうかもしれないけど結局どういうタイミングで告白するかは結安次第だしどうしようもないよ。


「ううん。そんなことない。半分勢いだけど、好きという気持ちと彼女になりたいと伝えたかったから」

「ちゃんと告白できたんだね」

「うん。言えた」

「結安、偉かったね」

「そうだよ。あんなに引っ込み思案だったのに告白できたなんてすごいことだよ」


入学してしばらくの間。結安はお世辞にも人付き合いがうまいとは言えなかった。だけどこまりやわたしと一緒にいるようになって日を重ねるごとにしっかりおしゃべりをするようになっていった。今では他の女子や男子とも割と普通に話せるようになっている。遠慮もしなくなったしちゃんと自信を持ってるように見える。

それがとうとう渡合くんに告白するまでになっているなんてすごい。


「うん。わたし、言えて良かったと思う。いっぱい泣いちゃったけど後悔はしてないよ。だけど……ちゃんと友達でいてくれるかな? 渡合くんを困らせちゃったよね?」


結安が不安そう。振られたばかりなのに相手のことを心配するなんて偉いなあ。わたしは渡合くんに告白したけどそこまで考えられなかったよ。


「大丈夫じゃないかな。渡合くん、振ったわたしに次の日からも割と普通だったし。わたしもなるべく気にしないで話したし」


そうなんだよね。まるでなかったみたいに普通に接してくれた。ある意味まったく相手にされてないってことかと当時は思ったけど。それとも渡合くんはそういう性格なのかもしれない。


「まあ。あんまりぎこちなくなりたくなければなるべく普通にしてた方がいいよね。わたしが言えたことじゃないけど」

「ほんとだよ。こまりは気持ちが態度に出すぎ」


わたしが気づいただけでも結安と中村くんのことを露骨に避けてたし。


「はい。ごめんなさい」

「わたし、明日からちゃんと友達として普通でいるようにがんばる」


決心したように両手を胸の前に握り拳を作ってる。泣いた後がいじらしい。


「偉いよお」

「かわいいよお」


二人で結安を挟んで頭をなでなでする。


「だけど……渡合くんを好きな気持ちはそのままでいいかな? 好きな気持ちをどこかに置いてかないとダメかな?」

「そんなことない!」

「そうだよ! そんな簡単に想いを捨てなくていいんだよ! わたしなんてもう5年も蓮のことを諦めきれないんだし!」


5年!? そんなに片思いしてるの!? そっちの方がびっくりだよ。


「なかなか長いね。さすがに一途すぎない? 新しい恋を見つけた方がいいんじゃないの?」

「わたしもそうは思うこともあるけど蓮のことが好きなんだもん」


人差し指をつつき合わせてつの口をするこまり。


「くぅ。こまりもかわいいか」


一途な想いがあふれてる表情にキュンとなっちゃったじゃないか! いよいよわたしもこまりに落とされてしまうかもしれない。そしたらごめんね秋也。ん? なんであいつの顔が思い浮かぶんだ? 待て。どっちもはダメでしょ。


「でもさ。『誰とも付き合わない』ってなんだろね? ちょっと意味深じゃない?」

「あー。わたしが言われたやつね。やっぱりそう思うよね?」


だけど結安から聞いた話だと『大森さんと付き合えない』だよね? ちょっと意味が違くない? 『誰とも』と『大森さん』。『付き合わない』と『付き合えない』。なんか気になるんだよなあ。そもそも結安のことを好きかと2回も聞いたのにどっちも否定してこなかったし。


