6センチ ブレザーのボタン
新体力テストが終わった後のことを思い出す。
わたしの質問に蓮から質問で返されて、答えることができずに逃げるように更衣室に向かった。
『こまりちゃん。そろそろ帰ろうか』
『あ。ちょっと先生に聞きたいことがあってさ。少し長くなるかもしれないから先に帰ってて』
『そう? 分かった。じゃあ先に帰ってるね』
今日は健康診断と新体力テストをするだけでお昼休みもなくて良かったのかもしれない。わたしの顔をあまり見られたくなかったから。帰る時間になって結安との下校を初めて断ってしまった。先生に用事なんかあるわけないのに。どうしても余計なことを考えてしまう。当たり前だけど高校になって新しい出会いがある。当然、蓮が結安と交際することだってある。胸がモヤモヤしたまま結安と話をするのが辛かった。
新体力テストが終わった後の教室での二人のやりとりも思い出してしまった。
『大森さん、膝は大丈夫? 帰りは俺の肩を貸そうか?』
『え? でも……』
『遠慮しないでいいよ』
『だ、大丈夫!』
肩を差し出す蓮に慌てて結安が断っていた。
そこまでひどい怪我じゃないのにそこまでしなくても良くない? 保健委員だからってそこまではしないでしょ? とか思った。
いろんなことを思い出して、蓮がもしかしたら結安のことを好きかもしれない。と、どうしても思ってしまった。
そして今、自分の部屋にいる。カーテンを開けて窓を開ければベランダ越しに蓮の部屋が見える。中学の時まではよくベランダに出て二人でおしゃべりしてた。もうしばらくそんなことはしていない。あいつ……いま何をしてるのかな? ちらりとカーテン越しに蓮の姿を想像する。風呂上がりとか……アホかわたしは。
「はあー」
シャワーを浴びて髪をしっかり乾かしたわたしはパジャマ姿でベッドにダイブする。
『だったらどうする?』……か。
なんでそんなこと聞くの? どうするもこうするもないじゃん。わたしは蓮の彼女でもなんでもないんだし。それともわたしは結安の友達だからわたしに聞いておきたかったとか?
「蓮……結安のこと好きなのかな? そんなの辛いよ」
涙が出そうになって枕に自分の顔を押しつける。もしも蓮が結安のことを好きなんていう言葉を聞いてしまったら……手のひらで自分の耳をふさぐ。
どうするかできることならどうにかしたい。
中学三年の時を思い出す。わたしが中村蓮に告白してあっさり振られた時のことを。
『蓮のことが好き。彼女にしてほしい。わたしとずっと一緒にいてください』
お昼休み、中学校の中庭の端っこで思いを告げた。それはもう見下ろすくらいに至近距離で。
家が隣。新生児室にいた時からずっと隣。幼稚園も小学校も中学校も同じ。小さい時は一緒にお風呂も入ったし、一緒に寝ることもあった。お互いに一人っ子で家族全部で仲がいい。姉と弟か、兄と妹か、分からないけど幼馴染を超えて家族みたいな関係だった。
両家そろって動物園とか公園とかもよく行った。その度、よその人にはお姉ちゃんて言われることが多かった。
蓮のことを好きだと自覚したのは小学校5年生の時。すぐに手を上げる大嫌いな体格のいい男子と大げんかになった時。男まさりに取っ組み合いをしようとしたわたしの代わりに小さくてかわいい蓮が取っ組み合いを始めた。負けてたけど。わたしの代わりに擦り傷を作ってた。この頃のわたしはまだそれほど背が高くなくて、きっと蓮よりも痛い思いをしていたと思う。
『なんで?』と蓮に聞いたら、『大事なこまりに嫌な思いをさせたくない』と返事が返ってきた。
当たり前に一緒にいる蓮への想いが変わった瞬間だった。
我ながら単純だけど、当然なのかもしれない。だってずっと一緒で誰よりも蓮のことを信頼していた。そんな蓮がわたしのことを大事に想っていてくれることが本当に嬉しかった。
それからどんどんと身長が伸びて、あっという間に身長差が広がってしまった。蓮がおおまりとわたしのことを呼び始めたのもこの頃。蓮からしてみたらわたしばかり身長が伸びることがおもしろくなかったんだとは思う。
クラスの男子たちに揶揄われたりしたこともあって、お互いに身長差を意識して気まずくなる時もあった。だけど仲の良さは変わらずに、わたしたちは一緒にいることが多かった。だけどおおまりって呼ばれるのはちょっと嫌な思いをした!
