5センチ 50メートル走

「「「……」」」


体育館の床に座ったまま、わたしもこまりちゃんも中村くんも一言も話すことなく落ち込んだ様子でうつむいていた。わたしたちの顔が青ざめてるのは気のせいじゃない。


「どうしたの? いつも三人で楽しそうに話してるのに? みんな移動してるよ?」


目隠しで仕切られた体育館の中で行う健康診断と、新体力テストの項目である握力測定や反復横跳びとかが終わった人から順番に、それぞれ残りのテストを受けるためにグラウンドに向かっていた。こまりちゃんの運動能力が凄すぎてみんな驚いていた。右手の握力だけは平均よりかなり少なかったみたいだけど。


「渡合くんか……だってまた背が1センチも伸びてたんだよ! 今までは四捨五入すれば170センチだったのに!」

「四捨五入て」


頬を膨らまして涙を流しそうなこまりちゃんに向けて渡合くんがおもしろそうに笑ってる。この二人のやりとりを見ていると、ぴったりと何かがはまってるような気がする。胸が少し重くなる理由が分からない。


わたしとしては、その数字を聞いてこまりちゃんのことをうらやましく見てしまう。

中村くんは真っ青な顔を手で押さえて、わたしは少し涙ぐんでいた。


「俺は去年と変わってなかった。

(全然成長してない。こんなんじゃダメすぎる)」

「わたしは3ミリも縮んでた……」

「縮むなんてことあるの!?」

「だって去年は143.2だったのに142.9だったもん」

「その違いの大きさが俺には分かる!」


「あはは。大森さんはかわいいんだからいいんじゃないかな?」


え……渡合くんに、か、かわいいって言われた!

わたし男子からそんなこと言われたことなんて一度もない。どうしよう嬉しい。落ち込んでいたのに顔がにやけてしまう。でも勘違いしてはいけない。どうせ子どもみたいに小さくてかわいいというやつだから。


「渡合は? 伸びたのか?」

「1センチ伸びて183になってた」

「はあ。背が高いといいよな。悩みがなくて」


平然と爽やかに口にする渡合くんを睨みながら、中村くんが握り拳をプルプルと震わせて悔しがってる。183てわたしとの身長差が40センチもある。


「俺? あるよ悩み」

「どんな悩みだよ?」

「電車に乗り降りする時とか頭をぶつけるんだよ。痛くって。あと中学の時は大人と間違われた」

「贅沢な悩み。俺もぶつかりに行きたい!」

「ぶつかりたいって。中村っていくつなの?」

「言いたくない(159なんておおまりの前で言いたくない)」

「中村はかわいい顔してるしちょうどいいんじゃないか?」

「「「え」」」


「(やっぱりわたしへのかわいいもあんまり意味なさそう)」

「(渡合くんてまさか……)」

「(やだ。俺、狙われてる!?)」


平然と言ってのける渡合くんに三人して固まってしまった。


「わたしはもうこれ以上に背が伸びたくない! じゃないと彼氏の一つもできない! 縮んで欲しい!」

「此花さんを彼女にしたい男はいないかもな」

「蓮、ムカつく! でも確かにそうだよ! こんなデカ女なんて!」


背を低くするために縮めようとしてる? 自分の頭をポコポコと叩くこまりちゃんがかわいい。


「やめろ! そんなことしたらたんこぶができて伸びちゃうだろ!? それ以上俺よりデカくならないでくれ!」

「は!? 叩かないでなでておく」


中村くんの言葉に慌てるこまりちゃんがおもしろい。そして中村くんは切実そうだった。わたしは自分の頭を叩いてでも身長を伸ばしたい。ぺこんと一回叩いてみた。痛い。渡合くんに何してるのかなって感じで笑われた。恥ずかしいです。


「此花さんはそのままでいいんだよ」

「……なんでよ、蓮」

「いいんだよ」

「変なの」


「早く行かないとまた注意されるよ」


そうなんだよね。割と三人でいるタイミングが多いんだけど話している間にいつも遅れて行動することがあって音楽室とかへの移動では先生に注意されることもあった。渡合くんも巻き込み気味だったり。

この三人とだったらかなり自然に話せるようになっていた。他のクラスメイトと話すとまだやらかす時がある。


「結安、行くよ」

「うん」


立ち上がったこまりちゃんの手に引き上げられてついていく。


グラウンドでの新体力テストも男女別に進んでいた。わたしたちも男女それぞれの列に加わる。全部のテストが終わって校舎に戻っていく生徒もいた。

50メートル走はできることなら一番ビリにならないくらいにはがんばりたい。


「ね、ね。渡合くんが走るよ」「あの人、きっと足も早いよね」とか、女子たちが渡合くんに注目してる。やっぱり渡合くんは女子に人気があるなあ。色々目立つから当然か。

あ、スタートした。速い、速い! 一緒に走る男子と距離が開いてく!

わあ。なんて綺麗に走るんだろう。足が長いと走るのも速いんだなあ。見守っていた女子たちもきゃいきゃいとはしゃいでる。そういえば小学校の時は足が速い男の子は人気があったっけ。


続いて他の男子たちが順番に走っていく。見てる限り、みんな足が速い。女子グループの方を見てもみんなしっかり走ってる。

うう。わたしはやっぱりビリになる予感しかしない。


「あ! 抜け! 抜いちゃえ! やった!」


こまりちゃんが飛び上がって喜んでる。視線の先にはゴールして息を切らせている中村くんがいた。並んで走っていた男子は中村くんよりも大きかった。


「蓮のやつ、前より速くなってない? ね、結安?」

「わたしは中学違ったから」

「あ、そうだ。そうだよね。ごめん」


がんばった中村くんを嬉しそうに眺めてるこまりちゃんがやっぱりかわいく見える。

女子の方は競技を終わらせるのにのんびりしてるけど、男子の方は20mシャトルランや持久走をどんどんこなしてた。


「次の人ー」


「結安。一緒に走る?」

「う、うん」


こまりちゃんと一緒に走るとすごい離されそう。だけどその方がいっそのこと清々しいし、結果が分かりきってるから逆にがんばれる。スタートの合図で精一杯に飛び出した瞬間にこまりちゃんとの距離が開いていく。

わたしが走る姿を見て笑ってるヒトを見つけた。うう。どうせハムスターみたいとか思われてる。


「わ!」


そんなことを気にしていたら足がもつれた。白線が視界に飛び込むように大きくなったと感じた時には盛大に転がっていた。


「痛たたた」

「結安! 大丈夫!」


わたしが転んだ音で気づいたのかこまりちゃんが足を止めて戻ってきてくれた。


「走ってる途中で戻らせちゃってごめんね」

「そんなこといいって」

「こまりちゃん足がすごい速い」

「前はもっと早かったんだけどね。わ。膝から血がいっぱい出てる」


膝をついて傷を確認してくれるこまりちゃんの言う通り、けっこうな血の量だった。入学してからすぐに二回も血を流すなんて。


「ほんとだ。保健室行った方がいいね」

「わ、渡合くん」


男子のグループからここまでわざわざきてくれたの?


「俺が保健室に連れて行く」

「え」

「保健委員の人ー。連れて行ってあげてー」

「わたしです」


呼びかける先生の声に一人の女子が駆けてきてくれた。


「そっか。保健委員がいるんだった」


渡合くんが委員の斉藤さんに譲るように後ろに下がった。


「歩ける? 結安?」


こまりちゃんに支えられて立ちあがろうとしたらかくんと膝が折れてしまった。


「えーと。あれ? なんか力が入らないかも?」

「斉藤さんとわたしの肩につかまって。一緒に行こう」


「此花さん、待って。俺も保健委員だし、全部終わってるからまかせて」

「蓮。分かった。じゃあ結安をお願いね」

「斉藤さんはまだやってないのあったりする?」

「あ、もう少しだけ」

「じゃあ。俺だけでも大丈夫だと思うし続けてて。保健室の前に傷を洗って行こうか」

「ありがとう、中村くん」


肩に手を置かせてもらってゆっくり進んでいく。


「またやっちゃったなあ」

「何を?」

「失敗。わたしって何をやってもいつも本番で失敗しちゃうんだ」

「あー。そういうことってあるよな。……俺も本番で失敗したことあるよ」

「ほんと?」

「うん。大失敗」

「どんなの?」

「あー。おおまりと仲良くしてる大森さんには秘密かな」


中村くんの口からおおまりの呼び方が出た。


「えと。おおまりって言ってもいいの?」

「あ、いけね。油断した。うん。大森さんなら言わないからいいと思う」


誤魔化すように笑う中村くんにわたしも笑い返す。

それってどういうこと? わたしは良くて他のヒトはダメなの?


✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧


「中村くんと大森さんて並ぶとちょうどいい感じだね」

「あー。確かにそうかも。中村くんて小さいもんね」

「あれだけ背の低いカップリングって尊くない?」

「さっきのやりとりってさ? 二人きりになりたかったのかな?」

「斉藤さんいるのにわざわざいかないよね?」

「もしかして中村くんて大森さんのこと……きゃー」

「応援してあげるのもいいかもよ」


仲良し女子グループが蓮と結安のことを噂してる。確かにあの二人はわたしの目から見てもお似合いだと思う。わたしの隣に並ぶと蓮はどうしても小さく見られてしまうから、隣に立つのを遠慮してしまう。もちろんわたしだって大きく見られるのは嫌だ。身長差が激しいこんなにアンバランスな彼氏彼女なんてなかなかいない。

わたしも結安くらいに小さかったら良かったのになあ。


「此花さん、大丈夫?」


一人でいるわたしのことを気にかけてくれたのか渡合くんが駆け寄ってきてくれた。


「え? あ、渡合くん。うん。大丈夫だよ」

「それならいいけど。大森さんのこと心配だよね?」

「蓮がついて行ったから大丈夫でしょ」

「(自信たっぷりに言うんだな)

そうだね。それじゃ」


背を向けて校舎に向かっていく渡合くん。

「こっちの二人もお似合いだよね!」「高身長カップルとかカッコよすぎない!」「二人とも美形だし!」とか、わたしと渡合くんを遠巻きに見ていた女子たちがあれこれ言ってる。

別に好きに言ってくれていいけどさ。どうせ噂されるなら蓮とがいいのに。

わたしも全部終わったし、更衣室で着替えてくるか。なんとなく見上げた校舎が青空を背景にいつもよりも大きく感じられた。校舎に向かっていたらわたしを呼ぶ声が聞こえる。


「此花さーん。待って」


蓮が走ってこっちにやってきた。あいつ、なんで学校だと苗字をさん付けで呼ぶんだろう。


「あ、蓮。戻ってきたの? まだ残ってるテストあるの?」

「や。もう全部終わった。此花さんと大森さんて仲がいいし、心配してるんじゃないかと思ってさ」


わたしに微笑む蓮の口元にドキリとする。

わたしのこと気にかけてくれたんだ。嬉しいけれど表情には出したくない。此花さんか……蓮のやつ、高校に入ってから急によそよそしくするようになって何を考えてるかよく分からない。胸の奥にチクリとする痛み。そして少し腹立つ。


「結安はどうだった?」

「保健の先生が見てくれるし大丈夫って言うから先に帰ってきた」


「……ねえ。蓮てさ。もしかして結安のこと気になったりしてるの?」


待って。わたし、こんなこと聞いてどうするの。さっきの女子たちの言葉が耳に残っていて聞かずにいられなかった。


「だったらどうする?」


え? 何それ?

問いかけてくるよう真面目な眼差しに心がキュッとなる。

どうするって……蓮はやっぱり結安のこと?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る