「せめて理由が分かるといいかもしんないけど蓮が聞き出すようなことはしない方がいいって言ってたしなあ」

「確かにそうだね。なんかみんなでぱーっと遊びたい! ……夏祭りは女子だけで行くことにする? その方が良くない?」


「や。わたしは蓮とも行きたいです」

「あの……できれば渡合くんと……その、友達でいいから」


顔を赤くしてそんなことを言ってる。

二人ともかわいいか。


「じゃあ5人で行く計画を立てますか」

「え? 秋月くんは?」

「え? 別に呼ばなくて良くない?」

「日向子ちゃん、それはひどくない?」


泣いたばかりの結安に言われてしまった。


「わたしもそう思うんだけど。あんなにアピールしてるのに」


こまりにも言われた。

そうか? そうかな? しょうがない。あいつも呼ぶか。


✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧


渡合くんに振られてしまった。

家に帰っていつも通り洗濯とお掃除。近所のスーパーに食材の買い出し。遅くに帰ってくるお父さんとお母さんと、わたしの分の夕食を作りつつ明日の朝とお弁当の下拵えもしておく。お風呂掃除は最後に入るお母さんが夜のうちにしてくれる。ゴミ出しはお父さんの仕事。わたしたち家族が同じ時間を過ごす時間はとても少ないけどもう慣れてる。

お風呂から上がって勉強。就寝時間になったのでベッドに横になる。


あんなに大泣きしたのは初めてのことだった。

子どもの頃から聞き分けが良かったわたしは親を困らせたりわがままを言ったことがあまりない。だから気持ちの問題でひどく泣くことはあまりなかった。

いつだかクラスの女子と言い合いをした時もここまでは泣かなかったと思う。

その分、ほんとに渡合くんのことが好きな自分がいるんだなと思った。


渡合くんはわたしと付き合えないと言った。だけどもしかしたらいつかわたしのことを振り向いてくれるかもしれない。わたしは自分の好きという気持ちを大事にしたい。実らないかもしれない。だけどがんばりたい。

渡合くんからもらったいっぱいのありがとうを捨てたくない。もっといっぱいいろんなヒトと話せるようになってメイクも上手にできるようにがんばろう。


翌日の朝。しっかり冷やしたおかげか泣いた後の腫れもすっきりなくなっていた。こまりちゃんと日向子ちゃんに教わったメイクも少しずつ練習していて少しは上手くなってる。だけどメイクをして学校に行ったことはない。だから今日は少しだけどメイクをして髪を巻いた。巻いた髪は電車に乗る前に元に戻っちゃったけど。


「うわ! 結安がメイクしてる! かわいい! 上手くできてるよ!」


いつもの待ち合わせで顔を合わせたこまりちゃんが褒めてくれて頭をぽんぽんとなでてくれて嬉しい。自然と笑顔になる。

学校の最寄駅に着くと日向子ちゃんが待ってくれていた。やっぱりメイクのことを褒めてくれて頭をぽんぽんとなでてくれる。

あんまり嬉しいから二人に抱きついたら抱きしめ返してくれた。友達がいるってほんとに素敵で嬉しいことなんだな。


普通におしゃべりしながら通学路を歩いていく。振られたことで塞ぎ込んでもしょうがない。こまりちゃんと日向子ちゃんに余計な気を遣わせたくもない。元気で明るい方がいいに決まってる。だけどドキドキする。渡合くんと会ったらどんな顔でいたらいいんだろう。目を合わせられないかもしれない。逃げてしまうかもしれない。うっかりそんなことを考えるとうつむいてしまいそうになる。


「「結安」」


二人に夏服の裾を引っ張られた。目線で示された方に目を向ける。

夏の緑が深まった桜の下、校門にいた渡合くんがこちらを向いている。なんでか分からないけど、わたしを待っていてくれてると思ってしまった。

柔らかな微笑みの中に少しだけ寂しそうな表情をしている。初めてのメイクをしたわたし。わたしにできることは一つだけ。渡合くんのすぐ目の前に立つ。


「おはよう。蒼空そらくん」


青空を見上げるように。

見上げて青いそらの中に渡合くんがいる。

わたしにできる最高の笑顔を送った。


渡合くん、わたしはあなたのことが好きです。

だから、彼女じゃなくても、名前で呼ばせてください。

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