そして、中学三年の夏。代表選手として必死に取り組んでいたバレーボール。全国優勝をかけた試合。試合には勝ったけどわたしのせいで台無しにしてしまった。みんなの思いを裏切って落ち込んでいた時も蓮は優しくわたしを支えてくれた。
高校では別になってしまうかもしれない。そうなっても今まで通りずっと一緒にいてほしいと願って告白した。
でも蓮は違ったみたい。
『ごめん。無理』
たったの一言。困ったような表情で断られた。ずっと胸に秘めていた想いを捨てられるわけもなく。その日の夜は涙が枯れることもなく泣きに泣いた。理由を聞くことはできなかったけど、小さい蓮にとってでかい女はやっぱりダメだったんだろう。
それでも蓮のことを諦められなかったわたし。バレーボールに必死でまったく勉強をしてこなかったわたしは蓮と同じ高校を受験するために寝る間も惜しんでがんばった。
「好き」
言葉にこぼれるとなおさら想いが募る。
想いがこぼれる。
涙がこぼれてあふれて止まらない。
好き。蓮のかわいい顔も高い声も好き。笑ってる顔も怒ってる顔も全部好き。
身長のことを言ったら怒られるだろうけど小さくてかわいい蓮が大好き。いっそのことお姫様抱っこしたい。
ほんとはこんな一途な想いを捨てて新しい恋を見つけた方がいいのも分かってる。だけど、今もそんな想いを引きずりながら蓮と話してる。
その蓮が結安のことを好きかもしれない。この間なんか結安と蓮が視線を合わせてたし。蓮の質問を思い出すとやっぱり胸が痛む。
どうしよう? わたし、明日も結安と普通に話せる自信がない。顔を見たくない。こんな気持ちになる自分が嫌いだ。
明日は……二人と話したくない。
✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧
あれ? こまりちゃんがいない?
ゆっくり停車する電車。乗客の隙間からホームの様子を伺う。学校に向かういつもの時間、いつもの車両。隣駅で乗り込んでくるこまりちゃんと示し合わせて毎日一緒に登校していた。
だけど今日はこまりちゃんの姿がない。
「す、すいません。降ります」
少し迷ってから乗客たちの間を潜るようにして慌てて電車を降りる。電車は一本、二本くらい遅れても余裕で間に合うから大丈夫。
スマホを取り出してみる。こまりちゃんから『遅れるから先に行ってて』『ごめんね』というメッセージが入ってた。こまりちゃんと毎晩のようにやりとりをしてるおかげでだいぶ慣れたスマホの操作。『先に行ってるね』と送信する。入学してからLIME交換したのはこまりちゃんだけだったりする。
次の電車がきた。下りとはいえ朝の通勤通学の時間帯だから乗客が多い。たくさん人が降りる駅でもなく、乗り込む人の方が多いくらい。学校のある駅は再開発されたビジネスエリアでもあるから、そこを目的地にしているヒトも多い。距離としてはそれほど遠くはないけれど混み合う車両の中で一人で我慢しないといけない時間が長く感じる。
……苦しい。
体の小さいわたしはどうしても混雑の中で挟まれて押しやられてしまう。目線も低いから周囲がどうなってるかもあんまり把握できないし、吊り革をつかんだりもできないから電車と人に揺られて気持ちが悪くなってしまう。
いつもは背の高いこまりちゃんがしっかりとわたしを守ってくれていたんだなと実感する。
こまりちゃん、いつもありがとう。
大好き。
こまりちゃんのお嫁さんになってもいい。そしたら美味しいお弁当をいっぱい作ってあげる。なんて妄想をしてみる。
電車が大きく揺れて足を踏ん張るけど、乗客にぶつかって体重を預ける形になってしまう。睨まれた気がする。見下ろされているせいか、背が低いと視線をそういう風に感じてしまうことがある。
……気持ち悪い。電車の揺れと香水や人の臭い。体が挟まれて苦しい。気分が悪くなっていく。このままじゃちょっとまずいかも。
次の駅で停車した。少し人の動きがあって自動ドアの向こうから新鮮な空気が入ってくる。生き返った気分。だけどすぐに扉が閉まってまたぎゅうぎゅうになりそう。
「こっち」
え? 肩を引き寄せられた。
人の波をかき分けてくる大きな体に両腕で包み込むように支えられて苦しくない。とても安心感のある空間だった。
見上げる。
あごのラインが一番に見えた。すっきりと柔らかい笑顔が瞳に映る。
渡合くんの存在を心に感じた瞬間、きゅーんと胸が締め付けられるようだった。
自分の心臓の音にびっくりして視線を落とすとブレザーのボタン。電車の揺れで頭を預ける形になってしまった。背中を乗客に押されて離れられない。
……いい匂い。すんすんと思わず嗅いでしまった。
さっきまでの不快な気持ち悪さが消えて心が落ち着いてゆくのと一緒にドキドキする鼓動が高鳴っていく。
どうしよう。この間も感じたふわふわするようなこの気持ちはなんだろう。
こまりちゃんに聞いてみたい。話したい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます